6 妖精サロッピスが教えてくれた過去と、喚び出した精霊たち

 すみません、覚えてないです。と言ったら、妖精は話してくれた。

 妖精は、サロッピスという名前なんだそうだ。私も、呼ばれてる名前じゃなくて、本当の名前はニナなんだと名乗った。

 サロッピスは、夜、山奥の湧き水で他の妖精たちと水遊びをしている時、神たちに声をかけられた、と話し始める。


『この先の荒れ地で、赤子が助けを求めている。助けてやってくれないか』

『人里に近い場所が良いだろう。ただし、人だらけの場所は駄目だな。その子にとって危険だろうからな』

『そんな訳で頼むよ、君たち。神の血を分けた子だ。親バカを発揮してる神の子だからね』


 そうして荒れ地へみんなで行くと、カゴの中で泣きじゃくってる私を見つけた。

 サロッピスたちは、カゴごと私を持って。どこが良いかと相談しながら荒れ地を抜けて、山を越え、谷を越え、遠くまで行って。

 そうして、私が育った山に辿り着いた。木こりの夫婦──お父さんとお母さん──が住んでいるこの山なら、人に近からず遠からずで良いだろう、と話はまとまり、私をそこに置いていったんだそうな。


「だから、神の子、ニナ。お前はここに居るべきでない。神の力を使って逃げ出すのだ」

「い、いや、逃げたい。逃げたいけど……私だけっていうのは……」

「ニナ。お前に何かあったら神が悲しむ。憤る。囚われている仲間にもニナのことを話した。皆、ニナを助けるために動いてくれる」

「あの、有り難いけど、他の人たちもどうにかして逃がしたいの。サロッピスたちも。それに、スキラー・クレスミーをぶっ潰したいし。こんな組織、野放しにできないし」


 気になることがめちゃくちゃ増えたけど、混乱しないように気をつけながら、自分の考えを話したら。


「ニナ……慈悲深く血気盛んな……」


 どういう評価ですか? あと、なんで泣きそうなんですか?


「それならニナ。ぶっ潰してしまおう」


 へ?


「神の血を分けられたニナなら、大抵のことは実現できるのだ。広範囲で神の力を使うか、」


 使うか?


「精霊たちに力を貸してもらう、が、良いと思うのだ」

「精霊に? 力を貸してもらう?」


 ◇


「こっちだ」


 ミーティオルは、ニナの気配がする方角を確かめ、後続に気を配りつつ走る。

 気配がまだあること、近くなる度それが強く感じられること、それに安堵しながら、ミーティオルはオオカミ姿で、風のように駆ける。


「これ、ライカンスロープの全速力ですか?」


 並走しているキリナの問いかけに、


「いや、調節してる。本当は全力でニナの所まで走っていきたいが、契約もあるし、走るだけでバテる、なんてことになりたくないからな」


 ミーティオルは答えながらも、スピードを緩めない。

 ミーティオルとキリナ、そしてその後ろにはアニモストレたち。

 彼らは交渉し、契約を結び、一時連携してニナを助けることになった。


 ◇


『悪い交渉にはならないと思うんですよ。ライカンスロープの皆さん』


 キリナはそう言ったあと、アニモストレたちと交渉し、ミーティオルにだけ伝わるよう真意を伝えながら話をまとめた。

 その後、アシュリエへ移動しながら準備を整え、アシュリエに入る直前で、ミーティオルはニナの気配を掴む。

 そこからは、最低限の休憩を挟みつつも、一日の大半はニナの気配を追いかける日々となった。

 ニナが連れ去られて、十四日目。

 その夜。


「ずっと方角が変わっていないので、まだ本部も移動していないようですね」

「らしいな。もう、目と鼻の先だ。だが……」


 ミーティオルは、ニナの気配はするものの、妙だと思っていた。

 向かう先、ニナの気配を強く感じるのは、森の中。

 ミーティオルたちが走っているのも、すでに森の、獣道ですらない場所である。


「キリナ、それらしき建物とかが見えない。人の気配もニナ以外分からない。やっぱり、話していた覆いとやらで隠してるのか?」

「でしょうね。妖精か精霊の力を利用してるんでしょう。あちらは僕らが見える筈です。僕らが本部に向かってると判断、もしくは一定の距離に達したら、攻撃してくるでしょうから、警戒して下さい。反撃しつつ、呪具で覆いを吹っ飛ばします」


 ◇


 ミーティオルとキリナの後続として走りながら、アニモストレはいつ、キリナの寝首を掻くかと考えていた。

 キリナの気が緩むタイミングは、ニナを見つけた瞬間か、ニナを安全な場所に移し終えた時だろう。

 だが、そこで殺すとなれば、潔癖なミーティオルは裏切られたと思い、絶対に里に帰ろうとしないとも、推測する。

 敵陣に入って、混戦になった時に隙を見て殺すか。

 キリナとニナ、二人を同時に殺す瞬間を見つけ出すか作り出し、殺してしまえば、ミーティオルも帰らざるを得なくなる。

 任務のための行動理由と、私怨が入り混じった思考回路。アニモストレは、脳内で様々な想定をしながら、夜の森を駆けていく。


 ◇


「そうだ。ニナなら言葉を紡ぐだけで、精霊はそれに応えてくれる。精霊を喚び出せる。精霊たちに手伝ってもらって、ここをぶっ潰そう」


 サロッピスが、真剣な顔でそんなふうに言ってくれるけど。


「あの、私、精霊の喚び出し方、知らない……」


 そういうの、キリナから教えてもらってない……。


「それは大丈夫だ」


 サロッピスが胸を張って、その胸を軽く叩く。


「我が教えよう。神の血を分けた子であるニナなら、すぐに呼応する筈だ」

「呼応?」

「そうだ。我に続いて導きの文言を。ゆくぞ」

「は、はい」

「西の果ての化け物たちよ。己の醜さを誇るが良い」


 なんじゃそりゃ。


「ニナ。復唱だ」

「え、ええと。西の、果ての──」


 西の果ての化け物たちよ。己の醜さを誇るが良い。

 東の果ての霊魂たちよ。おのが呪いを慈しめ。

 南の果ての陽炎たちよ。その輪郭を思い描け。

 北の果ての闇の者たちよ。深く底のない暗闇から手を伸ばせ。

 太陽は月を追いかけ、月は太陽を追いかける。

 星々はまたたき、我らに笑いかける。

 大地はどこまでも広がり、流れ行く水はそこに染み込む。

 命をはらんだ風が吹き、火種を大きく燃え上がらせる。


「「さあ、天はことほいだ。我、汝らに声を届けん。この世の一部の者たちよ、精霊しょうろうの名を持つ者たちよ。我の声に応えよ。今、汝らを喚び出さん」」


 知らないのに、知ってるような。そんな言葉を言い終えた時。


「?!」


 床が光ってる! 光ってるし! いつもの光となんか違う感じするし?!

 あ?! なんか人の頭が?! 出てきた?!

 しかも沢山?! あれ?! 動物もいるね?!


「我ら、汝の声を聞き届けた。喚び声に応えよう」


 混声合唱みたいに、沢山の声がハモりながら、そんなことを言う。現れた色とりどりで半透明で、キラキラした人や動物たちは、完全に姿を現すと、空中に浮かび上がった。

 その中の、私と目が合った一人が、ゆったりと口を開く。


「さて、我らを喚び出した者よ。その名を申せ」

「に、ニナ、です」

「ニナ。神が血を分け、神に愛された人間よ。何が望みだ?」

「そ、それなりにありますけど……大丈夫でしょうか……?」


 そしたら、その人、精霊さんは、くすりと笑い、


「大丈夫だろう。ニナ、お前の力は強い。遠慮なく申せ」


 周りの精霊さんたちも、口々に同じことを言ってくれる。


「なら、まず……ベルズをやっつけて!」


 これが一番の障害!

 そう思って言った瞬間。

 少し遠くで、何か、おっきなものが壊れるような音がした。


「え? 今のは?」


 ベルズをやっつけた音?


「今のは外からの何かだ、ニナ。この場所を隠している覆いが崩れ去った」


 サロッピスが、教えてくれた。

 けど。


「隠してた、覆いが、崩れた……?」


 どういうこと?


「外部からの攻撃だな」


 精霊さんの一人が教えてくれる。


「人間と、ライカンスロープの集団が侵入してきたらしい」


 また、違う精霊さんが、教えてくれる。

 人間と、ライカンスロープ……?


「キリナとミーティオル?!」


 あれ? でも集団? キリナが増援とかを呼んだ?


「名前は分からないな。だが、ニナ。集団の中に、お前が思い描いた者たちと、とても良く似た容姿をしている者たちがいる」


 精霊さん、頭の中、読めるんです?!


「それでだ、ニナ。ベルズをやっつける、無効化はしたぞ。次の望みはなんだ?」


 え? ベルズ、やっつけるの成功?

 なら次は、えーとえーと。


「スキラー・クレスミーの奴らを無効化して下さい!」


 ◇


「あ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛あ゛あ゛?!」


 空気が揺れた、と思ったら、身体が崩れだした。

 ここまで辿り着いた羽虫を潰す指示を出していた時に起こった異変に、ベルズは罅割れた悲鳴を上げる。

 唖然としている部下たちなど、どうでもいいとばかりに、もしくは彼らの目から逃れるように、部屋の外に転がり出て。

 何が、何が起こった。美しい肉体が、声が、喪われていく。

 ベルズは、剥がれ落ちていく自分の欠片を足跡のように残しながら、自室に向かう。

 訳が分からない。妖精の効果が切れた?

 時を止めていた肉体が、急速に老化していく。

 同時に、あちこちイジっていた箇所が、もとに戻り、魂さえ崩れ始める。

 やっとの思いで入った自室で、その、磨き抜かれた大きな鏡に映る自分を見て。


「ぎゃぁああァァァああ!!」


 ベルズは今度こそ、絶叫した。

 そこに映るのは、可愛らしく瑞々しい子供ではなく。

 枯れ枝のように年老いた、今にも死にそうな男。

 嘘だ。嘘だ。嘘だ!


「嘘だ!!」


 ベルズは罅割れた声で現実を否定し、皺だらけの手で顔を覆い、頭を振る。

 端から崩れていく体をそのままに、


「うそだ……うそだ……ワタシは可愛いベルズなの……」


 世迷い言のように呟き続け、やがて、体は全て、砂のように崩れ落ちた。

 魂はとっくに、崩れ去っていた。



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