第6話 猫神様の不思議な夏休み

 自称、神様。

 そんな猫耳が頭についた生物と出会った俺と文さんは、神様と家に戻り、とりあえずリビングの食卓に彼? 彼女? を座らせた。

 座らせると、神様は興味深そうに家を見回していた。

 俺はその神様の前に座っていた。

「お前は、この土地の人ではない、で……あってるかにゃ?」

「あ、うん。はい。そうです」

 俺はいまだに、このよくわからん自称神様に敬語を使うべきなのか、タメ口を使うべきなのか、悩んでいた。

「……なんか、話しにくそうにしているな……別に楽にしてくれていいにゃよ。あの女みたいに」

「あ、そう。なら普通に話すけど……」

「うんうん。そうしてくれにゃ」

 神様は腕を組み、満足そうに微笑んだ。

「はいお茶です」

「うむ。ありがとうにゃ」

 文さんがお茶を持ってきてくれた。

 俺の前にも、お茶を出してくれた。

「ありがとうございます」

「いいえ」

 文さんは、お茶を出した後、俺の隣に座った。

 俺はすぐにそのお茶を飲み干した。山を歩いたせいで思ったより疲れていたのだろう。喉が渇いていたようだ。

 正面にいる自称神様は、少しお茶を飲んでから、口を開いた。

「まず……そっちから聞きたいことを話してくれにゃ」

「あ、じゃあ私から話してもいいかな」

「もちろんいいにゃ」

 文さんが言うと、神様は返事をした。

 文さんは、目くばせをしてきた。俺は、文さんから話していいと思っていたので、頷いた。

「……本当にあの祠の神様……なんだよね?」

 文さんは真剣な表情で神様に尋ねた。

「多分そうだにゃ」

「願いを叶える神様?」

「そうだにゃ。願いを叶える猫神だにゃ」

 あまりにも真面目な顔で猫神様は言った。

「……今、ここで願いを叶えたりとかできるの?」

 俺は猫神様に尋ねた。

「もちろん。出来るにゃ。ほら、言ってみろ」

 猫神様は、偉そうに胸を張って言った。

「じゃあ……新しい携帯が欲しい!」

 文さんは元気よく、猫神様に言った。

「は? ケイタイ? なんだにゃそれは」

 猫神様は、眉間にしわを寄せて困った顔をした。

「え、猫神様、携帯知らないの?」

「知らん。そもそも目覚めたのも……久々な気がするからにゃ」

「ほら、これだよ」

 文さんは猫神様に携帯を見せた。いわゆるスマホだ。

「む~……」

 猫神様は興味深そうにスマホを観察していた。

「無理だにゃ」

「え。出来ないの?」

「これ、結構価値があるものなはずにゃ。それに僕はこれを知らないにゃ。だから無理」

「……」

 偉そうに言う猫神様を見て、俺と文さんは沈黙し、目を合わせた。

「本当に神様なんですか?」

「偽物かも……」

 俺が猫神様を疑うと、文さんも同調してくれた。

「あ~待て待て。じゃあ、そこの男! 何か飲みたいものを言え!」

「え?」

 猫神様は俺を指さして言った。

「じゃあ……オレンジジュース」

「お~。わかったにゃ。どれ、そのコップ借りるにゃ」

「あ、はい」

 猫神様は、俺のコップを取り上げると、それに手をかざした。

「むむむむ……とりゃ!」

 猫神様が力をこめると、コップの半分くらいの量のオレンジジュースが突然コップの中に現れた。

「おおお!」

「ほんとに出た!」

 俺と文さんは、目の前で起こる超常現象に興奮し、声を荒げた。

「ん?」

 しかし、次の瞬間。俺はとんでもない喉の違和感を感じた。喉に手を持っていって、様子を確認する。

「え、めっちゃのど渇いた……こんな急に?」

 俺の喉が突然乾いた。寝起きの時の喉の感じと同じだ。

「ああ、そりゃそうにゃ」

「え?」

 至極当たり前みたいな顔をして言う猫神様に、俺は喉を絞りながら返事をした。

「願いを叶えるには、代償が必要にゃ。それも、願いよりも大きな代償が必要にゃ」

「つまり……正樹くんの喉が突然渇いたのって……代償?」

「そうにゃ。それ以上オレンジジュースをコップに入れると、多分そいつのその喉が爆発でもするにゃ。ほら、早く飲むといいにゃ」

 猫神様は、俺にオレンジジュースが入ったコップを渡してくれた。

 俺は急いでそのオレンジジュースを喉に流し込む。

 別においしくない……しかも……喉の渇きに対して全然量が足りてない……。

「ほら、これで信じてくれたかにゃ?」

 猫神様は、また偉そうに腕を組んだ。

「まあ……信じてもいいぐらいにはびっくり現象が起きてはいるけど……」

 文さんは、苦笑いしながら言った。

「……これ、意味ねーじゃねーか!」

 俺は猫神様に言い放った。

「まあ、そうだにゃ」

 猫神様はやれやれとした態度をとった。

 願いを叶えるには、その願いを叶える以上の代償が必要……そんなの意味ないじゃん! 俺の喉は、まだカラカラだ! ふざけるな!

「昔はもっとできた気がしたんだけどにゃ~……そもそも二人がそろって祠に来てくれるまで、僕は起きることができないくらいには弱ってたっぽいし……」

 猫神様は苦笑いしながら言った。

「え? じゃあそれって……私たちが祠に来たから、元気になったってこと?」

 文さんは猫神様に尋ねた。

「うん。そうだにゃ。急に力が湧いてきて、実体化できるようになったにゃ」

「実体化……って?」

「ん? ああ。普段はこうやって、消えてるにゃ」

 猫神様がそう言うと、突然椅子に座っていた猫神様が消えた。

「え!」

 俺は目を見開いた。目の前で突然、マジックのように布をかぶされることもなくパッと消えたのだ。そりゃ驚く。

「ついでに」

 そう猫神様が言うと、また姿が現れた。

「とう!」

 猫神様はその掛け声とともに、ぼんと音を立てて、また姿が見えなくなった。

 見えなくなったと思ったその瞬間に、猫神様が座ってた椅子から、テーブルの上に黒猫が急に飛び乗ってきた。

「こうやって猫になることもできるにゃ……あ~毛づくろいしやすい……」

 猫になった猫神様は、気持ちよさそうに自分の体を毛づくろいし始めた。

「……」

「……」

 当たり前のように姿を変え、猫の姿でも人の言葉を話している猫神様に、俺たちは思った。

「「そっちのほうが、神っぽいじゃん!」」

 俺と文さんは、一緒に仲良く猫神様に叫んだ。

「ん? ああ、確かにそうにゃ。最初っからこっちのほうがよかったにゃね」

 猫神様はそう言うと、席に戻ってから、また人の姿にぼん、と音を立てて戻った。

 まさしく、本当にこの自称神様は、あの祠に祀られていた猫神様なのだろう。

「とにかく、実体化とまあ……霊体化……透明になったり、猫になったりは自由自在にゃ。これもお前たちが僕の近くに来てくれたから、急に力が湧いてきてまたできるようになったことにゃ」

 席に座り直した猫神様は、淡々と言った。

「なんで俺たちが祠に近寄ったら、力が湧いてきたんだ?」

 俺は猫神様に尋ねた。

「そんなの僕も知らん。むしろお前たちが知ってると思って、話したいって言ったにゃ」

「ええ……何も知らねえじゃん……」

「仕方ないにゃ。僕自身、自分があの祠の神様だってことと、願いを叶えられるってことぐらいしか覚えてないにゃ。それに、元は猫だってことくらいしか……覚えてることはないにゃ。大体、元は猫なのになんで僕は神になって、なんで人の言葉を話せるようになったのにゃ? な~んもわからん」

「もとはやっぱり猫だったんだな」

「多分もともと僕は猫だった……と思うにゃ」

 猫神様は元気なさそうに言った。

 しかし、次の瞬間、急に明るく猫神様は口を開いた。

「でも、やるべきことは、明確に僕の心に刻まれてるにゃ」

「それは?」

 文さんが、猫神様に聞き返した。

「僕は致命的な何かを忘れていて、それを思い出したいってことだにゃ」

「何かを思い出したい……」

 俺は猫神様の発言に興味を持った。なんだか、面白そうな気がする。

「それで、せっかく二人の前だと力を取り戻すことができたし、二人に手伝ってほしいのにゃ。多分僕は二人と、何かしらの縁みたいなものがあるはずにゃ。だから二人は、僕が何かを思い出すきっかけになると思うのにゃ」

「なるほどね……」

 文さんは猫神様の話を聞いて、納得したようだ。

 でもまあ、力を取り戻すきっかけになった俺たちを頼りたいという気持ちはわかる。

 何も関係のないところから探るより、少しでも接点があるところから探ったほうがいいだろう。

「俺、協力してもいいと思ってます」

 俺は文さんに言った。

「この夏の目標というか、そういったものができたような気がして……今は協力したい気持ちです。それに、絶対俺たち、何かしら重要な役割がある気がするんです。そうじゃないと、猫神様は俺たちの前に現れることなんてなかったと思うんです」

「そうだね。私も、協力してもいいかも。私三年だし、夏休みの宿題なんてないから暇だし……」

 俺と文さんは、猫神様の記憶を取り戻すことに協力するという意見で一致したようだ。

「それに……」

 文さんは机に両手をついて立ち上がり、大きな声で楽しそうな声で言った。

「なんか面白そう!」

 そうだ。なんか面白そうなんだ。こんな不思議なこと、今後起こるかわからない。

「じゃあ、協力してくれるのかにゃ?」

「うん!」

「もちろん!」

 俺と文さんは、猫神様に大きな声で返事をした。


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