第14話 猫神様の備え方

 十四日。

「明日から台風だって、知ってるかい正樹くん」

「え? そうなんですか?」

 今日も仏壇に挨拶をしてから、文さんとラジオ体操に来ている。

 ラジオ体操に来るたびに話している黒木さんと甲斐さんと、今は話している最中だ。

 黒木さんの話によると、明日から台風らしい。

「私は知ってますよ。そのせいで明日はラジオ体操ないみたいですね」

 文さんはゆっくりと話している。

「家の戸締りとか、準備しないといけませんね。めんどくさいけど」

 甲斐さんは微笑みつつ、俺たちを見回しながら言った。

 どうやら明日から台風みたいだ。

 

 昼頃。

 家に帰って午前中は家の家事を、俺と文さんと猫神様で分担していた。

 猫神様はどうやら掃除が好きらしく、丁寧に縁側を拭いている。

 猫は綺麗好きと言うが……その通り猫神様も綺麗好きみたいだ。

 そして昼ご飯を食べて、午後。

 俺と文さんと猫神様で、台風に備えるために買い出しに向かうことになった。

 商店街に向かった俺たちは、どうでもいいことを話しながら、香澄さんがいる八百屋に向かった。

 今日はなんだか涼しく、過ごしやすい。

 八百屋に着くと、猫神様が一番に香澄さんに挨拶をした。

「やあ! 香澄!」

「ん? なんだお前らか」

 香澄さんは、瓶などが入っていたであろう箱の上にドカッと座っていた。

「こんにちは」

「こんにちは」

「よお。台風前の買い出しか?」

 俺と文さんも香澄さんに挨拶をすると、香澄さんは文さんに尋ねた。

「そうです」

「そうか。好きなの選びな」

「へへ。ありがとうございます」

 そう言うと文さんは店の中に入っていった。後に続いて猫神様も店の中に入っていった。

「……」

 俺はというと、なんとなく店には入らず、店の外から二人の様子を見ていた。

「お前は……暇か?」

「ええ。まあ」

 そんな俺を見て香澄さんが声をかけてきた。

「文とはどうだ? 好きになったか?」

「……あんなの、好きになるなってほうが無理です」

「あははは! そりゃそうだろう。好きにならない男のほうが少ないだろうな!」

 香澄さんは豪快に笑った。

 文さんは明るくて美人で、優しくて、強気に迫ってくることもあれば、こっちから押すと簡単に照れてしまう一面もある。

 そんな文さんを好きにならないほうが難しい。

「やっぱり、文さんってモテますよね」

 そんなことを考えていた俺は、香澄さんに文さんについて尋ねることにした。

「まあな。でも……」

 香澄さんは、少し俺から視線を逸らした。逸らした先には、猫神様と仲良く野菜を選ぶ文さんがいた。

「ちょっと運悪くトラウマみたいなもんがあってね。知り合いは多いけど、友達はあんまりいないんだよな」

「……なんで友達がいないんですか?」

 文さんみたいな人柄なら、誰からも好かれて当然だろう。なのに、友達がいないというのは、どういうことなんだろう。

「作りたがらないんだよな。友達を」

「……それはなんで?」

「……まあ……普段が完璧な女だから……かな」

「……はあ」

 この感じだと、香澄さんは明確に答えを教えてはくれなさそうだ。

「お前、文からグイグイ来られてる?」

「え? なんでそれを聞くんですか?」

「まあ、ここに来るお前らの感じを見たら、なんとなくそうかなって思ってな」

「……まあ、グイグイ来てると思います」

「へへ。そうか」

 香澄さんは目を瞑って、俯きながら微笑んだ。

「友達を作りたがらない文が、お前にグイグイ行ってるってことは、多分あいつ、相当お前のこと好きだぞ」

「……」

 少し身を引いて、俺は背筋が伸びた。

 自分でも顔が赤くなっていることがわかる。

「お前から迎えに行ってやれよな。急がなくていいからな」

「……は、はい……」

 そうだ。好きってことは、その気持ちをしっかり伝えないといけない。

 告白しないといけないわけだ。

 ど、どう告白すればいいんだろうか。

 夜景のきれいなレストラン……いやいや、そんなものはここにはない。

 水族館……も近くにはないだろうな。

 そもそも、高校生がそんな盛大な告白をしていいものなのか?

「ちなみにさ」

「はい?」

 香澄さんはニヤニヤしている。

 俺を見る香澄さんの目は、少しキラキラと輝いていた。

「どこまで行った?」

「どこまで?」

「ああもう。エッチはしたかってことだよ、純粋だなお前は」

「え! はあ⁉」

 香澄さんはとんでもないことを俺に聞いてきた。

「そ、そんな付き合ってもないのにそんなことするわけ……」

「付き合う前にやる奴らもいるっつーの」

「え! そうなの⁉」

「そうだぞ……はは! お前ほんとに何にも知らないんだな! こりゃ好きになるわけだ……」

 香澄さんは本当に楽しそうにしている。

「何お前。こんなに見た目は女遊びしてそうなのになんだ、童貞もいいとこ、純粋すぎだろ」

「……べ、別にいいじゃないですか」

「別に悪いとは言ってない。むしろいい。天然記念物だお前は」

「はあ……」

 香澄さんは俺を天然記念物と言った。

 正直、自分の評価なんてわからない。文さんや香澄さんからはイケメンだと言われるが、それまではイケメンだなんて一言も言われたことなんてなかった。

 だから自分の評価がまだ定まっていない。

「まあ自信だけは持てよ。ここだって思ったら押せ。わかったな」

「わかりました」

 香澄さんは返事をすると、文さんと猫神様のところへ向かった。

 ここだと思ったら押せ……か。

 しっかりと言われたことを覚えておこう。


 夜。

 俺は風が強くなっているのを、家の窓を閉めながら感じていた。

「おい、二階は閉め終わったかにゃ?」

 階段から一階に向かおうとすると、階段の下のほうから猫神様が俺に聞いてきた。

「閉め終わったよ」

「よし! よくやったにゃ! あとは寝るだけだにゃ!」

 そう言うと、猫神様は階段をダダダっと駆け上がり、美文さんの部屋へ向かって行った。

 俺はあと、歯磨きが残っている。

 階段を下りて洗面台に向かう。

 洗面台の部屋の扉を開けると、文さんが鏡と向き合っていた。

「今から歯磨き?」

「はい。そうです」

 俺が返答すると、文さんは洗面台の前を開けてくれた。

 ふと鏡を見ると、文さんの表情が暗いことに気が付いた。

 俺は咄嗟に文さんに話しかけたいと思い、洗面台から去っていこうとする文さんの肩を掴んだ。

「……! な、なにかな?」

「す、すみません! 強引に掴んで」

「いやいや、いいよ」

 どうしても文さんと話しておきたいと思った。こんなに不安そうにしている文さんを見るのは初めてだったからだ。

「あの……なんだか顔が暗いなって思って……それで話を聞きたくて……引き留めました」

 俺は素直に気持ちを伝えた。俺にできることがあれば、何かしてあげたい。

 こっちに来てから、素敵な日々を送れているのは、明らかに文さんが俺に構ってくれているからだ。

 だから、恩返しがしたいんだ。

「へへ。ばれてた?」

 文さんはちょこっと舌をかわいく出した。

「理由は簡単だよ。台風っていうか、雷が苦手でね」

「ああ……なるほど」

「ほんとそれだけだから」

 文さんは微笑んだ。俺が話を聞いたことで、少しでも楽になっていればいいなと思う。

「なるほどにゃ~」

「うわ! 猫神様⁉」

 突然、洗面台から出る扉の前にいた文さんの背後から、猫神様が飛び出してきた。

「さっき一階の戸締りをしてる時に元気なさそうだったのは、それが理由だったのにゃね」

「うん」

「大丈夫大丈夫にゃ! いざとなったら僕が全力で台風をどかしてやるにゃ!」

 猫神様は、明るく元気に文さんに抱きつきながら言った。

「えへへ。ありがとにゃ~」

 文さんは、猫神様の口調を真似をした。そんな猫口調な文さんが、ちょっとかわいすぎて、なんだか直視できなくなってしまった。

「それまでは、正樹がこいつの面倒を見てやるにゃ! いいにゃ?」

「ああ、もちろん」

「うむ。いい返事にゃ!」

 俺は猫神様の提案に対して、首を縦に振った。

「さて、みんな寝ようか」

「うん!」

 文さんの号令とともに、猫神様は洗面台の外に出た。

「俺は歯磨きがあるので」

「うん。じゃあおやすみ正樹くん」

「おやすみなさい。文さん」

 文さんは、軽く手を振りながら洗面台を後にした。

 俺はコップに入っている歯ブラシを手に取り、濡らしてから歯磨き粉をつけて口に入れる。

 明日は、どうなることだろう。

 多分、自宅以外で台風に遭うことは初めてかもしれない。

 少し不安感を覚えながら、俺は鏡に映る自分の顔を見ながら歯を磨いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る