第11話
「ふふ。おかしいだろう? でも精霊ってそんなものだよ。自分を見出してくれる存在にはとても献身的なんだ」
おれのなんとも言えない表情を見て笑うヨダカ。おれがおかしいと思ったのはヨダカの方なんだけど。そう言おうと口を開くと、すかさずまたフウワが入って来ようとしたから、思わず口を引き結んだ。
おれの鼻面にぶつかって、ヨダカの手のひらに弾き帰ったフウワはヒュオヒュオと身体を巻き上げて、まるで怒っているようだった。
「ほら、おまえが上手に喋れるように、手助けがしたいんだって」
本当におれが知っている精霊と全然違う。なんだ、この感情豊かな蛇は。
ヨダカの話からすると今までちゃんと見ていなかっただけで、精霊というのは本来こんな感じの存在らしい。
じっとフウワを見ると、フウワもつぶらな瞳をこちらに向けて、翠色の舌をちろちろと出し入れしている。ピュウ!と愛嬌たっぷりに首を伸ばす姿に、おれは根負けして口をおずおずと開き、フウワを咥えた。ぎゅっと目を瞑って、ごくり。
「……んんん。喉の奥にフウワがいる」
「うん、いい感じだね。口はちゃんと動かせていたから、上手く喋れない原因は喉かなって。声帯から発する音を言葉の種に変える所。成長と共にそこが発達すれば、おまえも仲間の妖精猫たちと同じように喋れるようになると思うけど、それまではフウワに補助してもらって、練習しておくといいよ」
「へぇぇ」
おれにも分からない、おれの体のことを、ヨダカは考えて、いとも簡単におれの悩みを1つ解消してしまった。思わず感嘆の声が出た。
「ヨダカ、すごい。お医者さんみたい」
考えていることが上手く伝わらなくて、喋ることが億劫になっていた。
声に出して伝えると、ヨダカもにこりと笑みを返してくれる。思っていることがちゃんと伝わるのって、こんなに嬉しいことなんだね。
おれは込み上げてくる思いのままに、ヨダカに飛びついて鼻先を擦り合わせた。ヨダカはくすぐったいと笑いながらも受け入れてくれる。この感情表現の意味を、ヨダカは知っているだろうか。
知らなくても、今はいいかな。
これから伝えていこう。言葉にして、少しずつ。
昨日捕まえた時と、お互いに同じ体勢で、おれはヨダカの耳に柔く牙を立てる。ヨダカは抵抗しない。おれに食べる気がもう無いことをヨダカは分かっている。
「何でも齧って確かめようとするところ、子犬みたい」
「ヨダカは長老さまよりも物知りだね」
「妖精猫の一生分以上は生きているからね」
何となく、そうかなと思っていたけれど、さらりと言われた事実に思わず動きも止まってしまった。
長老さまは400年余りを生きて、土に還った。ヨダカはそれよりも長い生を、今もまだ歩み続けているのか。
おれが生まれてから今日までの年月は、きっとヨダカが生きてきた年月の10分の1にも満たない。ヨダカにとっておれが赤ん坊も同然なのは分かったけれど、この先埋められない、途方もない差に少し悔しい気持ちなのは、どうして?
甘噛みした耳を舐める。頬や唇も、舐めてヨダカのことを知る。皺ひとつない肌も、瑞々しい唇も、衰えなどまだ知らないと言っている。
「セイレーンって、長生きなんだ」
「……僕は長い間人間に良くしてもらっていたからね。野生の個体は、どうだろう。メスは仲間を食べてしまうこともあるから、寿命を全うできることなんて、そうそう無いんじゃないかな」
こわ。そういえば、文献にそんなようなことも書いてあった気がする。妖精犬の庇護外で生きていくために、危険な魔法生物はひと通り覚えたつもりだったけれど、言われて初めて思い出す知識なら無いのと一緒だな。ヨダカがもし凶暴な野生下のセイレーンだったらと思うと、ゾッとした。
ん? ……まてよ?
「メス“は”?」
「オスはね、僕の他に見たことがないんだ。だから知りようが無いんだよ。僕はセイレーンの両親から生まれたらしいけれど、父親は僕が卵になる前に母親に食べられてしまったんだって」
「……セイレーン、こわい。おれ、絶対きみの仲間が棲む海域には行かないよ」
今、心に強く決めました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます