第9話



「僕は、おまえの力になれるかな?」


 おれがまたまごついていると、ヨダカは指でおれの目元を撫でながら聞いてきた。優しい声。ヨダカはおれの心を解すのが上手い。

 正面ではなく隣に寄り添ったり、あまり長い時間面と向かって目を合わせてこなかったりするのは、おれたちのように言葉以外での意思疎通を多くする生き物にとって、敵対する意思がないことを示す行動だ。おれも自然と緊張が和らいだ。

 話してみても、いいかもしれない。



 おれは、住処を出る前にみんなから言われたことや、昨夜世界樹から伝えられたことを、ヨダカに話した。口が上手く動かせなくても、思ったことをそのまま言葉にできなくても、何とか時間をかけて話した。

 おれが今どういう気持ちでいるのかも。

 ヨダカは相槌ですら、おれの言葉を全て待ってから返してくれる。だからおれも、話したいことを自分のペースでちゃんと話すことができたと思う。

 気付けば太陽は真上に昇り切っていた。





「幸せになって……か」


 おれが話し終えた後、ヨダカはそんなふうに呟いて、苦みの混じった笑みを浮かべた。


「僕も、昔言われたなあ」


「そ、なの……?」


 その表情でそれを言うのなら、ヨダカもおれとおんなじ気持ちかな?

 おれが覗き込むように鼻先を近づけると、ヨダカは頷きながらおれの額に自分の額をくっつけてきた。羽毛がさわさわ触れてくすぐったい。おれの大好きな太陽のにおいがした。


「まるで僕が今、幸せじゃないんだって。押し付けるみたいに言われたことがあるよ。捻くれた捉え方だと、自分でもはじめは思ってた」


 おれと、同じかも。何がおれにとっての幸せなのか、知らない相手から願われる幸せなんて、そんなの無責任だなって。

 でも、とヨダカは続けたから、おれは耳を傾けた。おでこ同士がくっついていて、ヨダカの顔がよく見えない。


「本当は、一緒に幸せになって欲しかったんだよ、僕はね。あの人も、僕にとってかけがえのない存在だったから」


 ああ、おれとは違うな、と。考えを改めた。ヨダカは大好きだったひとに、言われたんだね。一緒に幸せになりたかった……もしかしたら、ヨダカはそのひとと居られるだけで幸せだったのかも知れない。それを否定する言葉に、なってしまったのかも。

 けれど──


「お、れも……一緒、だよ」


「……?」


「一緒、に。しあわせ……なって、くれる、ひと。……ほしかっ、た」


 みんな、自分は違うって、目を逸らしていたでしょう?

 ヨダカの話を聞いて、分かった。

 一見優しい願いの言葉でも、捻くれたおれたちにはそのまんまの意味には聞こえない。素直に、馬鹿正直には受け取れない。

 どうして誰も、ヨダカの想う人さえも、気付いてくれなかったのだろう。おれたちはそれを言われるまで、ちゃんと幸せだったのに。

 小さな小さな、大したことないものだけれど、仲間と、大好きなひとといることだって、ひとつの幸せだったのに。

 あの時誰かひとりでも、それに気付いてくれていたなら、おれは住処に留まっていたかもしれない。でも、今となってはもうどうしようもないことだし、気付いて声を上げられなかったのはおれも同じだから。


 おれが遣る瀬ない気持ちを持て余していると、ヨダカは何も言わずにおれの頭を抱きしめてきた。

 優しいのに、縋りつくような懸命さも感じる。おれは慰められているような、ヨダカの慰みになっているような、どっちつかずの複雑な気持ちだったけれど、心の蟠りは、すぅ、と解けていくような感じがした。




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