7 お父さん、お母さん、話を聞いて

 で、ミーティオルとキリナを家に連れて行ったら、父も帰ってきていたので丁度いいや、と思ったんだけど。


「猟師さん……? ! 神父! わ、ワーウルフ?!」


 父は慌てて玄関にぶら下げてある斧のうちの一つを取って、構えて。


「ニナ!」


 私は母に素早く抱き上げられ、奥の部屋へ連れて行かれそうになり。


「待って待って?! お父さんもお母さんも待って?! 二人は、えーと、一応二人とも悪い人じゃないから!」


 そう言ってみたけど、私の抵抗の言葉も虚しく、母は私に肩掛けカバンを掛けると、


「ニナ。勝手口からおばあちゃんの家に行きなさい」

「どうして! むぐっ」

「静かに!」


 口を塞がれ、言い聞かせるように言われる。


「おばあちゃんにね、こう言いなさい。見つかったの、て。おばあちゃんはそれだけで分かってくれるから。……ニナ……無事に生きて……!」


 待って待って感極まらないで?


「どうしてこんなことになってるかは、おばあちゃんが教えてくれるわ。さあ、行きなさい」


 と、勝手口からグイグイ押されて、外に出されてしまった。


「ほら! 行きなさい!」

「……分かった」


 勝手口からぐるっと回って、玄関に行こう。

 そう考えつつ、私は駆け出した。けど、一応向かっていたおばあちゃん家への道の途中で、考えを改めた。

 どうしてここまでするんだろう。ライカンスロープ──ワーウルフっていう魔獣に怯える、なら、キリナの話から分かる。けど、父も母も、キリナにも怯えと敵対心を持っていた。


「……まず、おばあちゃんに話を聞こうかな」


 で、おばあちゃんの家に着いて、


「おばあちゃん! ニナだよ! 開けて!」


 少しして、玄関が開く。


「おやまあニナ、どうしたんだい……、……!」


 おばあちゃんは、私の肩掛けカバンを見て、目を見開いた。


「ニナ。早く入りなさい」


 いつもは優しく招き入れてくれるおばあちゃんが、私の手を強く引っ張って家の中へと入れる。


「……おばあちゃん、状況が分かってるんだね。私、今の状況、全然分からない。教えてほしい」

「ええ、教えましょう。けどね、ニナ。まずは遠くに行かないと」


 そう言って、おばあちゃんは私の手を掴んだまま、家の奥へ足を進める。


「どうして?」

「危険が迫ってるんだよ。危険から遠ざかって、安心できるところに着いたら、話すからね」

「今、話してくれないの?」

「今話すと混乱するからね。まずは逃げることに専念……集中すること。いいね?」


 おばあちゃんの家に来たのは間違いだったな。あのまま戻ればよかった。……しょうがない。


「おばあちゃん、ごめんね」

「え? あっ! ニナ!」


 私はおばあちゃんの手を振り切り、玄関から来た道を逆戻り。

 後ろのほうからおばあちゃんの声が聞こえる。ごめん、おばあちゃん。キリナはわりかしどうでもいいけど、ミーティオルと離れ離れになるのは嫌なんだ。


「ミーティオル! キリナ!」


 家に戻って、玄関へ。


「ニナ」

「あ、戻ってきましたか」


 二人は普通に反応してくれるけど、


「ニナ?!」

「どうして?!」


 父と母の顔面は蒼白だ。父は斧を持ったままで、母の手には、包丁が握られている。でも、誰も怪我してないみたい。良かった。


「なんで戻ってきたんだ! 逃げなさい!」


 お父さんが怒った声を向けてくる。


「どうして逃げなきゃいけないの?」

「それは……! っ……!」

「どうしてそこまでするのでしょう? ニナさんは聖女になれる可能性があります。カーラナンの神殿に保護されれば、聖女修行の間だけでも、貴方がたは裕福な生活を送れる。ニナさんも然りです」

「連れて行かせるものか! ニナは、ニナは普通の女の子だ!」


 いや、うーん。転生してるから普通ではないと思うけど。まあ、それは話がズレる。


「普通ではありません。この聖獣はニナさんの聖獣。ニナさんはすでに、聖女の片鱗を見せています」


 え? ミーティオルが? 私の? いや、説得するためにホラを混ぜてる?


「そいつはワーウルフじゃないか! 聖獣な訳がない!」

「僕もそう主張したいのですが……もう一度お見せしましょうか」


 そう言って、キリナが取り出したのは、あの、ミーティオルに触れられなかったナイフ。


「先ほども言いましたが、これは神のご加護を受けたナイフです。……あまり装備品を傷つけたくないんですがね」


 言いながらキリナは、帽子をとる。彼の銀の髪が、玄関の蝋燭の光を反射した。


「で、これはさっき見せましたね」


 キリナは帽子のつばに、ナイフで浅く切り込みを入れる。


「で、またこれも見せましたが……」


 キリナは、ミーティオルに向かってナイフを振りかぶった。ミーティオルは動かない。


「──これが、証明です」


 ミーティオルの腕に突き刺さると思われたナイフは、その直前で、壁に阻まれたように進まない。


「加護を付与されたナイフで傷をつけられない。ですから、このワーウルフは聖獣なのです」


 そのままミーティオルの腕に向かって、何度もナイフを振るうキリナ。その度にカンカンと、ナイフが何かに当たっている音がして、ミーティオルの腕には到達しない。


「だ、だからなんだ! ニナの聖獣だという証拠は!」

「だ、そうですよ。ニナさん」


 キリナが私に顔を向ける。


「え?」

「証拠を見せてあげてください」

「どうやって?」

「……そうでした。あなたは何も知らないんでしたね。ワーウルフ……ミーティオルさんに触れてください」

「ニナ! 言うことを聞いちゃいけない!」

「なんで?」


 父に向かって聞きながら、ミーティオルの服の裾を掴む。


「ああ、すみません。説明が足りませんでした。手を繋ぐなど、直接触れ合ってください」

「ミーティオル」

「ん」


 差し出された手を握る。


「それで、ミーティオルさんを、自分の聖獣だ、と意識してください」


 意識して、ね。


「……」


 ミーティオルは、私の。私の大切なひと。聖獣かは分からないけど、私の命より大切なひと。


「……わあ」


 ミーティオルが光った。


「神様って、光らせるのが好きなの?」

「無礼な。この現象は、視認しやすくするためと言われています。はい、ニナさんのお父様とお母様。これが証拠です」

「せ、聖獣が聖獣だという証拠が強まっただけじゃないか! ニナ! 早くこっちに来なさい!」


 お父さんの手が伸ばされる。


「ごめんなさい。やだ」


 そう言ったら。


「えっ」「あ」


 私とお父さんの手との間に、あの、半透明の丸い板が出て、私の盾になった。


「あ、ああ……これは……」


 お父さんが悲嘆に暮れた顔になって、その板に触れる。お母さんも泣きそうな顔になってて、片手で口を覆っていた。


「出ましたね。防御壁が」

「大きさ、変わるんだ……」

「ニナ、ちょっといいか」

「んえ?」


 ミーティオルの声に、顔を向ければ。


「この光、収められないか?」


 苦笑するミーティオルは、まだ光ったままで。


「あっ! ごめんね。忘れてた」


 光るな、と念じれば、その光はすぐ収まった。


「ああ、神よ……なぜ……」


 父と母が、床に座り込む。


「ニナ!」


 そこにおばあちゃんがやってきた。


「……!」


 おばあちゃんは状況を見て、大体を察したらしく、深く息を吐いて、「神様……」と呟いた。



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