第3話 初陣

 「早速だが、うちのギルドに入るにおいて、君の配属を伝える。」



 ロイベルさんはそう言って一枚の地図を取り出した。 



 「ここに行くといい。ここには君が配属されるギルド小隊『ベニテング小隊』の小隊長がいるだろう。彼は気難しい人だが、クノイも今日からここに配属となる。心配はいらない。」  


 「クノイも?そうなんですね。至急今から出発します。じゃあクノイ、行こっか!」 


 「…ああ。」


 「待った。」



 俺たちが出発しようとすると、ロイベルさんが急に呼び止めてきた。



 「危うく忘れるところだった。お前ら、そんな服装でギルドに入るつもりか?」



…確かによく考えてみると、クノイはもろ私服、俺に至っては会社から直行で来たのでもう丸一日くらいスーツ姿だ。昨日の夜もあまりに眠くてスーツのまま寝てしまっていた。



 「ほら。お前らの制服だ。結構動きやすい素材で作られている。持ってけ。」 



 ロイベルさんは俺たちに制服を支給してくれた。白地に金色のラインが入っている派手だが上品なデザインだ。左肩にはギルドの紋章がでかでかと刻まれている。早速着てみると確かに軽く、動きやすい。少なくともうちの学校の制服よりかは気に入った。



 「ありがとうございます。それじゃ、行ってきます。」


 「ああ。気を付けて。クノイもな。」 


 「…ああ。行ってくる。」



 こうして俺とクノイは今度こそ、地図に示されたところに出発したのだった。



 「それにしてもちょっと意外なんだけど、クノイはまだギルドに入ってなかったんだな。」



 俺はてっきり、クノイはもうギルドメンバーなのかと思っていた。父親がギルドマスターだということから勝手にそう思い込んでいた。



 「…こんな若いうちからギルドに入れる奴なんてそうそういない。…まぁ、一部例外はいるが。俺やお前よりも何歳も若いのにもかかわらず、小隊長まで登りついた者がほかの小隊にいるんだ。」


 クノイの口ぶりから察するに、その小隊長の実力は確かなものらしい。俺たちはこれでもだいぶん若い方だと言うが、その人は俺たちよりも若くて、しかも小隊長になっている。クノイの実力やほかのメンバーの実力を知らないから一概には言えないが、その小隊長はもはや異次元の領域なのだろう。


 とまぁそうこう話しているうちにいつの間にか目的地に着いたようだ。そこは町中にある倉庫のようなほったて小屋で、なんだか思っていたものとは違っていた。本当にこんなところに小隊長がいるのだろうか。 



 「クノイは、小隊長に会ったことあるの?」


 「何度かな。正直あの人は苦手だ。」



 扉を開けようとしたが鍵がかかっているようなので入り口付近でしばらく待っていると、後ろから急に声をかけられた。



 「…うちに何か用か?」



 振り返るとそこには二本の角をはやした鬼が立っていた。



 「うわぁ!?」


 「…お久しぶりです。小隊長。」


 「小隊長…これが?小隊長って人外もありなのか。」



 正直本当にびっくりした。心臓が飛び出るかと思った。振り返ったら背後に鬼がいるって流石に怖すぎるでしょ。



 「これとはなんだ、これとは。今や鬼も働く時代だ。何の問題もないだろう。…んで、お前らがマスターから配属されたっていうやつらか。まさかクノイも一緒とはな。まぁ、うちの小隊に入るんなら、マスターの息子だろうが何だろうが遠慮はしない。じゃあ自己紹介な。俺はこのベニテング小隊の小隊長、ゴクリョウだ。これからよろしく頼むよ。」



 ゴクリョウさんは見た目よりも意外と優しい人…いや、優しい鬼なのかもしれない。なんとなく声を聴いた感じそんな気がする。少なくともクノイほど初見の印象は悪くない。



 「あっ、そういえば、君の名前、聞いてなかったね。教えてもらえるかな。」


 「大和です。」


 「苗字は?」



 え?…正直この世界に苗字という概念があることを知らなかった。今苗字を聞かれるまでこの世界で苗字なんて気にもしてこなかった。…どう答えればいいのだろうか。流石に住山なんて苗字違和感があるよな。



 「えっと…」


 「小隊長。こいつは今日よりうちの家族になりました。故にこいつの名は、『ヤマト・モルドス』です。」


 

 いきなり俺は苗字まで変えられてしまった。今日から俺は、ヤマト・モルドスとしてこの世界で生きていくことになるらしい。



 「てか、お前そんな苗字だったのか。」


 「言ってなかったか?うちはモルドスという屋号だ。だから俺もクノイ・モルドスだ。」


 「あぁ、そうだった。お前のとこの養子なんだっけ。事情は聴いているよ。まったく、俺じゃなきゃ受け入れないぞこんなの。まぁよろしく、ヤマト。」


 「あっはい。よろしくお願いします。」



 どうやら俺はなかなかついているようだ。ゴクリョウさんは俺が未経験なのを承知でここに受け入れてくれたらしい。こんな足手まといになりかねないやつを受け入れてくれるのはこの人のほかにいないだろう。…そうだ。この人を鬼という認識で見てはいけないと思う。我々と同じ、一人の『ヒト』としてみるべきだと思う。ゴクリョウさんは本当に情に厚い人なのだ。…見た目に反して。



 「とりあえず、まずは適正武器の診断といこうか。クノイはやることわかるよな。」



 そう言ってゴクリョウさんは俺たちを裏側にあったグラウンド的な広場に連れて行った。そこで俺たちは適正武器を診断すると言われ、剣やら刀やら弓やら、さらにはナイフやら魔法具やらで人形を攻撃させられたのだが…



 「…お前ら…ひどいな。こりゃ。多少訓練経験があるクノイはともかく、ヤマトに関しては根本的に戦闘に向いていないようにうかがえる。クノイはとりあえず剣な。ヤマトは…」


 ゴクリョウさんはしばらく悩んでいたが、結局俺には一番扱いが簡単な初級の魔法具をくれた。根本的に戦闘に向いていない…か。当たり前だ。俺はついこの間まで普通の男子高校生で、武術とは無縁の生活を送っていたのだから。



 「…本来はこういうやつはすぐには任務に出せないんだがな。事情が事情だから仕方がない。お前たちには早速、王都内より出されている簡単な依頼を一つこなしてもらうことにしよう。お前たちの状況を見ると…これが妥当だろう。」



 そう言ってゴクリョウさんは俺たちに一軒の依頼をくれた。依頼内容は、低級の魔物にさらわれたペットを取り戻してほしいというものだった。しかし魔物という存在までいるとは、この世界がますますゲームのように見えてきた。だとしたら何を持っての全クリなのか全くわからないが。いろいろと頭が混乱しつつも、俺はクノイとともに目的地へ向かう。 



 「てか、うちの小隊ってほかにはどんな人がいるの?小隊ってまとまって行動するためにあるんじゃないのか?」


 「うちの小隊は俺が知ってる限りじゃあと三人いる。どれもよくわからない変人だ。あと、全員で出撃することなんて、地下迷宮の攻略くらいだ。普段は二、三人のタッグを組んで行動する。今回の場合の俺たちみたいにな。」


 「ほへー。地下迷宮か。」


 「ああ。そんなのもあるが、今は関係ない。また今度改めて説明されるだろう。」


 「そっか。てかこの辺、なんか空気悪くないか。」



 先ほどから街を歩いていたが、最初に俺が来たところとは明らかに空気の質が違っていた。汚水のような、疫病が蔓延してもおかしくないようなにおいがしている。


 

 「ここら辺はスラム街だ。空気が悪くて当然だ。」 



 スラム街か。近代化しつつあるこの王都は、とても華やかな一面を持ちつつも同時にそれによる公害や貧富の格差などが発生していると見れる。この現状は、どんな都市でも通る負の面と言えよう。スラムの一つや二つあるのも珍しくはないのだ。



 「…今回の依頼はこのスラム街から出されている。…あの小隊長、とんでもなく面倒くさい依頼を押し付けてきやがった。」



 クノイは面倒くさそうな顔をしながらスラム街の中心部へと入っていった。その中は俺が想像していたよりも劣悪な環境だった。食べ物の食べ残しや飲み物の空き瓶、さらには何の動物のものかもわからない糞便がそこら中に転がっており、ハエがたかっていた。もしかすると動物のものとも限らないのかもしれないが。とにかく想像を絶するほどの劣悪な環境で、息をするのもつらいほどだった。まったく、ここに暮らしている人はなんで生きているのか疑問に感じる。そこらに死体が転がっていたとしても今なら驚かない自信がある。そんなこんなで俺たちは、途中意識が飛びそうになりながらもなんとか依頼人の家にたどり着いた。



 「ごめんくださーい。」



 木でできた、風をしのげるかも不安なぼろぼろの扉に向かって叫ぶと、中からはみすぼらしい布を羽織った女性が出てきた。髪の毛はぼさぼさ、肌は汚れだらけ。おそらくはもうかれこれ数週間は風呂に入れていないのだろう。 



 「あなたたちが、ギルドの方々ですか?どうか、うちの子を助けてください。」


 「ペットが魔物にさらわれたと聞きましたが、どんな魔物か、覚えていますか?どんなペットですか?あと、さらっていった方向は?あとどれくらい前か。」



 クノイが尋ねると、女性はすごく焦った表情で答えた。



 「大きな魔物でした!この街灯と同じくらい!一つ目で、角が一本!うちの子はランドウルフなんです。こっちの通路に逃げていきました!これは昨日のこと!」


 「…わかりました。ヤマト、急ぐぞ!」



 そういうとクノイは言われた方向へ走っていった。結構な速さで走っていて、追いつくのも精いっぱいだ。



 「で、何かわかったのか?」


 「…ああ。おそらくさらっていったのはライテントだ。そのランドウルフだけをさらっていったというのには少し引っかかるが。…もし目的が捕食だったら一刻を争う。」


 「つまりやばいんだよなそれ。」


 「当然。あ、ほら。前に洞窟が見えるか。ああいう暗い場所に魔物は住み着く。もちろん、ライテントも。いくぞ。」



 俺にはこのライテントという魔物の危険度がどれほどのものかはわからないが、依頼を受けた以上は絶対に完遂しなくてはならない。こんな使命感は現世では感じることができなかったであろう。俺たちは暗い洞窟の中へ足を踏み入れた。



 「暗いな。」



 洞窟の中は思ったよりも暗かった。入り口から奥はどんなに目を凝らしても見えそうにない暗さだ。



 「どうしよう。……そうだ!」



 俺はふと、ソナタがくれたお助けボックスの存在を思い出した。あの中にはいろいろなものが入っていたが、その中に懐中電灯というこの世界の世界線には似合わないアイテムが入っていたことを思い出したのだ。



 「クノイ!これで先に進めるぞ!」


 「それは…なんだその光る棒は。」



 クノイは若干混乱しているようだが、とりあえず先に進むことができた。…しかしクノイも知らない道具を持っているソナタは、いったい何者なんだ…?


 しばらく洞窟を進んでいると、「ワオーン」という犬のようなオオカミのような鳴き声が聞こえてきた。



「こっちだ。」



声がした方へと進むと、そこには大きな開けた空間があった。そしてそこには、何十匹ものオオカミのような動物の姿もあった。



「…ランドウルフ…よかった。まだ無事だ。」


「こいつらが…?さらわれたのは一匹だけじゃなかったのか。」


「こいつらがいるということは、ライテントもここにいるということだ。こいつらの救出は小隊長に救助車を手配してもらうとして、今はどうやってライテントを倒すかを考えるのが先だ。」



俺たちが周りをうかがっていると、やがて広場の奥から背の高い単眼で一本角のまがまがしい鬼が出てきた。こいつがおそらくライテントだ。鬼を小隊長に持つ俺たちなら、いい鬼と悪い鬼の区別をするくらい簡単なこと…なのだが、どうもこの鬼からは本当に悪意のあるオーラは感じないのだ。



「…クノイ。」


「わかってる。こいつは話し合いでなんとかできるタイプかもしれねぇ。」 



まず俺たちは、話し合いという手段を使ってみることにした。しかし…



「なぁ。そのランドウルフたちは、ほかの人のものなんだ。返してくれないか?」


「ホカノ…ヒト…ノモノ…ダト?フ…ザケルナ!コノコ…タチ…ノ、ジユウヲ…ウバッテ…オイテ!カッテニ…ニン、ゲンノモノ…ニ…スルナー!」


「こいつ、人間に対して交渉もできないくらいの強い恨みを抱いてやがる。」


「やむを得んか。クノイ。」


「ああ。交渉してもらわないと困るからな。…これより、ナナト王国ギルド、『ナメーコ』より、クノイ・モルドス及び…」


「ヤマト・モルドスが…」

 

 『目標の沈静化を開始する!』



 こうして、クノイによる即興の宣誓によって、俺たちとライテントの戦い、そして俺たちの初陣は幕を開けたのだった。

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