第2話
手負いだから狩るのは容易い。だなんて一体誰が言ったんだ。おれだ。
全然そんなことないじゃないか、嘘つきめ。……まあおれのことなんだけど。
軽々と枝から枝へ飛び移る獲物を、絶えず視界に捉えながら追う。
猛禽類を思わせる強靭な脚は、ひと蹴りでおれの1歩の3倍は前進している。ひたすらに四肢を動かしてその差を補っていなければ、すぐに見失ってしまうだろう。
でも相手だって余裕綽々、というわけではなさそうだ。
はじめこそ優雅に見えた樹上でのステップも、段々と距離が縮まるにつれ、単純な直線移動から、こちらの裏をかくような不規則な動きに変わっていった。
上下、左右、前後と思わぬタイミングで視界から外れていく。でも残念。あいにく動くものを目で追うのは得意中の得意なんだよねえ。
難しい真逆方向への転換も、器用さが自慢の尻尾を木の幹や枝に巻き付ければ多少の小回りは利かせられる。
おれの執念を見よ。地の果てまで追いかけてやる。
元々持久力はある方だけど、腹ペコな今はそんなの無いに等しい。これは単なる意地だ。でも、ああ。
楽しい。楽しい!
狩りは獲物との駆け引きが肝。そう、1番おいしい所という意味。
くるりと旋回する獲物に手を伸ばす。爪の先が腰の翼を掠める。ピリリとそこから全身に走る、これは高揚。
一筋縄じゃいかない。相手だって命を賭けているから。おれだって。
「……は、……は、っ!」
先に呼吸が少しずつ短く、浅くなってきたのは、獲物の方だった。動きもまた単調になってきて、真っ直ぐに背中を捉えられるようになった。距離をどんどん詰めていく。
あと少し。
体力の限界か、獲物はある枝に留まって動きを止めた。
今だ!!
「…………!?」
渾身のジャンプで獲物の背中に飛び掛かる、その瞬間。
獲物は身を屈め枝に片手をついて勢いよく前方に体を倒した。落ちたわけではない。足はしっかり枝を掴んだままだ。
くるりと逆さまにぶらさがった獲物の口元にもう笑みはない。本気の駆け引きに、おれは負けた。
獲物が留まる枝の上を越える、おれの爪にも牙にも、当然仕留めた感触はなかった。そして敗北よりももっと大きな、失敗を犯してしまったことに、おれはすぐに気付かされた。
目に飛び込むのは大量の光。一瞬のホワイトアウトに思わず目を閉じてしまったのがいけなかった。
光が差すということは、この先に光を遮るものがないということ。足場になる木がないということ。そしておまけに、落下した先には地面すら無かった。正確には、落下する先の地面はかなり下の方にあった。
獲物はそこが崖になっていることに気付いて止まり、咄嗟の判断で飛び掛かったおれを躱したんだ。
でも落ちるわけにはいかない……!
幸いおれには長くて自由に動かせる尻尾がある。どこでもいいから掴め!
獲物が留まっていた枝か、尻尾が何かに触れた。空中で身を丸め、尻尾の先を見る。
枝……は、掴めていなかった。けれどもっといいものをおれの有能な尻尾は捕らえていた。
う、わ、と小さな呻めき声。発したのは、先程まで追っていた獲物だ。獲物の片脚に巻き付いた黒いふわふわ。おれは絶対に離さないよう、そこにぎゅうっと持てる全ての力を込めた。
落下は止められない。思っていたよりも獲物が枝を掴む力は弱く、重力に任せたおれの重みに耐えられずに一緒に落ちてきた。
ぞわわ……!
落ちていく感覚に背中の毛が立つ。いくら高所からの着地が得意でも、大怪我を覚悟するほど地面は遠かった。
下には森が続いているから、木の枝をクッションにすれば何とかできるかな。
難しいけど、成功すれば得るものは大きい。
姿勢を整えて、……あ、いいこと思いついた。
おれ自身の安全な着地のために、尻尾の獲物は正直邪魔だ。緑のクッションを前にして、おれは獲物を地面に向けてぽいっと解放した。
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