第1話 異世界とお祭りとイケメンと…

 「はぁ…」



 ため息が出る。いきなり何も知らない世界に放り込まれたのだ。当たり前だ。昔見た動物園の動物の気持ちが今ならわかる気がする。でも帰りたいとは思わない。

あんな世界に自分の居場所なんてないだろう。問題はどうやってここで暮らしていくかだ。第一ここがどんな世界かもわかっていないのだから。



 「ん?」



 俺が後ろを向いてみると、やはり出口はなかった。だがそのかわりに、小さな穴のようなものが一つある。空中にポツンと、拳一つ入るくらいの穴が開いてある。

覗いてみると向こう側には一面の森が見える。びっくりしてもう一度覗いてみると、今度は一面海が広がっていた。一つだけわかるのは、この先にある光景は現世であるということだ。この穴を通るとランダムで地球上のどこかに出ることができるらしい。おそらくは会社側が出口を完全に消すことができなかったのだろう。



 「ここに手紙を投げ入れれば、誰かが拾ってくれたりしてな。…試す価値はありそうだな。どこかで紙とペンが入手できればいいんだけど。」



俺はひとまずこの穴にすべてを託すことにした。救助要請ではない。会社への復讐だ。



 「あたりを散策してみるか。」



 そう思い回りを見渡してみると、辺り一面何もない草原が広がっていた。あるとすれば、遠くに一軒だけ小さな家のようなものが見える。ほかに行くところもないので、ひとまずはそこを目指すことにした。



 「…誰かいればいいけど。」



 ついてみれば、そこはどうやら一軒家のようだ。呼び鈴もないので戸を叩いてみたが、応答がない。



 「やっぱり空き家なのか?」



 そう思い立ち去ろうとしたとき、家の裏から小さな女の子が顔をのぞかせた。



 「あの…おじいさんになにかようですか?」



 十歳行くか行かないかくらいのその少女はか細い声で話しかけて来た。聞いた感じ、そのおじいさんという人と一緒に暮らしているのだろうか。



 「えっと、そのおじいさんは今どこにいるの?少し訪ねたいことがあるんだけど。」


 「おじいさんは山へコノボを狩りに行きました。しばらく戻ってこないので、よろしければ私がお伺いしましょうか。」



 少し迷ったが、しっかりしてそうな子なので、この場所について聞いてみることにした。もちろん、俺の正体については、多少の嘘を交えて。



 「俺は遠い町から来た旅人なんだ。ここに来るのは初めてで、何もわからないから、いろいろ聞こうと思ってきたんだ。」



少女は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐにほっとしたような表情になり話し始めた。



 「そうでしたか。それなら私でも説明できることですね。私の名前はソナタ。このナナト王国の王都、『パライトミクト』の郊外で義父であるおじいさんと一緒に暮らしています。この国は建国七百六十五年と、とても歴史のある国なんですよ。」



 こう改めて説明を受けると、自分が異世界に来ているのだと嫌でも自覚させられる。



 「あ、そうだ。紙とペンはあるかな。家族に手紙を出したいんだけど。」


 「紙…ですか。かろうじてありますよ。どうぞ。」



 俺はソナタから紙とペンをもらい、俺なりの文章で手紙を書いた。



 「それじゃ、俺はもう行くよ。ありがとう。」


 「いえ。お気になさらず。それと、王都にむかわれるのでしたら、こちらをどうぞ。ソナタのお助けボックスです!」



 そう言ってソナタは少し大きめの袋を差し出してきた。中身を見てみると、食料や王都までの地図、傷薬などの日用品から、少量ながら通貨と思わしき金貨の入った袋などが入っていた。正直今はこういうものが一番うれしい。いや、金に関してはいつでもうれしいか。うん。



 「とても助かるよ。ありがとね。」


 「はい。お気をつけて。初めて会ったときはまた借金取りの人が来たのかと思ったけど、いい人でよかったな。」


 「借金取り?また?」


 「あっいえ、何でもありません。ではまたいつか。」


 「あっああ。」



 ソナタは俺を追い払うようにして別れを告げた。にしても最後の言葉がどうも引っかかる。あまり家庭の事情に入るのはよくないのだろうが。



 「大丈夫かな。…まあいっか。きっと大丈夫。あいつなら。」



 俺は自分にそう言い聞かせ、例の穴に手紙を入れに行くのだった。しかし、やっとチュートリアルが終わった感じだ。ここまで長かった。もしかすると、いつもゲームでやってるチュートリアルも、実際はこのくらい長い時間が過ぎているのだろうか。


 …穴に戻ってきた。まだある。俺は町中につながるまで何度も繰り返し覗いた。そして数十回か見続けて、ようやくどこかの町の中へとつながった。



 「誰か拾ってくれ!」



 そう願って俺は手紙を穴に放り込んだ。あとは運命にゆだねるのみである。もうこれ以上ここに用はない。俺は振り向きもせずその場を立ち去った。


 そうこうしているうちに、いつの間にか目の前には、大きな西洋風の城が見えてきた。きっとあのお膝元が王都、「パライトミクト」なのだろう。城に散りばめられた宝石と思わしき装飾に、仮想世界の偽りの夕日が反射して、何とも言えない荘厳さと、これも虚像なのだという虚しさを醸し出している。これが俗に言うエモいというやつか。


 俺が王都に入ると、どこからかソース?のおいしそうなにおいが漂ってきた。町の人々の賑わいと、独特の熱気から、何が行われているかはすぐに分かった。



 「これは…祭りじゃねーかー!」



 昔から祭りは俺の主戦場だった。祭りと聞くと、普段陰キャな俺のテンションは少し上がる。地元じゃ『山のお祭り男』と言われたほどだ。西洋風の街並みの中に縁日なんていう日本文化が混在していることには違和感を感じざるを得ないが、今はそんなことどうでもよかった。そして俺は人の流れをたどり、縁日という名のナイトクラブへと走っていくのだった。…ちなみに補足だが、この時の俺は五十メートルを走れば軽く六秒台に達していると思う。



 「ついたー!」 



 群衆をかき分けたどり着いた先には、たくさんの出店が立ち並ぶ縁日が広がっていた。唐揚げ(と思わしきもの)、たこ焼き(と思わしきもの)、焼きそば(と思わしきもの)、何でもある。ちょうど俺はソナタから(少量ながら)お金をもらっていたので、欲しいものは全部買った。…そう。俺は少量しかなかったお金をすべて使い果たしてしまった。宿代が、ない。仕方がないので野宿をしようと、祭りを離れ、近くの森の開けた場所へ移動しようとすると、



 「おわっ」



 急に誰かと肩がぶつかった。顔を見てみると、背の高いクール系イケメンが立っていた。まぁ俺のほうがイケメンなんだが。



 「すみません。ケガはないですか。」


 「……ああ……」



 男はボソッと呟いた。…え、何こいつ、こいつもコミュ症なん?え、気まず…とは思ったが、この男よりもイケメンな俺は、紳士に対応するのだ。



 「ケガがないならよかった。気を付けて。」



 一刻も早くここを離れたい。そう思い立ち去ろうとすると、男は急に大きな声で呼び止めてきた。



 「待て!」


 「どっどうしました?」


 「…お前、なんとなくわかる。家がないんだな。出なければこんなところに来る者はいない。職がないのか?生活に困っているだろう。相談に乗るぞ。何なら俺が職を紹介してやろうか。」



 何を言われるかと思えばそんなことなのか。いや、あながち間違いではないのだが、この男はどうも深刻にとらえすぎているようだ。



 「おっおちついてください!確かに野宿をする予定ですが、俺は旅人で、ホームレスとかそういうのではないですから!」


 「…なんだそうだったのか。どうやら俺の早とちりだったようだな。だが、宿がないのでは不便だろう。良ければうちに泊まっていってくれ。」



 男は今度はそんなことを言ってきた。だが確かに野宿は普通に嫌だし、泊めてくれるのなら本望というものだ。ということで、



 「ではお言葉に甘えて」



ついていくことにした。小学生のころ知らない人にはついていってはいけないと誰しもが教わったはずなのに、いい年をした高校生はのこのこと初対面のイケメンについていくのだ。



 「……」


 「えっと、あなたは、この辺に住んでるんですか?」


 「…ああ。」


 「俺は大和って言います。あなたの名前は?」


 「…クノイ」


 「へぇ、いい名前ですね。」


 …さっきまでの会話のテンションが嘘であったかのように何もしゃべらなくなった。コミュ症の俺は頑張って話してんのに。知り合って間もないからというのもあるが、ほとんど口を開かないから、このクノイという男は本当に裏が読めない。クノイを本当に信用していいのかも、今はわからない。このあと十分ほど気まずい雰囲気の中、並んで歩いていたが、気が付くと俺たちは、割と大きな屋敷の前に立っていた。



 「…ついたぞ。」



 どうやらここがクノイの家らしい。現世の俺の家の四倍はあるであろうその家には、かなり重厚な鉄の門が構えている。



 「立派な家ですね。」


 「俺の父は王国一のギルドのギルドマスターを務めている。こんな大きさでは小さいくらいだ。」



 …ギルドマスター。ますますRPGらしくなってきた。なるほど。この世界はそういう世界なわけだ。



 「父には事情を話しておく。この廊下の奥の部屋でゆっくり休むといい。それと、俺に対して敬語は不要だ。では。」



 クノイはそれだけ言って去っていった。そして俺も部屋へと向かい、眠りにつくのだった。明日への若干の不安を残して。


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