第10話 猫神様について知りたい!
八日。
「だあああ。重いわ! アンタ浮けるだろ! 何で俺の肩に乗ってくるの!」
「だって猫の姿楽なんだにゃ」
猫神様は、猫の姿で俺の肩に乗っている。
ここは二岬市役所。俺と、猫の姿でのうのうと俺の肩に乗っている猫神様は、職員さんに二岬の伝承や伝説についての資料を貰いに行った文さんを待っている。
いつも通りラジオ体操に行き、黒木さんと甲斐さんと他愛ないおしゃべりをして、仏壇にいる文さんのお父さんや、おばあさんに挨拶をしてから、俺と文さんと猫神様で市役所に向かったのだ。
「……そういやさ」
「なんだにゃ?」
ひとつ、俺は思ったことがあった。
「猫神様が猫の姿のときってさ、普通に人の言葉で話すんだな」
「そうだにゃ。でも、昨日この姿で片倉さんに話しかけても、にゃーにゃーかわいいね~野良猫かい? みたいな感じだったにゃ」
「ん?」
この話をそのまま受け取ると、俺は猫神様の声が、猫の状態でも聞き取れているが、片倉さんは猫の状態の猫神様の声は、ただの猫が「にゃーにゃー」と言っているようにしか聞こえないってことだ。
「ねー見てー。あのお兄ちゃん、猫に肩乗せてるよー」
「逆、逆。肩に猫ね」
そんなことを考えていると、お母さんと一緒に来ている、女の子が猫神様を指さした。楽しそうに猫神様を見ている。
「なんだにゃお前、指さすにゃ」
猫神様は、俺の肩でそう言った。
「にゃーにゃー鳴いてる! かわいい!」
女の子は、嬉しそうに楽しそうに軽く跳ねながら言った。
「そうね。さ、外は暑いし、中に入りましょ」
「うん!」
そう言いながら、親子は役所へ入っていった。
「……多分さ」
「うん? なんだにゃ?」
「猫神様が猫のときは、俺と文さんと美文さん以外には、にゃーにゃー鳴いているようにしか聞こえないみたいだぞ」
「……た、確かにそうかもにゃ」
猫神様はやはり、どうやら猫の状態だと、猫神様の声は俺たち以外にはただ鳴いているようにしか聞こえないらしい。今の親子を見ていると、そう思うしかない。
「なんでなんだ?」
「そんなん知らないにゃ」
「だよな……期待してないわ……」
「おい! 神にそんな顔をするな! 罰当たりにゃ!」
猫神様は俺の顔にしがみついてきた。
「おい! 前が見えねえ! 暑いし! じゃれつくな!」
俺たちは、そんな感じであーだこーだ言いながら、文さんが資料を貰ってくるのを待った。
役所から車で図書館に移動する間に、猫神様が猫の姿だと、俺たち以外と人の言葉で会話ができなくなるということを、文さんに伝えた。
ただ、やっぱり理由はわからない。もしかすると、猫がしゃべるわけないと、俺たち以外の人たちは思っているから、そう思い込んで、猫の鳴き声にしか聞こえないのかもしれない。
図書館に入る前、車を降りるときに猫神様は文さんにそそのかされて、また人の姿に戻った。文さん曰く、動物は図書館に入れないから、ついてくるなら人の姿のほうがいい、とのこと。ごもっともだ。
「おお、本がいっぱいだにゃ! これ、全部タダで読んでいいのにゃ?」
「借りるか、ここで読むならタダだね」
「おお!」
「しっ! 図書館では静かに。本読んでる人や勉強してる人もいるから」
無数の本に興奮した猫神様は、声が大きくなっていたが、それを文さんがたしなめた。
「ごめんにゃ」
「ふふ。わかればよろしい」
文さんは、猫神様の頭を撫でた。ちょっとうらやましい。
「俺と文さんはさっき役所でもらった資料とか読んだり、ここでまた情報探しに行くけど、猫神様はどうする? 好きな本読みにでも行きたいか?」
「行きたいにゃ……」
俺が小さな声で尋ねると、猫神様は小さい声で言った。
素直でなんだか愛おしい。
「じゃあ、行ってきな」
「うん。行ってくるにゃ!」
猫神様は、静かに早足で図書館の奥へ消えて行った。
「本好きなんだね。猫神様」
「そうみたいですね」
文さんは消えて行く猫神様の背中を、まるで母親のような目線で追いかけながら言った。
「さて、とりあえず伝承や伝説が載ってそうな本を集めてから、まとめて目を通しちゃおう。役所でもらった分も含めてね」
「はい」
文さんがそう言うと、俺は返事をした。その後、俺たちは図書館内を回って、伝承や伝説が載ってそうな本を集めに行った。
「……猫神様に関連してそうなの、ありました?」
「ない。本当にない。マジでない。かけらもない。ゆめゆめない」
「毛ほどもない……ってことですね。俺もです」
「はあああああああ……」
文さんは、机に伸びながら、すっごいため息をついた。
伝承や伝説が載ってそうな本を集めた俺たちは、それらすべてに目を通したが、一つも猫神様に関連してそうなものはなかった。
「なにもわからなかったってことだよねこれ」
文さんは、悲しそうに机に伸びながら言った。
「いや、そんなことはないですよ。わからないってことがわかりました。つまりですね、猫神様はこういう文献に載っていない神だってことがわかったんです」
「なるほど……?」
文さんは、俺が言っていることがよくわからないみたいだった。
「こういう文献に載らないってとこから考えられることとしては、猫神様は最近生まれた神で、まだ知名度とかが低いってこととかが考えられますね」
「おお、確かにね……だいたい、あんなうちの裏山の小さな祠に眠っていたわけだし、有名なわけないか……」
わからないということが分かっただけでも、考えを進めることはできる。確かにこういう文献に載ってくれていたほうが、得られるものは多かっただろうが、わからないということからも、わかることもある。
わからないという事実に目を伏せて、後ろ向きになる必要なんてないんだ。多分。
「そもそもさ、自分が何者かの記憶がない神なんてよく考えたらおかしくない?」
「まあ、そうですね」
神なのは自覚しているけど、どんな神かの記憶がないなんて、確かに少しおかしいような気もする。
もし人間なら、自分が人間だったという記憶すらもすべて忘れていたとしても、周りの人間と自分を比べて、そこから自分と周りで共通している部分を見つけて、自分が人間だと理解することができるはずだ。昔読んだ本で、こういったことを「鏡像段階」などと言って、赤子とか虫の子供とかはこうやって周りと自分自身を比較して、自我を発生させたり、自分自身を理解していくらしい。
猫神様は神だと自称している。しかし、今現在猫神様以外の神なんて、自分たちの周りに存在していない。つまり、自分が神だという確信を得る方法がないのだ。
「つまり、神だって思い込んでいて、実は全然神じゃないってこともあるってことですかね」
「うん。その可能性もあるってこと」
「じゃあ、神じゃなかったらなんなんでしょうね。姿とかは変えられるので、明らかに人じゃないことは確かですけど」
「う~ん」
文さんは天井を見始めた。俺も首を回して、思考を回す。
「おばけ?」
「まあ、可能性はありますね」
「おばけだとしても、姿を変えられるのかな」
「ど、どうだろう……」
俺と文さんは、その後も猫神様の身分を考え続けた。
しかし、確信めいた結論が出ることはなかった。
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