第4話 友情と復讐心

 「ニンゲン…タチサレ…!」



 ライテントは間髪入れずに拳を叩き込んできた。俺とクノイは何とかかわすことができたが、圧倒的な体格で高所から繰り出される一撃は普通に当たればまず即死だろう。



 「ヤマト!お前は下がって俺を援護しろ!」


 「…わかった!」



 クノイは俺を背に勢いよく飛び出していった。元々この世界で育ってきた人間はやはり運動能力が段違いに感じる。襲い掛かってくるライテントの攻撃を次々にかわし、間合いに入った瞬間(天井はふさがってるけど)天高く飛び上がった。それは棒高跳びの選手なんぞ目でもないほどだった。



 「ヤマト!俺に攻撃力バフをかけろ!この一太刀で確実に仕留める!」


 「え…?わっ分かった!」 



 とは言ったが、バフの話など現世から来た俺にとっては今初めて聞いた話だ。俺は適当に魔法具を握りしめ、バフのイメージをしながらなんとなくで技を撃とうとしてみた。すると、とんでもない偶然が起きたのか、魔法具から赤く弱いオーラがクノイのほうに飛んで行った。これでいいのだろうか。



 「これで決める…!ウィンド・ソード・カノン!」



 振り下ろされたクノイの刃はライテントに直撃すると同時に強烈な竜巻を引き起こし、嵐のごとく周囲を巻き込んだ。



 「…ニン…ゲンガ…」



 まだ息がある。普通なら死んでもおかしくないような凄まじい攻撃を耐えている。俺たちは反撃に備えて武器を握りなおしたが、その瞬間ライテントはその場に倒れこんだ。



 「やった…のか…?」


 「いや、仕留め損ねた。にしてもなんだあのしょぼすぎるバフは。しっかりバフがかかっていれば確実に仕留めることができた。」


 「魔法なんて習うわけないだろ?」


 「は?お前今まで何を学んできたんだ?魔法学は必修科目だろ。…もしかして、軍養学校にも行ってないのか?お前の生まれ育った場所がどんな場所か知らないが、いくらなんでもこれはひどいぞ。」


 「まぁ、うん。そんなとこ。いろいろあってね。」


 「はぁ。…まぁいい。極限まで弱らせたことで、安全にこいつの取り調べができるしな。そもそもよく考えてみれば本来の戦闘の目的はこいつの沈静化だった。」


 「まぁ、結果オーライってことで。」



 …クノイは自分で宣誓していた内容をもう忘れていたのか。やはりクノイは意外と天然なのだろうか。そしてこのセリフは今ので二回目のような気がする。かという俺も忘れていたのだが。


 事後処理として、クノイは異様なくらい耳が良いというポストルなる伝書鳩的な鳥を指笛で呼び寄せ、救助車の手配を要請する手紙をゴクリョウさんに送った。しばらく暇だった俺たちは、たくさんのランドウルフたちと戯れていると、今まで気を失っていたライテントがゆっくりと起き上がってきた。



 「ニン…ゲン…ウッ…」



 まだ敵意はあるようだが、傷口が痛むようで、先ほどのような凶暴さは見受けられない。次第に今戦っても無駄と悟ったのか、落ち着いてこちらに話しかけてきた。



 「ニンゲン…キサマラノモクテキハナンダ。」


 「…俺たちは、人間たちの大切な家族であるそのランドウルフたちを返してもらいに来た。」


 「…カゾク?…タイセツナ…?ムリヤリジブンタチノモノニシテオイテ…?」


 「…合意のもとだと思うぞ。何年も一緒に暮らしてて逃げないのは、そういうことだろ?」


 「ソレハ…ニゲラレヌヨウニンゲンガシバッテイルダケ・・・」


 「そうでもないぞ。ほら。この子の首輪を見てみろよ。」



 俺はライテントに、さっきまで戯れていたランドウルフたちの中の一匹を見せた。そのランドウルフの首輪には、おそらく小さな女の子あたりがつけたものと思われる折り紙で作られたアクセサリーが飾られている。



 「…コレハ…ニンゲントハ、ヨウチナイキモノダナ。…ガ、イマノニンゲントドウブツハコンナニモナカムツマジククラシテイルノカ。…モシヤカツテノニンゲントハモウチガウトイウノカ。」


 「ああ。もちろんだ。…なっクノイ。」


 「ああ。お前が見たかつての人間について詳しく知らないが、少なくとも動物の命を軽く扱う人はほとんどいないと言えよう。」


 「ソウカ…ソウナノカ。キサマラノヨウナキョウシャガイウナラ、ワタシハコウテイシヨウ。…ワタシハイマ、ゲンダイノニンゲンニキョウミガアル。ヤサシキニンゲンタチヨ、テイアンダ。ワタシヲ…キサマラノナカマニクワエテクレナイカ。」



 まさかこのライテントからそんな言葉が出てくるとは思いもよらなかった。さっきまで人間を憎んでいた奴の言う言葉ではないだろう。しかし一つ言えることは、彼女はすごく慈愛に満ちた、優しい魔物であるということだ。そう、我々の小隊長と同じように。



 「…どうする?クノイ。」


 「俺は反対しない。改心したなら、俺はそれでいい。」


 「俺も同意見だ。ロイベルさんもゴクリョウさんもほかの人も、きっとわかってくれるはずだ。」


 「ソレデハ…」


 「…ひとまず俺たちは許可するつもりだ。あとは父さん…ギルドマスターの了承を受け、メンバー試験を突破すれば、晴れてギルドの一員となる。」


 「ソウカ…。デハソノトキハ、ヨロシクタノム。」



 彼女の表情は我々人間には読み取りづらいが、心なしか喜んでいるような気がした。



 「こちらこそ、よろ…しく…え…?」



 …俺は驚きすぎて声も出なかった。開いた口が塞がらないという言葉の意味をしっかりと認識できたと思う。横を見るとクノイも同じような反応をしていた。…俺が再び彼女の顔を見上げた時、さっきまで確かにあった彼女の首は…無くなっていた。次の瞬間、首のなくなった彼女の胴体は勢いよく地面に倒れた。俺たちが再び前を向いた時、そこには彼女の首を乱暴に鷲掴んでいる男が立っていた。



 「…せっかく良いおもちゃを見つけたと思ったのに…もう駄目になったのか…。」


 「誰だ…。おもちゃってなんだよ。」


 「君たちだね。この子をたぶらかしてくれたのは。」



 …しゃべる言葉の一つ一つが癪に障る。今すぐにでもぶん殴ってやりたいくらいだったが、本能がそれを止めた。本能がささやいてくるのだ。今こいつにケンカを売れば確実に死ぬと。



 「お前は…その心優しい魔物の心を利用したのか?こんなことをして、許されると思うなよ。」



 クノイはそう言いつつも、声からは震えが伝わってくる。きっとクノイもこいつの威圧から危険性を感じ取っているのだろう。



 「利用したかって?…そうだよ?僕は暇を持て余しているんだ。彼女の記憶を少しだけ改ざんさせてもらったのさ。こういうちょろい魔物を利用して暇つぶしをしたくなるのもわからないかい?…まぁ、凡人に言ってもわからないか。これが僕のような神に与えられた特権なのだよ。」


「…神…。」


「僕の邪魔をしたんだから、いずれ責任を取ってもらうよ。それじゃ、次会う時が屍でないことを願うよ。もちろん、君たちが。」


「待て!」 



神と名乗る男は、それ以上何も言わずに、洞窟の闇の中へ消えていった。クノイは何か知っていそうな雰囲気だったが、うつむいたまま口を開こうとはしなかった。


 その後救助隊が到着し、すべてのランドウルフが救助された。…結局さらわれたランドウルフは合計で五十三匹にも及んだそうだ。あの神と名乗る男は、これだけのランドウルフをライテントに集めさせて、何をするつもりだったのだろうか。暇つぶしなんて言っていたし、まさか犬まみれならぬランドウルフまみれでもするつもりだったのだろうか。そんなかわいいものならどんなにいいものか。目的がなんにせよ、彼がひとりのライテントの、俺の友達の純粋な心を利用し、あろうことかその命を奪ったことを、俺は絶対に許すつもりはない。その日の夜は、依頼人の女性のもとへ赴き、質素なスープをごちそうしてもらった。食事中依頼人の女性は俺たちにずっと感謝を述べていたが、昼間のこともありうれしさも達成感もわかなかったし、おいしいはずのスープもほとんど味が分からなかった。俺は…いや俺たちはこの日から、あの男へ復讐することを決めた。こうして、嫌な後味が残ったまま、俺たちの初任務は幕を下ろした。

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