第5話 全員集結
任務の帰り、俺たちはゴクリョウさんとばったり出会った。まるで魂が抜けたような顔をした俺たちを見て同情するように話しかけてきた。
「…明日の朝、任務の報告をしてもらう。どうやら少々トラブルでもあったような顔をしているな。まぁ何はともあれ、よくやってくれた。ゆっくり休め。」
ゴクリョウさんはそれだけ言うと、薄暗くなってきた夜の道を引き返していった。ばったり会ったというよりかは、俺たちを心配して迎えに来てくれたのかもしれない。ゴクリョウさんと別れた俺たちは、再び帰路についた。俺とクノイがこの後一言も口を開かなかったことは言うまでもない。
クノイの家に帰りつくと、メイドたちはすでに夕飯の支度を済ませていたようで、長いテーブルには流れ的におそらくクノイの母親と思わしき例の『上品に着飾った女性』がひとりポツンと隅っこのほうに座っていた。さすがにもう上品な恰好ではなくなってはいたが、それでもなかなかセンスのいい私服を着ている。
「ただいま。母さん。」
「お帰りなさい。夕食ができているわ。私は何もしていないけれど。それと…あなたは確か、ヤマト君だったわね。まだ名乗っていなかったからここで言っておくわ。私はクノイの母のフォルナよ。よろしく。」
「…よろしくお願いします。」
「元気がないようだけれど、大丈夫?それにクノイも。二人ともたらふく食べなさい。メイドさんに感謝して。」
フォルナさんはすでに何か察しているようだった。フォルナさんの目は透き通るようにきれいな目をしている。まるでその目で本当にこちらの胸の内を読んでくるようだ。そんな気もする。今日の夕飯はハンバーグのようなものだった。クノイに聞けば、これはルンブュグという食べ物らしい。一口食べると閉じ込められた肉汁がじゅわっと染み出てくる。上にかかったソースと肉の相性も最高に良く、ここに肉汁が加わった時の味と言ったらまさに最高。まるで酢酸カーミン液に染まった染色体のごとく、何をやっても『美味』というこの二文字は決してぬけることはない。ここまでおいしいものは現世では食べられなかった。まぁ俺が田舎暮らしだったのもあるのだが。ここのメイドさんの腕は本当に達人の域に達していると思う。おいしいルンブュグのおかげでこの瞬間だけ嫌なことを忘れることができた。
「そういえば、ロイベルさんは?」
「父さんなら仕事だ。まだまだ帰ってこないぞ。」
「ギルドマスターも大変なんだなー」
「食べ終わったらお風呂に入るといいわ。あっちの部屋だからね。」
俺はフォルナさんから言われ、クノイと一緒に浴室へ向かった。念のため補足だが、流石に一緒に入ってはいない。どうやらこの世界では入浴という文化もあるらしい。祭りといい風呂といい、中世ヨーロッパの文化に日本の文化が混在しているのにはやはり違和感がある。本当にあの会社は何がやりたいのだかわからない。野口さんは別れ際にこれも実験なのだとかなんだとか言っていたが、結局どういう実験なのか、これも全くわからない。
浴室を見てみると、やはりすごく広かった。現世の俺の部屋が二つくらい入るんじゃないかと思うくらいだ。にしても今日はいろいろあった。初任務から波乱の連続だった。それにしてもあの『神』とか名乗ってたやつは何だったんだろうか。とにかく強大な力を持っているうえに危険な思想を持っている。単なる中二病で片付けていいやつじゃないとは思う。あいつが今一番の謎なのだ。まぁいつかまた会ったときは必ず葬るが。
俺が風呂からあがると、先にあがっていたクノイが扉の前で突っ立っていた。
「あがったか。ほら、お前の寝間着だ。母さんが昼間買っていたんだとよ。」
クノイはそういって青色の寝間着を渡してきた。さすがはフォルナさん、寝間着のセンスもいい。そういうことに従事している人なのだろうか。
「ありがとう。」
「礼なら母さんに言った方がいい。だが母さんは何も言わなくていいと言っていたから、その言葉は俺が受け取ることにしよう。あと、さっきゴクリョウさんからポストルで通達が来た。明日も早いそうだぞ。今回の任務の報告をした後、次の任務についても説明があるらしい。早く寝て明日に備えろとのことだ。」
「…わかった。まぁ言われなくてもすぐ寝るつもりだけど。」
俺はクノイと別れるとすぐに部屋に戻り沈むようにベッドに倒れこんだ。いろいろ考え事はあったが、それ以上に今はとにかく疲れていた。この日は昨晩のように途中で目が覚めるなんてことはなく、しっかり熟睡することができた。
俺が朝起きると、目の前には見覚えのない顔があった。目の前、しかも顔面のすぐ前。
「うわぁ!?」
あまりに驚いてどこから出たかわからない変な声が出てしまった。それと同時に飛び起きた俺は、その人の頭に思いきり頭をぶつけてしまった。
「痛ったー!」
「ごめんなさい!…いやそれより誰あんた!なんで俺の部屋に!」
「なんでも何もないよー!小隊から集合かかってるのにあんたが全然起きないってクノイから連絡が来たからたたき起こしに来たの!」
そう言われ周りを見てみると、この人のほかに一人の男性と一人の女性が立っていて、部屋の隅にはクノイが呆れた顔で壁に寄りかかっていた。
「…お前、ムナカさんが来るまで本当に全然起きなかったんだぞ。全く何度起こしたことか。何をやっても起きないから葬儀屋を呼ぼうか迷ったくらいだぞ。」
クノイがそんなことを言う。どうやら俺は本当に深い眠りについていたらしい。そしてこの人はムナカというのか?それにしてもさっきから両頬がじんじんと痛むのだがなぜだろうか。
「とにかく早く行くぞ。集合時間までもうほとんどない。」
「えっと…朝ご飯は…」
「食ってる暇あるか。さっさと支度しろ!」
俺はクノイにせかされ、着替えてすぐ朝食もとらずに出発した。
「…おう。来たか。遅かったな。」
小隊の基地に着くと、入り口前でゴクリョウさんが待ち構えていた。どうやら少々待たせてしまったようだ。
「まぁいい。とりあえず、このチーム始まって以来なんだかんだで初めての集合だ。みんながみんな顔見知りってわけじゃないだろうから、自己紹介をしてくれ。名前と趣味、あとついでに軍養学校卒業時の戦士階級も頼む。」
また自己紹介だ。本当にこの行事だけは昔からやりたくない。それよりまた聞き覚えのない単語が出てきた。
「クノイ、戦士階級ってなんだ?」
「あぁ、そうだったな。お前は学校にも行ってなかったな。戦士階級は軍養学校が生徒に与える戦闘におけるランクで、C~Sに分けられる。これは知識、技能、戦略の三観点の総合評価で決まる。これによって軍やギルドでの優遇度が変わってくるんだ。」
戦闘におけるランクか。どうやらどの世界でも実力至上主義というのは変わらないらしい。これも人間社会においては必ずどこかで存在する不変的な風習なのだろう。
「…んじゃ、俺から。」
先陣を切ったのは、いかにもまともそうな男性だった。最近まともな人間に出会えていないせいか、普通の人間がものすごくまじめな類の人間に見えてくる。
「俺はオル・レイスター。趣味は読書で、階級はBです。階級は低めですけど、その分戦略の評価は高いので、生命線にはなれるかと思います。よろしくお願いします。」
…オルか。闘いには向いていないが、戦略には自信ありの軍師向きらしいな。俺なんかよりもきっと頭がいいのだろう。
「んじゃ、あたし行くね!」
次に出てきたのはさっきいざこざがあったムナカさんだ。やはり陽のオーラがすごい。
「あたしはムナカ・メイナン!趣味はキャンプで、階級はAよ!ここのエース的な存在でゴリゴリの武闘派なの!よろしく!」
ムナカさん…なんとなくイメージはできていたがアタッカーの類のようだ。
「…仕方がない。俺が行く。」
次は皆さんお待ちかねのクノイの出番だ。どんなことを言うのか少し気になる。
「…クノイ・モルドスだ。趣味はそこら辺の散歩。階級はBだ。一応アタッカーのつもりだが、この小隊に格上がひとりいる以上、俺は隠密行動に回ろうと思う。」
…クノイにしては意外とまともなスピーチだった。アタッカーとは思っていたが、隠密行動もできるのか。さすがイケメン。俺と同じく有能じゃないか。…嘘だ。
「えっと次は…」
そう思ってもう一人の方を見ると、向こうも俺の目をじっと見つめ返してきた。なんとなくだが、お前が行けと促しているようにも見える。
「…んじゃ、俺行くよ。」
いざ人前に立ってみるとかなり緊張する。俺はできる限り人と目が合わないようにしながら自己紹介をした。
「えっと…ヤマト・モルドスです。趣味は…えっと、…あっ、旅をすることで、階級は…」
「おそらくCだ。今現在ほとんど魔法も使えず、剣の腕がいいわけでもない。まぁおそらく、いやほぼ確実にCだ。」
クノイが突然ものすごくド直球で突き付けてきた。しかし実際事実なのだ。ライテントを倒すことができたのも、今ここにいれるのも、すべてクノイのおかげだ。こんな奴はここにいていいわけがない。C以下のただの雑魚なのだ。きっと。
「…だが、これは今現在の彼の力だ。彼は訳あって、軍養学校に行けていない。最初はだれでもC未満からのスタートだ。だから今の彼を見て足手まといに感じるかもしれないが、どうかしばらく目をつむってほしい。…こいつはいいやつだ。俺が保証しよう。こいつは俺の友であり、…家族だ。」
「…クノイ…」
クノイは普段あんなだが、ちゃんと俺のことを意識してくれていたようだ。本当にクノイにはいつも助けられてばかりだ。いい友達を持てて俺は幸せ者だと思う。
「ということで皆さん、ご迷惑をおかけしますが、俺のこと、どうかよろしくお願いします。」
「…初めからわかっていたわ、そのくらい。あんた弱そうだもの。でもあたしがあんたを馬鹿にするわけないっての。先輩だもん!」
「あぁ。クノイにわざわざ言われなくとも、そうしていたよ。」
「……うん。」
「よかったな、ヤマト。もちろん俺もこれからもお前の友であり続ける。」
「みんな…」
本当に俺は幸せ者だ。こんな思いは現世でもできなかったかもしれない。この世界に来ていろんな人に出会った。その度に助けられて、見ず知らずの俺をこんなに受け入れてくれた。今度は俺の番だ。必ず強くなって、みんなに恩を返せるようになる。そう固く誓うのだった。
「…こんないい雰囲気の中…やりづらいけど…私の番…だよね。」
いよいよ最後の人になった。最初は面倒くさく感じていたが、今はそれ以上にこの人のことが気になる。おとなしく、あまり目立たない感じの女の子といったところか。しかしなぜだろう。この人からは俺と似たような陰のオーラとは別にすさまじい気配を感じるのだ。
「あ、…えっと…メナ・タイロックです…趣味は…えっと…………ぬ、ぬいぐるみを……集めること…です…。かっ階級は…」
顔を赤らめ下を向きながらも必死にスピーチしている彼女を、俺は同情するように聞いていた。この気持ちは痛いほどわかる。にしても趣味がぬいぐるみ収集とは…見た目にそぐうかわいい趣味だ。俺は何となく同志を見つけたような気がして胸を軽くして聞いていたのだが、メナさんのスピーチの最中、突然ドゴーンと、爆弾が炸裂したような激しい音が鳴った。音がした方を向いてみると、そこには一面火の海になった王都の街並みと、信じられないほどの大きさをした木…のような化け物がいた。
「なんだ…これ。」
「何かが暴発したか。あるいは、人的要因なのか。どちらにせよ、我々には戦場であれをどうにかする義務がある。総員位置につけ!ギルド『ナメーコ』ベニテング小隊はこれより総出撃を開始する!行くぞぉー!」
ゴクリョウさんがそう合図をすると、クノイを除き俺以外の全員が一斉に何かの魔法で空に浮き上がり、高速で飛んで行ってしまった。
「ヤマト!つかまれ!」
「えっ!?うわ!?」
俺はクノイに手を引かれ一緒に空中へと飛び出した。何が何だかわからなかったが、当たってくる強風が逆に心地いい。こうして俺たちは突然の大戦に巻き込まれることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます