第18話 「 」迫る。
二十日。
「ん……」
俺は布団の上で目を覚ました。
相変わらず天気は悪い。ずっと曇りで、霧が出たままだ。
それになんだか体調が悪いわけではないのだが、眠気があまりなくなってきた。
決して眠れないわけでないのだが、睡眠時間が短くなった。
「よっと……」
俺は布団を片付けながら、窓から外をぼっーと横目で見る。
そういえば、昨日文さんがなんだか食欲がないという話をしていた。
確かに、俺もこっちに来てからすぐの頃に比べたら、食欲がないような気がする。
俺は布団を片付け終わり、部屋を出るとちょうど文さんが部屋から出てきた。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
「なんだかこんな天気でテンションも上がらないけど、今日も変わらずにラジオ体操行こうか」
「そうですね」
俺はにこやかにそう言う文さんの後に続いて、階段を下りた。
「やばやば……」
「ぎりぎりセーフですかね」
俺と文さんは、ちょっとだけ遅れかけてしまったが、なんとかラジオ体操に間に合うことができた。
そのまま公園の端で俺と文さんは、ラジオ体操をする空間を確保した。
「ね~知ってるかい? 最近なんか川が赤くなってきてるって話」
「知ってるよ~。しかも魚もたくさん死んでるみたいでね~」
「この前、二岬駅あたりでゲリラ豪雨があって、その時の雨も赤かったって噂よ~怖いわね~」
俺は体を伸ばしていると、近くのおばあちゃん三人組の会話が耳に入った。
……天気だけじゃなくて、生態系にも影響が出ているらしい。しかし、川が赤くなったり、魚が死んでたりとか、にわかには信じられない現象だ。
「ねえ。今のおばちゃんたちの話聞いてた?」
「はい。聞いてました」
「帰りさ、ちょっとだけ川の確認しない? 猫神様が霊体化できなくなったのと関係あったり、猫神様の正体とか忘れてることとかに関連してたら、手がかりになりそうだし」
「俺もそう思ってました。ぜひ行きましょう」
「よし……大丈夫かな……この世界……」
文さんはそう言いながら、あたりを見回す。
言われてみれば、確かにいつもの日常とは言えない天気になっている。
霧も若干赤みを帯びているような気もするし、気温もどんどん下がってきているような気がする。
俺自身も少し不安を覚えながら、今日も快活に聞こえるラジオ体操の音声とともに、ラジオ体操を完遂するのだった。
「わ~ちょっと不気味かも……」
「そうですね……」
俺と文さんは、ラジオ体操に来ている公園の近くの山の中の川に来ていた。
軽い道があり、人が通っている形跡がある。
「それに臭いが……」
「え? 俺ですか?」
文さんは顔をしかめてそう言ったので、てっきり文さんにしがみ付かれている俺の臭いのことかと思った。
「なわけないでしょ」
「いたっ」
俺は文さんにお腹を軽く手の甲で叩かれて、ツッコまれた。
「あ~でも、ちょっとしますね。生ゴミみたいな臭いが」
「でしょ?」
文さんに言われてから、俺はその生ごみのような臭いに気が付いた。
これは小耳に挟んだことだが、どうやら女の人のほうが嗅覚に優れている場合が多いらしい。だから文さんは、早めに臭いに気が付いたのかもしれない。
「うわ……ねえ……あれ……」
文さんは、まだ遠くにある川の浅瀬を指さした。
「あれって……」
遠くからでもわかる。曇っているこの天気の中でも、少しだけ差し込んでいる陽の光を反射している、川の浅瀬に大量にあるもの。
「全部魚の死骸だよ……」
「……」
そう、魚の死骸が大量に浅瀬に浮かんでいた。
文さんは急に顔色が悪くなり、涼しいにもかかわらず大量の汗をかき始めた。
「……帰りましょう文さん。あれを見て、文さんに体調崩されても困ります」
俺は文さんの遠い方の肩を持ち、下を向く文さんの視界に俺が入るように、体制を下げて、下から上にある文さんの顔を覗くように、文さんの顔を見た。
「そう……だね。そうしよっか」
文さんは弱弱しくそう言うと、すぐに川から背を向けて、今まで来た道のほうを向いた。
俺も文さんと同じ方向を向いて、来た道を俺たちは戻り始めた。
「一体なんで……」
文さんは、歩きながら腕を組んだ。
「誰かが川に毒でも撒いたか……それかこの異常気象のせいか……」
いや、恐らくだが異常気象のせいだろう。
今までは確証がなかったが、この八月にこんな長期間秋みたいな気温で、しかも曇や霧が出たままなのは、明らかにおかしい。異常気象と言っていいだろう。
「異常気象のせいだと思いますけど……そうなるともう人間にはどうしようもないですよね」
「そうだよね~。この天気が過ぎるのを待つしかないのかな……」
文さんは不安そうに俯きながら歩いている。
俺も、なんだか少し不安になり、文さんをうまく元気づける言葉が見つからない。
……正直、引っかかることが一つある。
猫神様の存在だ。
彼を疑っているわけではないが、今の状況的にこの二岬にいる人間や動物ではない、自称神である猫神様は、この事態に関連している可能性が比較的高い。
明らかに、この異常気象は人間では起こせないものだ。それに猫神様は、規模は小さいが願いを叶える能力がある。人間ではないことは確かだ。
これを文さんに伝えるべきか……。
いや、まだ時期は早いだろう。
まだ、猫神様が関連していると決まったわけではない。証拠が少なすぎる。
それに、猫神様もこの異常気象のせいで……とは言い切れないが、この異常気象が始まったとほとんど同時に、霊体化できなくなり困っていた。
そのため、猫神様が悪意を持って、この現象を引き起こしている可能性は低い。
今は猫神様を信じよう。
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