3 膨らみ始める思惑

 里では、また、乱闘騒ぎが目につき始めた。

 追放者を出すことで一旦収まった内乱だったが、その『追放者』が居なくなったために、内乱に、継承権争いまで加わり、族長は頭を痛めていた。


おさ。ご決断を」

「ご決断を」


 ここのところ、毎日のように開いている会議で、毎日のように聞く言葉。


「あの者は罪人になった。連れ戻すなど、それこそ里が瓦解する」


 族長は息子を思いながら、苦々しく言う。


「では他に、どんな案が」


 一人に言われ、族長は、また考えを巡らせる。

 流行り病で他の子供たちは死に、生き残ったのは、あの息子だけだった。聡明なのは幸いだったが、優しすぎるきらいが、自身を追放へと追いやった。

 自分の兄弟たちは、その子供たちを暗に急き立て、内乱を抑えるどころか、次期族長へ名を挙げさせる始末。

 耳を後ろへ反らし、唸る族長に、一人が口を開く。


「どちらにしろ、一度、生死の確認はしましょう。そして生きていたら、里の現状を伝えるのです」


 追放者──息子の、婚約者の父親の言葉に、


「……伝えて、どうなる」

「彼は若いが、頭は回る。助言を求めて、それが現実的なものであったなら、罪を無かったことにして、里に戻すと、提案するのです」

「そのような見え透いた餌に、あいつが食いつくと思うか」


 罪を無くす。それが出来れば。だが、一度それを行えば、二度、三度と、繰り返されるのは目に見えている。


「それに、罪人の印はどうする。口先だけの言葉に、あいつが乗るとは思えんぞ」

「それも消すと。そうすれば──」

「ならん!」


 族長は、吠えるように言い、尾で敷物を叩く。


「原因がなんであれ、印を背負った時点で、あいつは天には行けんのだ。……膿を飲み込むような真似など、出来ようものか……!」


 族長が、絞り出すように言った時、


「失礼します、申し上げます!」


 若者が一人、入ってきた。


「会議中だ」


 出入り口に座していた一人に、力によって押し留められながら、


「ですが、その、……オラノシア様が、お怪我を……! 今、医師に診てもらっておりますが、片足が……」


 その言葉と悲痛な声に、周りがざわつく中、


「片足が、どうした。切迫した状況か」


 族長はなんとか、平静を保って聞く。甥たちが怪我をするのは、もう、日常茶飯事だった。

 若者は、迷うように、


「その……右の足を、……リベイディ様に、食い千切られ……それを、崖から落とされて……」


 それを聞いた一人は、「申し訳ありません! 一度、離席させていただきます!」と、部屋から出ていった。兄弟の一人であり、オラノシアの父だった。

 肉親同士でいがみ合う。その現状を作り出したのは、自分もあるが、お前たちの責任もあるだろう。

 族長は、ため息を吐きそうになりながら、


「紛失したと?」

「そっ、捜索中です! 足も、……その、再生可能か、只今、医師が……」


 モノが無くて、どうして再生など出来ようか。

 ライカンスロープの力も、万能ではない。


「捜索も、治療と再生も、全力で行え。それと、義足の用意もしておけ。行ってよろしい」

「は、はい! 畏まりました!」


 若者が慌てて出ていくのを見届け、族長は、


「会議は一時、中断だ。……ヴィラスティ、リベイディを連れてきてくれ。話を聞く」


 若者を留めていた力を納めた者に、そう、声をかけた。


 ◇


 その手紙を読み、写しだという聖紋を目にして、彼は頭を抱えた。

 生きていた。しかも、見つかった。

 そう思った。

 祝ぎか、災いか。どちらかを齎すと示唆されて、どちらも同じに思えた彼は、迷う妹を説得し、赤子を棄てさせた。

 なのに、生きている。

 どうやって、生き延びた?

 人里離れた遠くの地に、棄てさせた筈なのに。

 妹が何か手を回したのか。もしくは他の、秘密を共有している者たちか。

 どちらにしろ、今度こそ確実に、息の根を。

 目の前で。

 彼は、誰にどう指示を出すか、考えを巡らせ始めた。


 ◇


 辻馬車って、こんなガッタンゴットン揺れるの?

 異世界の馬車って、結構乗り心地良いみたいな描写が多いと思うんだけど。辻馬車だから?


「ミーティオル、お尻、痛くない?」

「ああ。ニナは大丈夫か?」

「ミーティオルのおかげで、大丈夫」


 ミーティオルの膝、てか、太ももに乗せてもらってるし、腕もガッチリ回してもらってるから、揺れはすごいけど、痛くはない。


「キリナは?」

「慣れていますので」


 隣に座るキリナは、これが当たり前みたいな顔してる。

 やっぱり、この世界の辻馬車、ガッタンゴットンが当たり前なのか。

 次の街へ出発するっていう朝、時間短縮のためとキリナが言って、辻馬車に乗ったんだけど。

 これ、休憩挟みつつでも、着くの、夕方でしょ? 大丈夫かな……。

 そんなふうに思ってたけど、揺れのリズムに慣れてきてからは、余裕が出てきた。

 けど。


「おおう……グラグラする……」


 一回目の休憩の時、地面に降りたら体が馬車の揺れに引っ張られてたのか、フラついてしまった。のを見たミーティオルに、抱き上げられた。

 あのですね、そんな、当たり前に抱き上げられて、「大丈夫か?」って顔を覗き込まれてですね。

 ──平静でいられるとお思いか?!


「……平気。だけど、水分補給したい」

「ん」


 さっと鞄から水袋を出してくれる! このう!


「栓、抜けるか? 俺がやるか?」

「大丈夫……」


 んぎっと力を入れて、栓を抜いて、ゴクゴク。


「あー……生き返る……」


 今、初夏なのでね。それなりに暑い。

 ……そういや、記憶の限りだけど、梅雨っぽい季節、無いな。春から夏へと直行だな。


「ミーティオル、ミーティオルも水分補給して。私抱えてると出来ないでしょ? 下ろして大丈夫だよ」

「ああ、そんくらい平気だ」


 ミーティオルは、またサッと水袋を出すと、片手で栓を抜いて、ゴクゴク。

 き、器用……。


「軽くモノも食べておいたほうが良いですよ。乗ってるだけでも、以外にエネルギーを使いますからね」


 水袋の紐を腕に引っ掛けて、ドライフルーツを齧りながら、キリナが言う。


「なるほどな」


 ミーティオルは手早く水袋を仕舞うと、鞄の中の袋からジャーキーみたいな干し肉を出して咥えて、

「ニナ。それ持ってると食えないだろ」

「あ、うん」


 差し出してくれた手に、水袋を渡してしまう。


「どれ食う?」


 ミーティオルに、ドライフルーツと、ナッツと、ジャーキーみたいな干し肉の袋を出されて、


「えぁ……じゃあ、ドライフルーツ……」


 また手早く他のを仕舞って、ドライフルーツの袋を渡される。

 スパダリ? こういうのをスパダリって言う? 合ってる?

 ドライフルーツをもぐもぐしながら、これが普通の旅行だったら最高なのになぁとか、思う。


「そろそろ出発のようですね」


 馭者の人たちと護衛の人たちの呼び声で、私たちはまた、ガッタンゴットンの辻馬車に戻った。



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