第14話
「ぐるるわんわぅん…」
目の前の、見るからに大きな猫の口から発せられたのは、知性など何処かに置いてきてしまったかのような、
今は押し寄せる快楽にうっとりと浸っているようでいても、既に僕に多量の糧を注いでしまったのだ。かなり体力を消耗しているはずだ。
早く何とかしてあげなければいけないのに、動けないのがもどかしい。
“食餌”であんなに気持ち良くなってしまうなんて初めての事だった。
この、
はじめは僕の肩の傷を憂うように舐めただけだったのに、途中からどんどん好奇心の色が強くなったように感じる。
知的な生き物は思った通りに扱えないのが接していて楽しいところだけれど、この状況においては厄介としか言いようがなかった。
今、アンクの命の灯火は消えかけている。僕が奪ってしまったから。
こうしている間にも、アンクは僕の手の中に種を吐き出し続けている。昨日みたいに繋がったまま出されていたら、僕はアンクの命を最後の一滴まで残らず糧にしなければいけなくなっていただろう。
止められなかった、僕の責任だ。可哀想に、大きな手で僕を抱いたまま、ぐったりと動かないアンクの背中を自由の利く左手で撫でた。
僕がこの子を何とかして生かさなければ。
不幸中の幸いと言うべきか、アンクの生殖器はほんの数分で役目を終えたとばかりに萎んでいった。
僕の肩に額をつけて、アンクは静かに眠っている。
「フウワ、アンクはちゃんと息をしているかい?」
僕が声を掛けると、アンクの口の中からシュルルルと、フウワの声が聞こえた。もし息が止まってしまっても、フウワがこの子の中に居るなら大丈夫だろう。
次いで僕はアンクの欲の処理をした右手を視線の高さに掲げて、手の甲を見た。
「……ミイオ、ありがとう。君がいてくれてよかった」
僕の手の甲で粘液を出して処理を手伝ってくれたのは、巻貝のような姿をした“水”の精霊、ミイオだ。
内心は申し訳ない気持ちだったけれど、ミイオは謝られるよりも、礼を伝えた方がよく育つし喜んでくれる。僕の言葉に反応して、青いステンドグラスのような殻体を光らせた。
気分を良くしたらしい。得意気に触手をアンクの口に伸ばして、清水を流し込み始める。アンクの喉が上下したのが見えて何だかほっとした。弱った体に水分補給、大事だよね。僕の友達は本当に気が利くよ。
僕も早く動かなくちゃ。アンクが生きる為に必要な糧を探そう。
妖精猫も妖精犬も、主に動物の血肉を糧とする魔法生物だ。自らの魔法性質の魔素を主な糧とする多くの魔法生物の中でも、獣に近い珍しい種と言えるだろう。
昨日与えたうさぎの肉は、今日の回復具合を見るにそこそこの吸収効率だろう。すり潰して与えればより良いのかも知れないけれど、今はもっと効率良く回復の助けになるものを探したい。
コンコン。カ、コン。
僕がアンクの腕を解いて抜け出そうとしていると、耳元で、木の幹を叩くような音が聞こえた。
すぐに肩の上に視線を向けると、そこには身体に葉脈を走らせたような模様のカエルが乗っていた。
「コノリ。どうしたの?」
コノリも僕の友達。“木”の精霊だ。どうしたんだろう、今日は精霊達がみんないつにも増して積極的だ。
コノリは僕が名前を呼ぶだけでコロコロと軽やかな音を鳴らしながら体の葉脈を光らせて喜んだ。アンクの頭の上に乗って、ぴょこぴょこ飛び跳ね、きゅっと身体を小さくした。精霊は肉体を持たないから、体の大きさを変えることは容易にできる。でも、何故今それを僕に見せるのだろう?
じっと観察を続ける。
元の大きさに戻って、前肢でペタペタとアンクの頭を叩き、ぴょこぴょこと反動をつけて、きゅっと縮む。
「……小さくする? アンクを?」
クククコケケ!
喉を膨らませて嬉しそうな音を出すと、僕の顔面に飛びついてくるコノリ。正解らしい。確かに、アンクが小さくなってくれれば、少ない糧で効率良く回復できる可能性は高い。けれどそんなことができる魔法は、この場にいる精霊の力を借りても僕には使えない。
コノリを剥がして頭の上に乗せながら、僕は考えを巡らせた。
──アンク自身はどうだろう?
妖精猫は年齢に応じた人間や獣人の姿に変化できたはず。アンクがまだ成長の余地を残した子猫なら、少なくとも今よりは身体を小さくできるだろう。
「アンク」
体を揺すって名前を呼ぶけれど、やはり起きない。昨日よりも力を失っているのであれば、そのまま衰弱していくしかない状況だ。
僕がもらった糧……生力は返せないけれど、血肉を与えられればアンクにとっては糧になる。
僕は、気付いたら自分の手首をアンクの牙に当てていた。顎の力が加わらなくても、強く突き立てるだけで僕の手首の皮膚は容易に裂けた。
アンクが噛み付いてきた僕の喉や肩に傷ひとつできていないのが不思議なくらいに。
アンク。優しい子。絶対絶対、死なせないよ。
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