第8話 きおくのかけら

 五日。

 いつも通りに、朝早くに起きて、身支度を済ませてから、仏壇で文さんのお父さんとおばあちゃんに挨拶をしてから、文さんと仲良く、ラジオ体操に向かう。

 ラジオ体操が終わり、家に戻り、縁側から家に入ると、猫神様がTシャツにショートパンツというラフな格好で、畳に寝転がっていた。

「お、帰ってきた」

「ただいま猫神様」

「一体こんな朝からどこに行ってきたんだにゃ?」

 猫神様は、ごろごろしながら尋ねてきた。

「ラジオ体操だよ。公園で朝からやってるやつ」

「あ~。ラジオ体操……ラジオでどうやって体操するのにゃ?」

「ラジオから流れてくる音楽に合わせて、体操するんだよ」

「あ~なるほどにゃ」

 こうやって会話すると、ふと思ったことがあった。

「猫神様、ラジオは知ってるんだ」

「あ、うん」

 猫神様は、スマホを知らなかった。でもラジオは知っていた。

 猫神様が、どこまで物事を知ってるか気になる。

 スマホを知らないところを見ると、もしかすると結構祠で眠っていた期間は長かったのかもしれない。

「ほかに知ってるものある? 家のものとかで」

 俺は寝転がっている猫神様のそばに座った。

「テレビは知ってるにゃ。でも、あそこに置いてある感じじゃないにゃ」

 猫神様は、リビングにあるテレビを指さして言った。

「どんな感じのテレビなら知ってるの?」

「あんなに大きくて薄くなかったにゃ」

「……」

 俺は思うところがあり、スマホを使ってブラウン管のテレビを調べた。

「こんな感じのテレビ?」

 俺は猫神様にブラウン管テレビの画像を見せた。

「あ~! これこれ! 見たことある気がするにゃ!」

 猫神様は飛び起きて、嬉しそうに言った。

「……あんた……歳いくつだよ……」

「はあ? そんなのわかんないにゃ」

 猫神様はそう言うと、またごろごろし始めた。

「畳気持ちにゃ~……」

 俺は立ち上がり、自分の部屋に向かいながら、一つ思った。

 もしかすると、猫神様は神にしては意外と若い神かもしれない。

 ただ人だとしたら、もしかすると美文さんと同い年くらいかもしれない。


 昼。

「なにか見つかった~?」

 猫神様と出会った祠に、俺と文さんと猫神様で来ている。

 もしかすると何か手がかりがあるかもしれないという理由で、今は祠の周りを探している。

「何も見つかりません!」

 俺は文さんに、何も見つからないことを報告した。

 大体三十分ぐらいは、森の日陰に隠れつつも、隠しきれていない日の暑さに耐えながら、祠の周りを探している。

「うおおおお! ここほれにゃんにゃん!」

 少し離れたところにいる猫神様は、一生懸命地面を掘っている。

 猫なのに、犬みたいに。

「お!」

 猫神様はとても明るい声で言った。

「なにか見つけたのか? 猫神様」

 俺は猫神様に近づく。

 猫神様は、何か手に丸い石のようなものを持っていた。

「なんにゃ? これ」

 猫神様は、俺にそれを見せてきた。

「石に……模様?」

 俺はそれを猫神様から受け取り、それを見てみると、その石には模様みたいなものが掘られていた。

 ……どっかで見たことあるような……紅葉のような模様だった。

「ねね。私にも見せてよ」

 近寄ってきた文さんは、俺の石を見たがっていた。

 俺はすぐに、文さんに石を渡した。

「お~」

 文さんは、興味深そうにその石を見ている。

 ほんと……この二岬に来てから、この模様を見たような気がしているが、いったいどこで見たんだろうか……。

 ああ! 思い出せそうで思い出せない!

 毎日見ているような、そんな気がするのに!

「文もわからないのにゃ?」

「うん。わかんないかも。紅葉みたいな模様だね」

「そうだにゃ。人の手みたいにも見えるにゃ」

 文さんと猫神様は、石から読み取れる情報を整理している。

「正樹くんは、これ見て何かわかった?」

「どこかで見たことあるような……しかもこっちに来てから、俺はこれを見た気が……」

「う~ん。思い出せそう?」

 俺は文さんに言われて、必死に思い出そうとする。

 ……でも何も思い出せない。

 なんというか、毎日見ているような気がするのに、視界の外でぼやけているような、そんなあいまいな感じだ。

「すみません。思い出せません」

「そっか~」

 文さんは肩を落とした。

「まあ、いいんじゃないかにゃ? 今はこれくらいにして、一旦帰って休憩しようにゃ」

 猫神様は、そう言いながら俺と文さんの背中を叩いた。

「そうだな。帰りましょう、文さん」

「うん。これは持ち帰る?」

「一応持ち帰っておきましょう。何かの手がかりになるかもですし」

「おっけ。じゃあ、正樹くんがなにか思い出しそうにしてたし、正樹くんが持っててよ」

「わかりました」

 俺は文さんから、その紅葉模様が掘られた石を受け取った。

「家に帰ったらおやつにしたいにゃ」

「たしか、まだ朝切ったスイカがあるよ」

「やった! 食べるにゃ! 早く帰るにゃ!」

 文さんに言われると、猫神様はすごい勢いで山を下っていった。

 俺と文さんも、猫神様の後を追いかけた。


 夕方、香澄さんがいる八百屋に、猫神様と文さんと一緒に野菜を買いに行った。

 相変わらず香澄さんはぶっきらぼうだけど、見た目はかわいらしい猫神様を、香澄さんは気に入ったようで、猫神様におねだりされて、アイスをあげていた。

 そして夜。家に帰り、夜ご飯も風呂も済ませ、あとは寝るだけの状況で、俺と猫神様と文さんは、畳の部屋でダラダラしていた。

「ねえ、二人とも」

 畳で寝転がりながら、携帯を触っている文さんは、俺と猫神様に声をかけてきた。

「なんですか?」

「明後日、隣の片倉さんの畑仕事手伝うことになったんだけど、二人とも来る?」

 文さんは起き上がって、座り込みながら言った。

「文さんが行くなら、俺は行きますよ」

 俺は体を起こしながら、文さんに伝えた。

 畑仕事なんてやったことがないから、ぜひやってみたい。

「あ、正樹くん……楽しみそうに言ってるところ悪いんだけど……」

「はい?」

 文さんは急に左頬を引きつらせた。何か言いにくいことでもありそうだ。

「畑仕事……というなのただの草刈り……だけど……」

「ああ……なんだ。全然いいですよ。草刈りでも」

「あ、そう? ならよかった!」

 正直、文さんと一緒に何かできるのなら、何をしたっていい。

「猫神様は?」

 文さんは、ボーっとこっちを見ている猫神様にも声をかけた。

「あ~まあ行こうかにゃ。もしかすると畑行ったら、なにか思い出すかもしれないからにゃ」

 猫神様はあくびをしながら言った。

「よし! じゃあ二人とも、明後日はよろしくね」

 文さんはまた畳に寝転がった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る