2 高級奴隷用品店

「……ここが、その、お店……?」


 白塗りの壁、ツヤツヤした瓦の屋根。窓の枠とか扉とかには金色の装飾があるし、透明なガラスが窓に嵌ってるし。

 何より、大通りにあるってのが、この、『文化』が、当たり前なんだって、分からされてしまう……。


「そうです。ほら、決めたんですから、さっさと済ませましょう」


 キリナは言って、旅支度の間にキリナに文字を教えてもらったからなんとか読める『高級奴隷用品店・マーヴェント』とかいう店の扉を開けた。


 ◇


 この前、また、頭をぐるぐるさせてるうちに寝ちゃったらしい私は、ミーティオルに起こしてもらって、キリナが持ってきた夕食の、白身魚のフライサンドイッチをもぐもぐしながら、……首輪について考えて。


『……キリナ。側仕えの奴隷の首輪って、どんなの……?』


 なんとか、そう言った。

 キリナとミーティオルに色々教えてもらって、私は決意を固めて、それで、今、こうしてる。

 ミーティオルにはオオカミ姿になってもらって、首には、主人の居ない奴隷が仮に嵌めるっていう、鎖付きの首輪を付けてもらった。

 もうそれで既に泣きそうなんだけど、泣いてたら『ワーウルフ』の奴隷を買った人には見えないと思うから、なんとか、我慢してる。


「いらっしゃいませ」


 これまたピシッとした身なりの、店員らしい男の人が声をかけてきた。

 そして、私たち三人を見てから、キリナへ顔を向けて、


「そちらのワーウルフの物を、お探しですか?」


 にっこりと、接客用の笑顔を向ける。

 普通のオオカミと、ワーウルフのオオカミ姿は、体の大きさが違うんだそうだ。普通のオオカミより、ワーウルフのほうが、二回りくらい大きいらしい。

 だから、オオカミ姿でも、『ワーウルフ』だと、判別がつく。


「ええ。このお嬢さんが買いましてね。僕は、何かあった時のための護衛を頼まれました。欲しいのは側仕え用の首輪です」


 キリナが鞄から、このために用意した、仮の契約書を店員に見せる。

 私は今『護衛を雇って旅行に来てる、好奇心旺盛で我が儘な金持ちのお嬢様』の設定だ。

 宿で身綺麗にして、このために買った旅行用のドレスワンピースと靴下と靴を身に着けて、髪結師を呼んで髪もまとめてもらって、お金持ちや貴族は大概付けてるっていう、手袋もして。

 そんで、ミーティオルの鎖の先の輪っかを握ってる。


「側仕え、ですか」


 店員が、ミーティオルに目を向ける。

 ライカンスロープ──ワーウルフの男性、成体のオスは、見世物とか労働用に買われることが多いんだって、キリナから教えてもらった。

 けど、私は『好奇心旺盛で我が儘なお嬢様』だから。


「そうよ? 何か問題ある? この子の魅力、アナタには分からない?」


 ミーティオルに抱きついて、店員に笑顔を向ける。


「この子、ミーティオルって名前にしたの。瞳の色も毛艶もとっても良いでしょ? この子に似合うものが欲しいの。こんなちゃっちい首輪じゃなくて、キレイな首輪をね。あと、服も。お金はちゃんと持ってきてるから心配しないで?」


 無言の、ミーティオルの頭を撫でながら言う。


「ええ。そのお嬢さんの言葉通り、金に糸目はつけませんよ」


 キリナが、まだ何も書いてない小切手を出してみせると、店員の目の色が変わったのが分かった。


「さようでございますか。では、個室へご案内します」


 案内された個室もまた、綺麗な部屋で。

 出された首輪は、どれも宝石みたいなものが散りばめられてて。

 ミーティオルが着る衣類も、これまた質が良さそうだ。


「ミーティオル、戻って」


 私の言葉で、ミーティオルはオオカミ姿から、いつもの姿になる。


「ミーティオル、喋っていいわ」

「……分かった」


 ミーティオルの口調に、最初店員も、首輪や衣類を持ってきた店員たちも、ちょっとびっくりしてる。


「なぁに? アナタたちも文句あるの? この喋り方だから良いんじゃない。畏まった言葉遣いなんて、この子には似合わないわ」


 てか、さっきから、表情が読めやすすぎんだよ。『高級店の店員』なんだろが。もっと訓練しろや。


「いえ、失礼しました」


 最初の店員が頭を下げて、周りもそれにならう。

 そこからは、首輪と服を選んでく。

 どれも、ミーティオルが良いって言ったものにすると、決めている。

 最終的に、首輪は、大きめのサイズのを、壊れた──壊された時の予備も含めて、三つ。

 衣類も大きめのを五着、買うことに。ミーティオルは平均的な『ワーウルフ』より体格が良いみたい。……こんなふうにして、知りたくなかった。

 お金は、教会のじゃなくて、キリナの個人口座から出されることになってる。

 キリナ、フルネームはキリナ・ニウミアっていうらしくて、代々カーラナンの、それも優秀な神父や修道女を輩出してきた、貴族みたいな家柄らしい。

 だから単独行動も許されてて、こういうお金の使い方もできるんだって。


「じゃあまず、首輪ね。これでアナタは、私の物よ」


 やっと外せるって思いながら、鎖付きの首輪を外して、心の中で、ごめんって言いながら、首輪を嵌める。

 ミーティオルがその場で着替えさせられそうになって、


「アナタたち、馬鹿じゃないの? この子は一匹でも着替えられるわ。キリナ、別の部屋へ連れてって」


 って言って、ミーティオルとキリナが別室で着替えるのを待って。


「あら、見違えたじゃない。さすが私のミーティオルだわ」


 カッコイイ燕尾服みたいのが似合ってるのは本音だけど、それが奴隷用の服だってのが、複雑。

 キリナが小切手で会計して、予備の首輪以外の荷物をミーティオルに持ってもらって、予備の首輪はキリナが持って。

 宿に戻って、割り当てられた部屋に入って、キリナが扉を閉めたのを確認してから。


「……ごめんね、ミーティオル。ごめんなさい」


 ミーティオルに、抱きついた。


「謝ることじゃない。ニナが頑張ってくれたから、こうして宿にも戻れてる」


 頭に手を乗せて、言ってくれるけど。


「……それが、複雑」


 宿にスムーズに入れたのが悔しい。

 道中、騒がれなかったのが、悔しい。

 『ちゃんとした』奴隷ってだけで、こんなにも、周りの態度が変わるのが、悔しい。

 ミーティオルが鎖付きの首輪を嵌めても、宿を変えたり、準備してる間は、何度か騒がれかけたのに。


「ニナさん。鍵、今渡しても大丈夫ですか?」

「……ありがとう」


 なんとかミーティオルから体を離して、キリナから、首輪の鍵を受け取る。その鍵に、用意してた紐を括り付けて、首にかけて、服の中に仕舞う。


「名演技でしたよ。それで、どうします? 食堂も利用出来ますし、少し早いですが、夕食にしますか?」

「ミーティオルは、どうしたい?」


 見上げれば、また、頭に手を乗せられて。


「ニナ、ここんとこ、出来立て食ってないだろ。食堂行って、出来立て食って、それから休もう」


 ◇


 食堂で頼んだ、湯気の立つトマトベースのスープは、お肉と野菜とショートパスタみたいなのが入ってて、とても美味しかった。

 キリナはもちろん、ミーティオルも出来立てを食べることが出来て、それも嬉しかった。

 周りの目も、ミーティオルの首輪か身なりか──首輪だろうけど、それで判断したのか、また、騒ぎが起きることも無かったし。

 うん、切り替えよう。大神殿に着くまでの間だし。本物の奴隷じゃないし。

 お腹がいっぱいになって、クサクサしてた私の気持ちは、だいぶ、落ち着いた。

 ら、食べ終わって、果実水を飲んでるところで、眠くなってきた。

 く、くそう。八歳の体が憎い……。体力と気力が……。


「ごめん……二人とも……眠い……寝そう……」


 体がすでにゆらゆらしてる……。


「分かった。部屋まで運ぶから、コップから手、離せるか?」


 ミーティオルに言われて、コップを支えてくれて、なんとか、コップから手を離す。


「ニナ。支えてるから、寝て大丈夫だ」


 コップを置いたミーティオルの大きな手が、私の肩を持ってくれて、自分に凭れさせてくれて。

 やっぱりミーティオルが好きだなぁって思って、それを言いたかったけど、そのまま、寝ちゃった。


 ◇


「こういうところは、八歳ですね」


 部屋に戻り、ミーティオルにベッドへと寝かされるニナを眺めながら、キリナが言う。


「それ、店でのニナと比較してか?」


 ミーティオルの言葉に、「ええ、まあ」とキリナが複雑そうに言う。


「あなたが従順な振る舞いをするのは、店の人間もあまり不思議には思っていませんでしたが。大人顔負けの洞察力と、自分で設定した通りの『振る舞い』は、本音で名演技だと思いましたよ」

「アレな。本当にそんな『お嬢様』に見えかけたよ。どこで覚えたんだろうな」


 苦笑しながら、ニナの頭を撫でるミーティオルに、


「……僕の覚えている限り、教皇の家系で、オレンジ色の髪と水色の瞳を持つ人物は、僅かしかいません」


 キリナが、薄い茶色の目を細めながら言う。


「誰が生みの親か、見当がついてるのか?」

「いえ、逆です」


 キリナのその言葉に、ミーティオルがニナからキリナへと顔を向ける。


「オレンジと水色。両方持つのは、初代から数名のみ。そこからは、何人か、片方の色を持つ方々の記録がありますが、今や、両方はめっきりです」

「……隔世遺伝って可能性は?」

「否定はできませんが……最後にオレンジの髪を持つかたは、三百年ほど前。水色の瞳を持つかたは二百三十……まあ、そのくらい前なんです。聖紋がなければ、誰もニナさんを教皇の血筋だとは思わないでしょうね」


 言って、ため息を吐いたキリナを見て、


「……俺よりニナのほうが、危ないとか、あるか」


 ミーティオルが慎重に問う。


「出発前にも言いましたが、聖女候補な時点で、その力を悪用しようと狙ってくる輩は沢山居ます。殺そうとしてくる者たちも。だから、僕のような『正司祭階級』以上の神父がついて、神殿まで身の安全を確保するんですよ」



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