これからの光景

 翌朝、アローナが出した外出申請の許可がようやく下りた。

 外出には条件が付けられた。最低二人の護衛を付ける事。目的以外の場所に向かう(つまり寄り道)のは原則禁止、どうしても行きたい場所があれば許可申請を別途行う。緊急時には護衛二人の指示に従い、直ちに施設へと戻る――――

 等と色々指示されたが、どれも普段の外出時に言われているものだ。何しろアローナは地球最後のヒト。一人で出歩かせて、事故などで死んでは堪ったものではない。つまりは何時も通りである。


「はぁー……久しぶりの外だぁーっ」


 故に付けられた条件など気にも留めず、久方ぶりに体感する外の空気に、アローナは大きく背伸びをしながらはしゃいでいた。

 そして目の前に広がる大都会を眺めて、改めて外に出た実感を得る。

 アローナが暮らしている施設は、テレパシスト達の都市の中にある。眼前には高さ二百メートルはありそうな高層ビルが建ち並び、舗装された道路を無数の車が駆けていく。道には大勢の人間……テレパシスト達が行き交い、都市を賑やかせている。

 正に大都会だ。とはいえテレパシスト達が暮らしている町は何処もこんなものであり、またアローナが此処に暮らして早十三年が経つ。今更驚くようなものではない。

 ちなみに外出が久しぶりなのも、単にアローナのインドア気質が原因だ。申請さえ出せば、毎日外は出歩ける。


「アローナさん、そう思うならもう少し外出頻度を増やしましょう。この前の定期診断で運動不足の兆候が出ています」


「十六歳でそれはどうなんですかね……」


 そんな気質をよく知る付き人二人……若い女性テレパシスト達は、若干呆れていた。頭に乗せたカチューシャからの声は冷静なものだが、顔が彼女達の感情を物語る。

 テレパシストとの『競争』の中、今日まで生き延びてきたヒトの末裔がアローナ。心は読めずとも、顔色を窺う力は四万五千年前の人類には負けない。付き人二人の感情をしっかり理解しつつ、アローナは不敵に笑いながら堂々と胸を張る。


「ふっ。私はね、将来小説家になって、印税でガッポガッポ儲ける予定なのよ。今は運動不足じゃなくて修行中なの」


「……この前一日中ゲームしてましたよね? しかも超難易度の死にゲーで、クソゲークソゲー言いながら」


「先々週はアニメ一気見して寝不足になっていたと思うのですが、そもそも何時小説を書いたのです?」


「い、インプット作業よ。これだから素人は困るわね!」


 実際は最初のタイトル時点で投げ気味なのだが……とアローナが思うと、付き人二人は冷めた笑いを浮かべる。

 しっかり心を読まれて、アローナは大変居心地が悪い。そういう想いも伝わっている筈だが、付き人二人の表情は変わらなかった。

 誤魔化すように、アローナはそっぽを向く。そして少しでも思考を切り替えようと、都市について考えを巡らせる。


「(しっかしまぁ、今でこそ慣れたけど、やっぱ凄い都市よねぇ……昔のヒトも同じぐらい高度な都市を作っていたらしいけど)」


 そびえ立つ建物の数々。幼い頃暮らしていた山奥とは何もかも違う。

 その中で敢えて特筆すべきは、この大都市を維持するエネルギー源、そして環境保全意識と自然の豊かさだろう。

 高層ビルには巨大な太陽光パネルが設置され、車からは排ガスが殆ど出ていない。それでいて街路樹には様々な種類の樹木が植えられ、あちこちに緑が見られる。鳥や虫も多く見られ、流石に大きな動物はいないが、それなりに生き物が多い。

 このように自然と『共存』しているように見える(実際には木を切り倒し山を削っているので共存なんてしていないが)作りなのは、この都市の成立過程にある。

 この都市は二万年近く前の、テレパシストという種がヒトと分岐した頃に作られたもの。大勢のテレパシスト達が協力して働き、守り通してきた国だ。

 見方を変えれば、ヒトの国が次々と滅ぶ中で生き延びた、数少ない『社会』であるとも言える。


「(心が読めないヒトには、厳しい環境で大きな集団は維持出来なかった……と習ったけど)」


 当時、地球環境は極めて荒れていた。

 人類……というよりヒト……の自然破壊や、二酸化炭素大量排出による温暖化の影響だ。また資源は枯渇し、新しいものを作るどころか、今ある機械を動かすためのエネルギーもない有り様。

 文明を維持するには、ある程度大きな人口が必要だ。しかし環境の崩壊で、食べ物もエネルギーも足りていない。

 誰かが食べ物を隠しているんじゃないか――――苦しみの中でそんな事を少しも思わないヒトはいないだろう。それは大きな社会であるほど問題になる。小さな社会なら誰もが顔見知りで信頼関係も築ける。信頼した者から何かを奪うのは心が痛むし、そもそも疑いを向ける事自体嫌だ。しかし大きな社会では、よく知らない人間もいる。よく知らない人間であれば、奪い取っても罪悪感は然程ない。結果として、大きな社会ほど不信により崩壊してしまう。かといって無条件になんでも信じる社会では不正が横行し、社会能力が低下していく。

 ヒト社会の平穏は、豊かな環境だからこそ成り立っていたのだ。

 対してテレパシストは、相手の心が読める。不正は勿論見逃さないし、相手が不正をしていない事もたちまち分かる。相互を信頼するのは容易で、大きな社会を維持するのも容易い。だからこそテレパシスト達は過酷な環境下でも国を維持出来たのである。

 勿論、信用だけで国は維持出来ない。安定した生活には電力など、エネルギーが必要だ。食糧だって欠かせない。

 そこでテレパシスト達は都市の建物に、高性能の太陽光パネルを取り付けた。太陽から降り注ぐ無尽蔵のエネルギーを無視する余裕なんてない。また都市に多くの植物を植える事で、日陰や蒸散による冷却、それと実を付ける植物による食糧生産も兼ねていた。虫や鳥も、いざとなれば食べるつもりで共生していたらしい。

 四万年以上の年月を掛けて環境が改善したため、今でこそ野鳥を食べる真似は誰もしないが……そこまでしても、『人類』の総数は一時期二千万人以下まで減ったと言われている。大地と海が荒廃し、まともに食糧を得られなくなった結果だ。

 この「地球で生きていける人間の総数」が激減した事も、ヒトの絶滅が(どの道避けられないとしても)早まった一因とされている。生きていくための資源争奪が加熱し、より環境社会に適していたテレパシストだけが生き延びた……という事だ。

 そしてテレパシストは、祖先ヒトが犯した失敗をよく学んでいる。

 例えば人口の抑制。何万年もの年月を掛けて地球環境、特に生態系はかなり回復したが、人口が増えて町や畑、エネルギー源である太陽光パネルを拡大すれば当然その自然を破壊する。

 これを防ぐため、人口は一定水準で抑えるようにしていた。現在テレパシストの総人口は六億人。技術進歩により少しずつその上限は増やされているが、まだまだ全盛期のヒトと比べて二十分の一しかいない。

 とはいえ、だから町にテレパシストが少ないという事もない。むしろ広範囲の自然を荒らさないよう、一極集中で人を集めたのがテレパシスト社会だ。


「それにしても、相変わらず凄い人混みよね。平日なのに暑苦しいぐらいじゃない」


「まぁ、人口密度だけは人類史上最高と言われるぐらいですからねー」


 アローナの漏らした愚痴に、付き人の一人が同意する。

 道行く人々は大勢。当然全員がテレパシストだ。年齢も性別もバラバラで、統一感がない。

 老若男女問わず平日出歩いているのは、テレパシストの都市政策による。狭い都市に何億もの人間が集まるこの大都市で、全員が一度に動けば交通機関がパンクしてしまう。そのため病院や会社などの営業日は、出来るだけバラけるよう調整されているのだ。

 だから平日と言っても、働いている人・休日を楽しんでいる人の数は土日と変わらない。普段から都市は人で溢れ返っている。

 単純にアローナが普段あまり外出しないため、人混みに慣れていないだけだ。

 ……ただ、その人混みにを覚えるのは、慣れていない以外の理由もあるのだが。


「(話し声は全然聞こえてこない)」


 大勢の、何百もの人がいるのに、声は全く聞こえてこない。

 しかしそれは、行き交う人々が皆『一人組』だからという訳ではない。三人組の女子学生らしき集まりや、二人の子供を連れた夫婦など、ある程度の人数で動いている者達は幾つも見られた。

 なのにその誰もが会話をしていない。

 いや、していないように見える、というのが正確だろう。彼等は互いの顔を見つめ合い、それでころころと表情を変えている。まるで刻々と話題が変わるかの如く。

 実際、テレパシスト達の中では話が成立しているのだろう。

 ――――テレパシストは心を読める。

 四万年前にはちょっと察しが良い程度に過ぎなかったその力は、長い年月を掛けて進化した。今ではテレパシスト同士であれば、言葉がなくとも会話が行えるという。またちょっと本心を隠したり、を考えたり、四万年前よりも高度な『コミュニケーション』となっている。

 テレパシスト達にも喋るための身体的機能(つまり声帯など)は備わっている。だがこれを使い、ある程度上手に喋れる者はごく僅かだ。何しろテレパシスト達は心が読めるものだから、会話によるコミュニケーションをあまり取らない。そのため声帯の訓練が足りず、上手く喋れないのだ。ヒトの幼子が拙い言葉遣いになるのと同じである。

 アローナの付き人達は喋っているように見えて、実際には頭部のカチューシャ……『ヒトコミュニケーションツール』と呼ばれる翻訳機が音声を発している。これだって具体的な言語をイメージしなければ使えないため、それなりの訓練が必要らしい。

 科学の力がなければ、会話相手にすら事欠く。それが今のヒトの立場だ。


「アローナさん? どうしました?」


「――――え?」


 不意に、付き人の一人が声を掛けてくる。

 どうしましたか。

 その言葉から分かるのは、彼女は心を読んでいないという事。ヒトと種が分かれた今のテレパシスト達は、精神性の違いからヒトの心を完全には読めない。けれども頑張って読めば、なんとなくだが、心の内側が察せられるという。

 それをせずに尋ねてくる付き人は、きっとこちらを気遣っているのだとアローナは思う。

 話せば、彼女達はきっと聞いてくれるだろう。自分の胸の中にある、仄暗く陰気な気持ちを。

 だけどそれを此処で、テレパシスト達の町で話すのは、


「……ちょっとね。後で話すから、聞いてくれる?」


「それもお仕事ですから〜」


「余計な事言わないの」


 付き人の突き放すような物言いに、もう一人の付き人がぺちんと頭をはたいてツッコミを入れる。

 なんとも緊張感のないやり取りは、彼女達なりの照れ隠しか。或いはこちらに遠慮させないための配慮か。


「ええ、お仕事だからちゃんと聞いてよ?」

 

 どちらにしても話すつもりだったアローナは、急ぎ足で町の外へと通じる方に向かうのだった。

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