第3話 田舎の夏休み

「お~い。朝だぞ~」

 ……なんだ?

「お~い。お姉さんとラジオ体操に行く約束をしただろう? 起きないといたずらしちゃうことになるぞ~」

「……うわ!」

 布団で寝ていた俺が目を覚ますと、俺を起こす文さんの顔が、目の前にあった。

 文さんは布団に乗ってきていて、俺の肩を揺らしている。

「あ、起きた」

「……お、起きます!」

 俺は布団から飛び起きて、文さんから離れた。

「へへ、良く寝れた?」

「は、はい」

 文さんは動きやすそうな服装をしていた。

 ちょっと体のラインがわかりやすい。

「ほら、行くよ」

「え?」

「だから、ラジオ体操。昨日言ったでしょ?」

「ああ……」

「ほら、着替えて顔洗っていくよ」

「わ! 引っ張らないでください」

 俺は文さんに手を引かれて、そのまま一階にある洗面台に向かった。

 そして、ラジオ体操が開かれる家のすぐ近くの公園へ向かうのだった。


「ね、ねむい……」

 俺は眠い目をこすりながら、動きやすい半袖と通気性の良い長ズボンに着替えたあと、文さんと一緒に家を出た。

「大丈夫動いたら起きる起きる」

 文さんは元気よさそうに、俺の少し前を歩きながら言った。

 歩いて五分くらいで、少し大きな公園が見えてきた。

「お、結構人いますね」

「そうだね~」

 公園に入り、周りを見てみるとそこそこ人がいた。

 ただ、年齢層は小学生とお年寄りしかいないように見えた。

 俺と文さんみたいに高校生ぐらいの人はいないみたいだ。

「な、なんか、ちょっと場違いじゃないですか? 子供とお年寄りしかいませんよ」

「ん~? まあ、そうかもだけど……あ、いた。ほらほら行くよ」

「え?」

 文さんは俺の手を引いて、公園の西側にいるおばあさん二人組のところまで歩いた。

「おはようございます」

「おはよう文ちゃん」

「おはようございます~」

 文さんは、おばあさん二人に挨拶をすると、二人は穏やかに返事をした。

「ん? 誰だい? その好青年は?」

 少し丸々とした体形の、小さいおばあさんは、俺を少し見て言った。

「夏休みの間、こっちで過ごすことになった男の子ですよ。ほら、自己紹介」

「あ、高橋です。高橋正樹です」

 俺は文さんにそそのかされて、おばあさん二人に挨拶をした。

「黒木雅子です~」

「甲斐典子です」

 雅子さんは、少し丸々とした体形のおばあさんだ。

 典子さんは、スタイルのいいおばあさんだ。

「やっぱりここら辺の子じゃないわよね~。こんなかっこいい子、外から来た子に決まってるわ~」

 典子さんは楽しそうに言った。

「そうですよ。正樹くんは、東京から来た子なんです」

 文さんは、二人に俺のことを話している。

「あら遠くからきたのね~正樹くん」

「あ、はい。そうです」

「遠かったでしょ?」

「まあ、そうですね」

 雅子さんは、ずっと笑顔で話している。

「えっとね、正樹くん」

「はい?」

「雅子さんは、近所にあってよくお世話になってる八百屋さんの人で、典子さんは、この公園の隣に住んでる人なの。典子さんには、小さいころよくお世話になったんだよ」

「なるほど、だから仲がいいんですね」

「うん。だから、こうやって二人に会いにラジオ体操に来るんだ」

 俺と文さんが話し始めると、いつの間にか、雅子さんと典子さんは、別のお年寄りと話し始めていた。

 俺は文さんと、雅子さんたちと少し離れた位置にいる。

「もうちょっとかな~始まるの」

「だいたい何時からなんですか」

「六時半」

「じゃあ、もうちょいかな……」

 俺は話しながら周りを見る。

 朝から公園を走り回り、元気に叫んでいる小学生たちが目に入った。

 ……俺も、あんな風に元気が有り余って、全力で走り回ってる時期があったなあ……。

「あ、終わったらスタンプもらうからね」

「ああ、やっぱりあるんですね。そういうの」

「うん。八月全部出ると、景品もらえるよ」

「へえ……って俺はもう貰えなくないですか?」

「あ、そうかも」

 文さんは、悲しそうな顔をした。

 全部感情が顔に出てるみたいで、ちょっと面白い。

 でも、こういう人でも、顔に出さないこともあるんだろうな。

 そんなどうでもいいことを考えていると、公園の前のほうから音質の良くないラジオの音が聞こえた。

「みなさん、おはようございま~す!」

「おはようございま~す!」

 ラジオから「おはようございます」という挨拶が聞こえると、公園にいる人たちが「おはようございます」と返事をした。

 俺は、咄嗟のことで返事をすることができなかった。

「ほら、挨拶はしないと」

「いや、慣れてなくて……」

「じゃあ私に言ってよ」

「え……おはようございます」

「えへへ、よろしい」

 俺は文さんに言われて、文さんに挨拶した。

 文さんはとても嬉しそうな顔をした。

「八月二日、朝のラジオ体操を始めます……」

 ラジオから聞こえる男性の声が聞こえると、その後すぐにラジオ体操が始まった。

 俺は、体育の授業でラジオ体操をしていたので、特に問題なく動くことができた。

 周りを見ると、適当にやってる人、まじめにやってる人、もはやおしゃべりが止まらないお年寄りたちや、ラジオ体操の中で鬼ごっこをしている子供たちなど、いろんな人たちがいた。

 文さんは、結構真面目にやっていた。

「結構真面目にやるんですね」

 俺は文さんに、動きながら言った。

「うん。意外と真剣にやるときついんだよね。ラジオ体操」

「そうですね。真剣にやると意外と疲れるかも……」

 そんな話をしながら、ラジオ体操も、最後の深呼吸をして、もう終わり。

 そう思った瞬間。

「ラジオ体操第二!」

 ラジオからそんな声が聞こえた。そしてその瞬間リズミカルな音楽が流れた。

「第二だと⁉」

 俺は完全に気が抜けていたので、少し大きな声で驚きを露わにしてしまった。

「あ、第二知らない人だ」

 文さんは笑いながら、ラジオ体操第二の動きをしている。

 俺は文さんの言う通り、ラジオ体操第二など知らない。

「第二なんて知りません!」

「いいからいいから。ほら、私の真似をして」

「ああ、はい」

 俺は文さんの言う通り、文さんの動きを真似した。

「あ、意外とできるかも」

「ついてこれるかな~」

「む、負けませんよ」

 俺はそのまま文さんの真似をしながら、ラジオ体操第二を乗り越えた。


「じゃあまた明日~」

「は~い。文ちゃんと正樹くんもまたね~」

「さ、さようなら」

 文さんと俺は、雅子さんと典子さんに挨拶をしてから、公園の前にあるテーブルに向かった。

「スタンプください。あと、この子にスタンプ用紙も」

「は~い」

 文さんはそのまま、スタンプを押してくれるラジオ体操のおじさんから、スタンプ用紙を二枚受け取り、一枚を俺に渡してくれた。

 そのスタンプ用紙は、いかにも手作りと言った感じで、なんだかほほえましい感じだった。

「さ、帰ろう」

「はい」

 そのまま公園の外まで歩き、俺たち帰路に着いた。

 歩いていると、腕や首がかゆいことに気が付いた。

 久々だ。この蚊に刺される感じ。

 掻くのは良くないと思っているけど、どうしても刺されたところに手が伸びてしまう。

「あ、蚊に刺されたの?」

「うん……あ、はい。刺されたみたいです」

「そっか……そういえば……私はそんなに刺されてないような……」

 文さんを見ると、特にかゆそうにしている仕草はなかった。

「正樹くん、血液型何型?」

「え、O型ですけど」

「やっぱりね。O型は刺されやすいって、私聞いたよ!」

「そうなんだ……」

 昔から、なんとなく人より蚊に刺されてるような気がしていたけど、血液型で刺されやすいかどうかわかるのか。

「ちなみに、文さんは何型ですか?」

「Aだよ」

「へ~……」

 そういえば……血液型って何の意味があるんだろう。

「血液型って、なんの意味があるんですか?」

「え! なんだろう……」

 俺が文さんに聞くと、文さんは考え始めた。

「……占い?」

「占い……まあそうですね」

「た、確かに……何の意味があるんだろう……」

 俺たちは血液型の意味を考えながら、家に帰った。


 家に帰ると、文さんから昼は暑いので、夕方から俺と一緒に少し出かけると言われた。

 美文さんは、俺たちと朝ご飯を食べた後、すぐに車で仕事に行ってしまった。

 午前から夕方までは、家でのんびりとして過ごした。

 午前中は、もう家だとあまり見ることのないテレビを見ながら、夏休みの宿題をやった。

 実は、どうせ田舎に行くのだから暇だろうと思い、七月中はあまり宿題をしていなかった。こっちで宿題をする時間なんて、いくらでもあるだろうと思ったからだ。

 文さんも、宿題をする俺を見て、最初は勉強の手伝いでもしたいのか、チラチラと俺の様子を窺っていたが、俺がやっている数学の問題集を見て、かなり苦い顔をしていた。

 都会の大学に行くかを考えているあたり、文さんは頭が悪いわけではなさそうだが、苦い顔をしていた理由は恐らく、文さん自身が文系か、数学が苦手かのどちらかだろう。

 午後は縁側でお茶を飲みながら携帯でゲームして、あらかたゲームをし終えた後、俺は本を読んでいた。

 なんだか、田舎の縁側で、遠くに見える山を見ながら過ごす時間は、旅館先に来たようで、悪くない気分だった。

 しかし、どうしてもあと約一か月ここにいると考えると、どうしても憂鬱な気分になった。何日かこんな風に過ごすのはいいかもしれないが、一か月と言われると、気分が落ち込んでくる。

 そして、時刻は午後の四時になり、少し涼しくなってきたな思うと、文さんが声をかけてきた。

「買い物、行くよ」

「あ、はい」

 俺は文さんに言われると、すぐに縁側から立ち上がり、目の前にある靴を履いて、そのまま縁側から外に出た。

 文さんにこうやって軽く「買い物行くよ」と言われたとき、なんだか少しドキッとした。理由はわからないけど。

「歩きですか?」

「車でも、どっちでもいいんだけど……三十分ぐらい歩くよ。私は散歩がてら歩いているけど」

「はあ。えっと……」

 文さんは俺の隣で靴を履きながら、目的地までの距離を教えてくれた。

 まあ、今の気温なら暑くもないし、歩いてもいいかな。

「じゃあ、歩きます」

「よし! 二人でお散歩だ」

 文さんは元気よく言うと、俺の前を歩き出した。

 気温もちょうどよく、空気がおいしかった。用水路から聞こえる水の流れる音が、心地よかった。

 目的地までの道のりで、俺と文さんはずっと話しているわけでもなく、時々話さないで景色などを楽しみながら、さっきまで見ていたテレビの話とかをしていた。

 目的地まで、三十分ぐらいと文さんは言っていたが、不思議とそんなに長くは感じなかった。

「お、見えてきた」

「お?」

 俺は文さんにつられて、目の前の遠くを見ると、小さな商店街のようなところが見えてきた。

「商店街ですか?」

「うん。まあそんなもんかな」

「人、いるんですか?」

「い~や? いないね」

 文さんはやれやれとした表情で言った。

「私たちの家から、車で一時間のとこにあるショッピングモールにお客を取られてるみたいでね。こっちにはあんまり人は来ないのさ」

「あ~なるほど。田舎あるあるっぽいですね」

「そうだね。田舎あるあるかも」

 俺たちはそんな話をしながら、商店街に入った。

 田舎の個人経営の店が、参入してきた大型店に客を取られて困ってる……みたいな話は容易に想像できる。

 商店街は、閉まっている店どころか、店が入っていないスペースもあった。

 そして少し歩いていると、少し右前に八百屋が見えた。

「こんにちは香澄さん」

「ん? ああ、ども」

 八百屋には、アイスをかじりながら、椅子に座り足を組み、携帯を見ている綺麗なお姉さんがいた。

 ただ、明るい雰囲気の文さんとは違って、なんだか雰囲気が暗い。

 いわゆるダウナーな雰囲気を感じる。服装も、黒一色で、よく見るとピアスが結構な数開いていた。

 タバコとか、めっちゃ似合いそうな人だ。

「……」

 文さんが香澄さんと呼ぶその人は、俺をじっと見つめてきた。

「……あ、どうも……高橋正樹です」

「……黒木香澄だ。よろしくな」

 見つめられた俺が自己紹介すると、香澄さんも自己紹介してくれた。

「香澄さんはね、ラジオ体操のときにあった雅子さんの孫で、雅子さんの代わりにここで働いているんだよ」

 文さんは俺に、香澄さんがここで店番をしている理由を教えてくれた。

「……」

 香澄さんは口を開かず、俺と文さんを見ていた。

「な、なにかな? 香澄さん……」

「……お前やっと彼氏作ったの?」

「え! ち、違うって! この子は東京からうちに一か月だけ住むことになっただけで……」

 香澄さんの発言に文さんは焦りながら反論した。

「……チッ。んだよ、イケメン引き連れてきたと思ったら、別になんでもねえのかよ」

 香澄さんはそう言いながら、アイスの棒を店の中にあるごみ箱に投げ入れた。

「……もしかして」

「ん?」

 俺は文さんに小さい声で話しかけた。

「怖い人ですか、この人」

「え、いやいや。まあ、見た目はいかついし、口も悪かったりするけど、めっちゃ優しい人だよ」

「なんだあ……よかったあ……」

 俺は安心した。てっきり怖い人かと思った。

「おい! グチグチ言ってんじゃねえよ! 何しに来たんだよ」

 香澄さんは、低い声で言った。

「あ~はいはい。今日はこれらしいです」

 文さんは、香澄さんにスマホを見せた。

「あ~おっけ。わかった。ちょっと待ってろ」

 香澄さんは、その文さんのスマホを取り上げると、店の中の野菜をビニールに次々入れ始めた。

 そして、そのビニール袋を俺に渡してきた。

「おらイケメン。お前が持て。文に持たせんな」

「あ、はい。もちろんです」

 俺は香澄さんから野菜がいっぱい入ったビニール袋を貰った。

 袋の中には、トマトやキャベツなど、料理でよく使うメジャーな野菜がたくさん入っていた。でもまあ、片手で持てるくらいの重さだ。

「三千二百五円だけど……だりいな。三千円でいいわ」

「嫌です。せめて三千三百円で」

「はあ? なんでお前の勝手で繰り上げてんだよ……じゃあ三千二百円な」

「は~い」

 文さんは、香澄さんとの値段交渉の末、代金を支払った。

「……おい、イケメン」

「あの、高橋です」

「うるせえな……イケメンはイケメンだろ。今日は歩いてきたのか?」

「あ、はい」

 香澄さんは、俺に近づいてきながら話している。

「……じゃあ、ちょっと待っとけ」

「は、はい」

 そう言うと香澄さんは、店の奥へ背中を猫のように丸めながら入っていった。

 ほんの少しすると、香澄さんは戻ってきた。

 戻ってきた香澄さんは、手にスポーツドリンクを二本を持っていた。

「ほらよ」

「わ、ありがとうございます」

 香澄さんは、ぶっきらぼうに俺にスポドリをくれた。

 その次の瞬間、俺の耳元で、耳打ちした香澄さんはボソッと話した。

「そいつに無理だけはさせんなよ。ヒスってだりいから」

 そう言った香澄さんは、俺の顔をチラッと見た。

「ま、でもいい女だからさ。よろしく頼むよ色男」

 香澄さんは、俺の顔を見ながら、文さんには聞こえない声で言った。

 それからもう一本のスポドリを俺の隣にいる文さんに握らせると、すぐに俺たちに背中を向けた。

「じゃ、さっさと帰んな。暗くなる前にさ」

「……」

 文さんは、香澄さんが俺に耳打ちしたことに驚いたようで、香澄さんを見ながら、少しあっけに取られていた。

「文さん?」

「あ、うん。帰ろう」

 俺が声をかけると、文さんは笑顔で言ってくれた。

「じゃあね、香澄さん」

 文さんが香澄さんにあいさつをすると、また椅子に座って足を組んで携帯を見ている香澄さんは、軽く手を振ってくれた。

 その後、商店街を出てすぐ、文さんが話しかけてきた。

「ね。優しい人でしょ?」

「はい。なんか、不器用な人って感じがしたんですけど、優しいのはわかりました」

「ね! 人に優しくしたいくせに、お礼は言われ慣れてないんだよね~香澄さん。それがかわいいんだけどさ」

 確かに、香澄さんは見た目や態度に反して、優しさを感じた。

「あれなら、結構人気ありそうですけどね。香澄さん」

「あ、うん。高校の頃は結構モテてたらしいよ」

「やっぱり」

「でもまあ、今は前の彼氏と別れたっきり、彼氏はいないっぽいけど」

「へえ」

「……」

 文さんは、少し間をおいてから、また話し出した。

「香澄さんのこと、好きになりそう?」

「え? まあ、嫌いになることはなさそうですけど……恋愛的な意味で言ってます?」

「え、あ、いや? なんでもないや。ごめんね変なこと聞いて」

 文さんは両方の手を顔の前で合わせて、謝ってきた。

「いや、別にいいですけど……」

「あ、そうだ。正樹くんの学校にはイケメンいる?」

「え、そりゃいくらでもいますよ」

「え! どんな子がいるの? 教えてよ……」

 文さんは急に俺の学校の事情を尋ねてきた。

 その後も、俺の学校のイケメン事情を文さんは楽しそうに聞きながら、俺たちは家に帰った。





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