8 神の愛し子たちに祝福を

 ミーティオルのお母さん、シュリーノフォートさんの毛皮を手に、ミーティオルは、ぽつぽつ教えてくれた。


「……ミーティオル……」


 そういうことだったの……? ……なんて、声、かければいい……?


「災難でしたね、ミーティオルさん。気持ちを汲んで、と言いたいですが、今は切り替えて下さい」


 ミーティオルが話していた間、ずっと黙ってたキリナが、きっぱりと言う。


「ああ」


 ミーティオルはシュリーノフォートさんをそっと抱きしめ、すぐに離すと、


「アエラキル、お前に母様を託す。族長に会わせてやってくれ」


 少し垂れていた耳をピンとさせて、しっかりした顔と口調になって、アエラキルにシュリーノフォートさんを渡した。


「……かしこまりました」


 アエラキルは、シュリーノフォートさんをしっかり抱えて、


「精霊様、里──家に、家族のところに、帰りたいです」


 ふわふわ浮いていた精霊さんの一人に顔を向けて、そう言った。


「了解した」


 精霊さんが頷くと、アエラキルが光り出す。


「ニナ。ありがとう」


 アエラキルが、泣きそうな笑顔を向けてくる。


「ううん。アエラキルに会えて良かった。また、会えたらいいね」

「うん。また、いつか。会えたら良いね、ニナ」


 その言葉を最後に、アエラキルは光に包まれて、消えた。……こういう帰り方なんだ?


「……ミーティオル」


 アエラキルが消えるのをじっと見ていたミーティオルに駆け寄って、抱きつく。


「ニナ。遅くなってごめんな」


 ミーティオルは言いながら抱き上げてくれて、頭を撫でてくれる。


「ううん。ミーティオル、来てくれたもん。キリナも来てくれた。すごく嬉しい。最初、一人で頑張んなきゃって思ってたから」


 アニモストレも居るのが、ちょっと複雑だけども。他のライカンスロープさんたちも、アニモストレの仲間ってことだよね? おんなじような格好してるし。

 そう思ってたら、アニモストレが、苦しそうに顔を歪めて、


「……なんで……なんでこうなる!」

「急になんですかね」


 飛んできた何かを、キリナが振り向きざまに、ガキン! て、銃身で弾き飛ばして、発砲。


「キリナ!」


 ミーティオルは前みたく飛び退って、鋭い声を出す。


「アニモストレ! お前ら! やっぱりそういう魂胆か!」


 なんだ? よく分からんが危なそうだぞ? 聖域発動!


「なっ?!」「五重?!」「三重じゃなかったのか?!」


 おや? 武器を構えているアニモストレたちの、五重に驚くのは良いとして、三重を知ってるだと?

 ならこうしちゃえ! 十枚バージョンだ!


「ニナさん、やりすぎでは?」

「危険から遠ざけるためだもん」


 てか、キリナ、連射やめないね? アニモストレたちもその場から動かないで、防御してるし。


「ミーティオル、アニモストレたちは敵なの? 味方なの?」

「共闘してたが、今は敵だな。アニモストレたちが先にニナを確保したら、俺は里に戻ることになってたから」

「ええ?! やめてよ?! 里に行くなら一緒に行く!」

「行かないから、ニナ。増援も来たしな」

「え?」


 私が首を傾げるのと、アニモストレたちが身を翻すのが、同時で。


「追いかけます」


 また、キリナはアニモストレたちを追いかけてった。


「……どゆこと?」

「キリナがな、カーラナンの増援を秘密裏に手配してくれたんだよ。仲間割れに備えて」

「ほあ」

「そんで、仲間割れしたし、キリナは容赦なく追い詰めるだろうな」


 ……ん? それって?


「アニモストレたち、捕まっちゃうってこと?」

「だろうな。流石に袋のネズミだろ。強引に突破するかも知れないが。どうやってアエラキルを逃がすか考えてたが、精霊が帰してくれてホッとしてるよ」


 アエラキルが、危険に晒されなかったのは、良いけど。


「アニモストレたちが捕まっちゃうのは、いいの?」

「いいっていうか、しょうがない。ニナの安全が最優先だ」


 言いながら、頭を撫でてくれるけど。

 ミーティオル、複雑そうな顔をしてますよ?


「精霊さんたち、アニモストレたちを里に帰して下さい」

「承った」「ニナ?」


 よし、精霊さんに頼んだから、大丈夫。


「うぃ?!」


 ほ、ほっぺを抓まれました……。


「ニナ、何してんだ。アニモストレはニナを狙ってたんだぞ?」

「へも、みーひおるがほういう顔ふるの、いや」

「……お前な……」


 えう?! ほっぺから手を離してくれたけど、ぎゅっと抱きしめられました?!

 こ、これは?! これはどういう反応すればいいヤツ?! 喜んでいいヤツ?! しんみりしたほうがいいヤツ?!

 あわあわしちゃってたら、精霊さんたちがくすくす笑ってるのが聞こえて。


「神の愛し子たちに、祝福を!」

「祝福を!」

「祝福を!!」


 おい? 最後の声はサロッピスだな?

 って、光り出したんだけど?! 私とミーティオルが!


「こ、これ、どういう……?!」

「我らからの祝福だ。ニナ」


 精霊さんが、教えてくれるけど。


「具体的に言いますと……?」

「加護のようなものだ、ニナ。精霊の加護と妖精の加護を、ニナと、そのミーティオルというライカンスロープに授けたのだ」


 サロッピスが、少し具体的に教えてくれた。

 加護って、スゲェもんでは? こんな感じで受け取るもんなの?

 ミーティオルも目を丸くしてますけど?

 そこに、キリナが戻ってきて、


「ニナさん? アニモストレさんたちに何かしました? 目の前で光って、悪態つきながら消えたんですが。……なんであなたたちまで光ってるんですか」


 増援だっていう大勢の、キリナみたいな格好の人たちも、やって来た。


「アニモストレ、帰ったよ。この光は精霊の加護と妖精の加護だって」


 アニモストレたちの行き先と、収まりつつある光の説明をしたら。


「……。そうですか……」


 キリナがめっちゃ深くため息を吐いた。


 ◇


 アエラキルが生きていた。

 その知らせだけでも、驚くというのに。


「族長様、ミーティオル様に託されました。会わせて欲しいと、お言葉をいただきました」


 部屋に入ってきたアエラキルは、それを、彼女を、族長に差し出す。


「……そうか……」


 緊急に集められた周りがどよめく声を聞きながら、族長は、彼女──シュリーノフォートを受け取り、


『ねえ、イリヤコゥフォス』


 あの笑顔を思い出し、その最期を思う。


「族長様。ミーティオル様は、ニナという人間の少女──聖女の、聖獣になりました」

「……聖獣、だと?」


 アエラキルの言葉に、周りはまたどよめく。族長は、現実に引き戻されるように、もしくは逆に、これは夢ではないだろうかという気分になる。

 アエラキルは、自分が捕まってから帰ってくるまで──特に、ニナと出会ってからを詳細に──話していった。


「……分かった。アエラキル、ゆっくり養生しなさい。下がってよろしい」


 アエラキルが出ていってから、族長は、


「ティフォーニアス、アニモストレはなぜその場にいた? 私はそういった特別任務など、任せた記憶はないのだが?」


 アニモストレの父に、厳しい視線を向ける。


「そ、れは……」


 族長の鋭い視線と圧迫感に、ティフォーニアスは狼狽えてしまう。

 アエラキルが戻ってきて浮足立っていたティフォーニアスも、話を聞いているうちに、肝が冷えていくのを感じていたのだ。


「失礼します! 申し上げます!」


 そこに、若者が困惑顔で入ってくる。


「何用だ? 緊急招集中だぞ」


 若者は、力で押し留められながら、


「ですが! アニモストレ様の偵察部隊七名、全員が……!」


 それを聞いた族長は、最悪を想定しながら、


「偵察部隊が、どうした」

「その、光に包まれて現れ、帰還しました! アニモストレ様は、精霊に強制的に戻されたとお怒りのご様子で……!」


 族長は、最悪ではなかったことを天に──ロープスォモに感謝しながら、


「今すぐ、帰還した全員をここに呼べ。詳細を聞く」


 それでも、厳しい顔と口調で告げる。


「かしこまりました!」


 若者が引き返すのを見てから、


「ティフォーニアス、お前からも詳しい話を聞かねばな」


 族長は、ティフォーニアスに顔を向け直し、重々しく言った。


 ◇


 父は、自分より、母に。そして父の妹である叔母に、愛情を注いでいた。

 自分には、いつも厳しかった。

 けれど、腕を上げる度、何かしら成果を出す度、その時だけは褒めてくれた。

 だから、父のために生きようと。父のために命を使おうと。

 思っていた矢先に、アエラキルが生まれ。

 父は、アエラキルも愛した。


 なぜ?

 なぜ姪には愛情を注ぐのに、娘の私には愛をくれないのですか?


 アエラキルが居なくなり、少しばかりホッとした自分を、嫌になったりもしたが。

 それでも、そんな自分だからこそ、父のためにと頑張っていたのに。


 どこで間違えた? ミーティオルを里に戻すだけの任務だった筈なのに。

 ……キリナ。憎たらしい神父。あれのせいで、目が曇った?

 それと、ニナ。精霊はニナに頼まれたから帰すと、言っていた。

 なぜ、殺そうとした相手を、殺すのではなく、帰すという考えになる?

 ミーティオル、キリナ、ニナ。覚えていろ。

 父上。……父上。


 どうしたら、愛というものを、向けてくれるのですか?

 


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