5 ライカンスロープのお人形さん
捕まってから、十日が経った。
この日のために用意された特別室の舞台で、ハーピーの子、アレスちゃんが歌を披露する。歌い終わって、ベルズが拍手をし始めた。私は他のお人形さんたちと一緒に、即座にそれに倣い、拍手をする。
「アレスちゃん、上手だったわ」
ベルズに言われて、アレスちゃんはホッとした顔になって「ありがとうございます」と答える。
月に一度、お人形さんの発表会というものがあるんだそうだ。今日はその日で、そこでベルズを楽しませることができないと、鞭打ちの罰を食らうらしい。
「それじゃあ次は、クエリアちゃんね」
「はい」
私は椅子から立ち上がり、アレスちゃんと入れ替わって、特設の舞台に上がる。
私の罰は、他人が痛めつけられるのを見ることだ。失敗して、私だけが鞭打ちを食らうならまだ良いけど、私だけじゃなく、周りまで鞭打ちを食らうかもしれない。
だから、失敗はできないし、私にしか出来ないことをしなくちゃならない。
私にしか出来ないことで、ベルズが望んでるもの。それは、聖女の力を見せることだと思っている。
「それでは始めます」
私は聖域を張って、広げる。そこから二重、三重、……十枚重ねて、一瞬で消す。
「次は、こんなものを」
防御壁を五個出して、空中で動かす。その一つの上に乗って、五個を時計回りにスライドさせて、くるくる回しながら、その場で歩く。
最後に、自分をめいっぱい光らせて、おしまい。
他の子たちは呆然としてるけど、ベルズはパチパチと拍手する。他の子たちはハッとして、その拍手に加わった。
「すごいわ、クエリアちゃん」
「ありがとうございます」
お辞儀をして、舞台から降りる。
次、というか最後は、ライカンスロープの子、ウォラフィアちゃん。
ウォラフィアちゃんは私を少し睨みながら、私が椅子に戻るのを見て、立ち上がり、舞台に上がっていく。
周りの子たちも、私に怯えたり、私を睨んだり。
スキラー・クレスミーの闇もあれだけど、カーラナンの闇もあれだな。
「クエリアちゃん、教皇の家系って話、本当なの?」
ベルズが聞いてきて、その言葉に、舞台に上がったウォラフィアちゃんも、他の子たちも、ぎょっとした顔になった。
嫌味なことを聞いてくるなぁ、ベルズ。
「そう聞いてますが、本当のところは分かりません」
「ワーウルフを奴隷にしたって言うのも、本当?」
絶対違うって分かって聞いてるだろ。
ウォラフィアちゃんが、私をものすごく睨んできてるんですけど。
「奴隷ではありません。私の聖獣です」
「まあ」「はっ?!」
ベルズの驚いてるんだかなんだか分からない反応と、ウォラフィアちゃんの本当に驚いてる声が被った。
ベルズはウォラフィアちゃんに顔を向けて、にっこり笑って。
「ウォラフィアちゃん、急に大きな声を出したりしないでね? それと、いつ始まるのかしら」
あっ、くそ! そういうことか!
ウォラフィアちゃんの動揺を誘って、失敗させようって魂胆かベルズめが!
「す、すみません! 始めます!」
ウォラフィアちゃんは慌てて、ライカンスロープの力を使い始めた。
ウォラフィアちゃん、ごめん。策に嵌ってしまった。
なんとか平常心を保ってくれ!
「……ウォラフィアちゃん、今回は失敗ばかりね。残念だわ」
ベルズめが! ガタガタの精神状態でやらせておいて、このクズが!
「も、もう一度! やり直します!」
ライカンスロープの力を使っての、手を使わない椅子のお手玉を二回失敗したウォラフィアちゃんは、震えながら、またお手玉をしようと椅子を一つ、空中に浮かばせる。
椅子は、グラグラと揺れていた。
「もういいわ。ウォラフィアちゃん。罰を受けてもらうわ。戻ってきなさい」
ベルズのその言葉に、ウォラフィアちゃんは一瞬動きを止めて、泣きそうな顔になりながら、椅子を下ろした。そして、怯えながら舞台を降りる。
ベルズは立ち上がって、ずっと持っていた鞭をしならせた。床に叩きつけられた鞭の、バチン! という音が、部屋に響く。
「ウォラフィアちゃん。良いって言うまで、再生させちゃ駄目よ?」
「……はい……」
ベルズの所まで震えながら歩いてきたウォラフィアちゃんは、ベルズに背中を向ける。
「みんな? ちゃんと見ておくのよ?」
そして、ウォラフィアちゃんは鞭打ちの罰を、もう、なんだ?! 三十回くらい食らって、やっと「終わり」と解放された。
悲鳴を押し殺しながらそれに耐えていたウォラフィアちゃんは、その場に倒れ込む。ドレスの背中部分は何ヶ所も破れていて、そこから血が滲んでいた。
「さあ、みんな。自分のお部屋に戻って。発表会はおしまいよ」
ベルズは微笑みながら言って、部屋をあとにした。
他の子たちも、そそくさと出ていく。
「……ごめん。私のせいだよね」
泣くのを我慢しながら、なんとか自分に再生をかけてるウォラフィアちゃんに駆け寄って、神様に怪我を治してもらうように祈る。
「お前が……変な、こと、言うから……、……え?」
ウォラフィアちゃんの背中が光って、光が収まった。
苦しそうにしてたウォラフィアちゃんも、茶色の耳をくるくる回して、目をぱちくりさせてる。
よし、治ったっぽい。
「あれね、本当なんだよ。あなたの動揺を誘う罠に嵌っちゃった。ごめんね」
「本当って……お前、聖女なんだろ。あたしらは異教徒だろ。お前にとって」
起き上がって床に座り込んだウォラフィアちゃんが、私を睨みながら言ってくる。
「なんか聖女らしいけど、私、カーラナン、あんま好きじゃないし」
私の言葉に、ウォラフィアちゃんは金の瞳を、またぱちくり。
「あのね、知ってるか分かんないけど。ミーティオルっていうライカンスロープが私の聖獣なの」
「ミーティオル……は?! 次期族長のミーティオル様か?!」
「え? 知ってるの? 同じ里?」
聞いたけど、ウォラフィアちゃんは口をぱかんと開けて、放心してしまっていた。
「……あのね、私の名前、本当はニナって言うの。どうにかしてここをぶっ潰すから、それまで我慢させちゃうけど、耐えよう。ミーティオルだって、私のこと、探してくれてる筈だもん」
「……ミーティオル様が、どうして……」
どうしてって、どの、どうしてだ?
「聖獣になってくれたのは、どうしてだか分かんない。けど、ミーティオルと出会えたのは、ミーティオルが里を追放されたからだよ」
「追放?!」
「そう。里でね、人間撲滅派とひっそり生きよう派の諍いが起きて、むぐ!」
話してたらウォラフィアちゃんが、私の口を塞いできた。
そして、険しい顔で、
「誰か来る。ベルズじゃないけど。話は一旦やめだ。部屋に戻るぞ」
ウォラフィアちゃんは早口でそう言って、私から手を離して立ち上がる。
「分かった」
私も立ち上がったら、ウォラフィアちゃんは、
「……あたしの名前は、アエラキルだ」
私を睨みながら名前を教えてくれて、足早に部屋を出ていった。
「……」
アエラキル。ミーティオルを知ってるライカンスロープの子。
アエラキルのためにも、他の子たちのためにも、囚われてる人たちのためにも。
頑張ろう。
決意を固め直しながら、部屋を出た。
◇
拐われて十四日目の夜、ネグリジェに着替えた私は、色々考えていた。
夕食を、ベルズと他の子たちと一緒に食べている時、ベルズが言ったのだ。
『もうそろそろしたら、お引越しよ』
周りは素直に返事をしたけど、私は意味が分からなくて、どういうことかと、なるべく穏便に尋ねた。
『そういえば、クエリアちゃんには話していなかったかしらね。私たち、不定期でお引越しするの。そういう意味よ』
それ以上は教えてくれなかったけど、総合して考えるに、拠点を移して捕まりにくくする、みたいな話だろう。
そうなったら、逃げにくくなる。やっとそれなりに、建物の構造を把握できてきたところだったのに。私の話を信じてくれたアエラキルも、それに協力してくれたのに。
そろそろ、脱出の計画を本格的に立てよう。そう思っていたところだったのに、おじゃんになっちゃう。
引っ越しも、いつになるのか分からない。引越し前に、なんとか隙をつくか。もしくは、引っ越しの規模がどんなもんか分かんないけど、少しは慌ただしくなると予想して。その時に隙を見て、神に祈りまくって混乱を起こして、みんなを逃がすとか……。
「……どっちにしても」
ベルズをやっつけないと、話は進まない。
一発勝負だ、たぶん。
神に祈ってベルズを気絶させるとかして、動けないようにして、他のスキラー・クレスミーも同じようにして──
「神の子、神の子。気配からして、まだ起きてるんだろう?」
え?
「神の子、神の子。扉を開けてくれ」
とっても小さな声が、ドアの向こうから聞こえた。
神の子って……それにこの声、私に声をかけてきた妖精?!
「ど、どちらさま……?」
そうっとドアを開ける。そこには、褐色肌で、肩までの緑の髪とピンクの瞳を持った妖精が、ふわふわ浮いていた。
やっぱり、話しかけてきた妖精だ。
「神の子。部屋に入れてくれ。話がある。ベルズは今、忙しくしてるのだ。今なら時間がある」
その妖精が真剣な顔をして言ってくるから、
「わ、分かった」
私は妖精を部屋に入れた。
ドアを閉めて、妖精に向き直る。
「どうしたの? ここに来るのは危険じゃ……」
妖精は真剣な顔をしたまま、
「神の子。我のことを覚えているか?」
「へ?」
「我は神の子が赤子だった頃、神たちに頼まれ、人っ子一人居ない荒れ地から、お前を人里近くの山に連れて行った者の一人だ」
なんだって?
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