6 五百年戦争

「ええ。それを食い止めるために、我々は戦力を増強しているのです。我々の予想では、闇が広がり始めるのは十年後。時間がないのですよ。分かりましたか? お嬢さん」

「話が抽象的すぎない? 漆黒の闇が世界を包むって、疫病が流行る可能性とか、大地震が起きるとか、火山が大噴火して太陽の光が届かなくなるとか、もっとこう、どういうものか分からないの?」


 言ったら、キリナの顔が悔しげに歪んだ。


「あなたは歳の割に知識が豊富なようですね。ですが、こればかりは、今も上の方々が突き止めようとしていますけれど、不明です。ですから、我々はこうして世界を回って、仲間を集めているのですよ」

「異教徒とか言ってる場合じゃないじゃない」

「ああもう! ああ言えばこう言うお嬢さんですね! 異教徒は危険なのです! そもそも、五百年戦争の元凶は異教徒の可能性が高い! 異教徒を闇と表しているなら、戦争と名がつくのも納得です。要するに、異教徒が人間の世界に攻め入ってくるという話なのですから」

「なら、異教徒と仲良くすればいいのに」


 言ったら、キリナだけじゃなく、ミーティオルも黙って、下を向いちゃった。


「……そんなに深いの? 異教徒と人間との間の溝って」

「……深いなんてもんじゃない」


 ミーティオルが、拳を握りしめた。


「今の教皇の前、先代教皇の時だ。五百年戦争の元凶を魔獣だと認定して、魔獣狩りが始まった。それこそがもう戦争だった。六十年以上続いたそれは、教皇の代替わりで、一旦停戦になった。だが、停戦だ。終戦じゃない。またいつ始まるとも分からない。魔獣と認定されていた俺たちは隠れ住んだり、軍事国家になったりして、自分たちの身を守るようになった」

「先代教皇のせいじゃない。しかも六十年? すっごく長く続いたんだね?」

「……先代の教皇様が御即位なされたのは、十六の時です」


 キリナが顔を俯け、苦しげに言う。


「そして八十三の時、亡くなられ、代替わりしました。……魔獣狩りを始めたのは即位一年後。お若かったのです。全盛期をこの目にしてはいませんが、教皇というより英雄のようであったと。そして皆、あの御方について行きました。……その結果です」


 ……キリナも、その戦争と停戦について、こっちに非があると、少しは思ってるみたいだ。


「今の教皇は? どういう人なの?」

「……先代の、お孫様です。平和志向のお方です。ですから、魔獣の殲滅など、しようとしていない」

「でもキリナはミーティオルを殺そうとした」

「仕事です。情報を集め、見つけ次第殺す。それが、我々に課せられた使命なのです」

「じゃあ、仕事じゃなかったら殺さない?」

「意味のない問答です。聖職者になった時点で、この使命は与えられる。殺さない選択肢などないのです」

「じゃあなんで」


 私は俯いたキリナの顔を、下から覗き込む。


「そんな苦しそうに言うの?」

「っ?!」


 キリナが、バッと顔を上げる。そして私から少し距離を取った。


「殺すために殺す。そういうのは、とっても精神的負担がかかるって聞いたことある」


 言えば、


「……何を……分かったような……」


 キリナは睨んできた。けど、その目に迷いが見える。


「……あなたが血も涙もない人だったら、神様に頼んで、私たちの情報を掴んだところから記憶を消してもらって、寝てもらって、どっかその辺に転がしておくのに」

「っ……?!」


 キリナの顔が歪んだ。そして、倒れ込む。


「……キリナ? え? なに? どした?」


 ……寝てる? 一応また、呼吸と脈を確認する。正常。……なんなんだ?


「……なあ、ニナ」

「なに?」


 ミーティオルが、キリナを見ながら言う。


「今、ニナが言ったことを、神はキリナに実行したんじゃないか?」

「へ?」


 今、言ったこと?


「……記憶を消してもらって、寝てもらって?」

「そう」


 ……。……はあ?!


「だっ、ダメダメダメダメ! 神様! もとに戻してください! 私言いましたよね?! 血も涙もない人だったらって! キリナは血も涙もありますので! もとに戻して! お願いします!」


 すると、キリナがパアッと光って、「ぅ……」と意識を取り戻した。


「き、キリナ! キリナ! 私のこと分かる?! 大丈夫?!」

「……え? 何を……あなたは聖女になれる可能性のある……。……今、僕、どうしてました? 意識が突然途切れたのですが」


 起き上がり、不信な目をこっちに向けて言うキリナに、どう言ったものかと一瞬悩んだら、


「お前は神に眠らされて、記憶をいじられてた。……っぽい」


 と、ミーティオルに言われてしまった。


「……神、に……はぁあ?! なぜ?! 僕が?! 僕は敬虔な信徒であり、神父であり、ワーウルフのハンターですよ?! なぜそんなことが?!」

「お前、意識が途切れる前にニナが言った言葉、覚えてるか」

「言葉……? 僕が血も涙もない人だったら……」


 そこで、キリナは目を丸くした。


「神がお嬢さんの言葉を受け止め、僕をそう操作したと?!」

「恐らく。だが、ニナがまた神に祈ってくれた。お前をもとに戻してほしいと。だからお前は、記憶の欠落なく……無いよな?」

「……。……無いと思います」

「……一応、良かった」


 言えば、キリナに睨まれ、


「元はと言えばあなたが」

「だってミーティオル殺そうとしたんだもん」

「だからそれは……はぁ……」


 キリナは項垂れ、


「このような思考を持つ者が、聖女候補だなど……その上ワーウルフが聖獣に……もう、どうしろと……」


 ……なんか哀れに見えてきた。


「じゃあ、お父さんとお母さんに会いに行こう。そして全部説明する。ミーティオルも聖獣っていうなら、お父さんとお母さんも受け入れてくれるはず」

「え?」

「大丈夫か」

「たぶん」



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