地震×空想上の生物

 突如として地面が揺れ出し、重々しい地鳴りが響き渡る。


 ダンジョンで地震だと? ありえない事態だ。


 ダンジョンは現実の空間とは完全に切り離されており、外の影響を受けない。例えば外で大地震が起こっていようが、ダンジョンの中にさえいれば気づくことすらできないのである。


 つまり、この地震は明らかな異常事態だ。


 地震は徐々に弱くなっていき、十数秒もしたら終わった。だが、それと入れ替わるように異様な雰囲気が周囲を包み込んだ。


「……ダンジョンで地震が起きたなんて事例、あったか?」

「少なくとも、私は聞いたことがないね」


 俺のつぶやきに、佐野さんが端的に答えてきた。


「嫌な予感がする」

「私も、なんか鳥肌止まんない……」


 この雰囲気には覚えがあった。隠しダンジョンに入った時に感じた奇妙な感覚だ。


「待て、何かいる」


 俺は不意にダンジョンの奥へと繋がる方向から気配を感じて呟いた。それを聞いて明野がひそひそと聞いてくる。


「な、何かって……?」

「何かは何かだ」


 判別できない。モンスターなら唸り声や鼻息なんかで分かるが、ただ不穏な気配がすることしか分からない。


 短杖を構えて静かに相手の出方を見る。


 暗闇の中から、緑色の煙がこちらまで漂い始めた。


「退避!」


 佐野さんが最初に動いて、鋭くそう叫んだ。俺、明野、四ノ原が頷いて走り出す。


 だが、そんな俺らよりもずっと早く、それはやってきていた。


 それは奇妙な光景だった。地底型ダンジョンの洞窟の風景の中を、まるで上から絵の具を垂らして塗りつぶしたような穴が現れたのである。穴の中には全く別の景色が広がっている。


 『異空間の穴』とでも表現しようか。それはにょきにょきと蛇のように追いかけてきて、俺達を包み込んで広がっていったのだ。


 気が付けば俺の視界は、洞窟の光景から、荒れ果てた森の光景へと移り変わっていた。


 茶焦げた地面に、ねじれを巻く不気味な枯れた樹々。空は気味の悪い黄昏だ。


 光景もそうだが、絵柄というか、テクスチャが変わったような変な感覚だ。


「変異ダンジョン……!? でも、こんなダンジョン、図鑑にも載ってなかったと思うけど」

「まさか、最近噂の隠しダンジョンってやつ!?」


 四ノ原の言葉に一瞬同意しかけたが、俺はすぐに首を横に振った。


 実は俺は裏でダンジョンの動向について詳しく調べていた。隠しダンジョンはティターニアやゼウスと言った各地の伝承の頂点から始まり、ハーメルンの笛吹きや赤い靴などの世界中で広まった物語を模ったボスも存在している。


 日本でも、俺が相手取った、百鬼夜行の長であるぬらりひょんの他にも、タヌキの棟梁や河童の里など、多くの隠しダンジョンが見つかったらしい。


 だが、隠しダンジョンは一回見つかったら、その後同じものは発見できないでいるようだ。


 思い出されるのは、ぬらりひょんの言葉。


 奴は『次はふらふらっと他のダンジョンに顔を出すからよ、その時はワシの眷属どもとも遊んでやってくれよ』と言っていた。


 隠しダンジョンのイベントは、恐らく前回で終わった。これは一段階進んだ全く新しい別のイベントだ。


「全員気を付けろ。何が出てきてもおかしくないぞ」


 俺がそう言うと、三人は表情を引き締めて武器を構えた。


 ぞわり、と殺意が包み込む。


 やはり、俺はこの感覚に見覚えがある。あの時、ぬらりひょんと敵対した時と同じ、嫌な感じだ。


「来るぞ!」


 佐野さんが叫んだ。視線の先には、巨大な枯れた樹の根本に洞があり、そこから何かが這い上がってくる。


 それは、緑色の小人だった。


「……あれって、ゴブリンか?」

「そう見えるね……」


 それは、ゲームや漫画でよく見るゴブリンそのものの見た目をしていた。とんがった鼻に耳、黄ばんだ瞳に牙。どう見てもゴブリンだ。


 出てきたのは4体。


『ゲ・ギャ・ギャ!』


 ぞろぞろと出てきたゴブリンの一体が、俺達を見ておもむろに腕を空にあげて何やら喚いた。すると、虚空からルビーやサファイアと言った宝石のようなものが現れて、それが凄まじいスピードで射出される。


「魔法を使うのか!」


 俺はそれらを斬り払って、光の盾で防ぐ。佐野さんも同じく戦槌で吹き飛ばし、四ノ原は明野の後ろに隠れてやり過ごした。


「うわわ!」

「くっ、以外と……!」


 想像以上に火力が高い。俺達を素通りした宝石弾が、後ろの木々をハチの巣にしていった。


 重騎士である明野の盾にぶつかり、凄まじい轟音が響き渡る。


 こいつ等、ゴブリンの癖に結構強いぞ。


「このっバカスカ撃ってくんな!」

『ゲッ』


 四ノ原が投げナイフを投げて牽制し相手の動きを止めた。更に数発ナイフを投げれば、ゴブリン共はばしゅっと音を立ててその場から消えた。


 そして、俺のすぐ傍から、ばしゅっ、と音がする。俺はほぼ反射的にそちらの方に斬撃を放っていた。


『ギギャギャッ!』


 ゴブリンがピッケルの様なもので殴りかかってきていた。奴は俺の斬撃を寸でのところで避けたが、ピッケルの柄を両断されて武器を失う。だが、同時に汚い袋を投げてきて、俺は思わずそれを斬り払う。


 ばふっ、と一瞬で白い粉が広がった。


「なんだこの匂い……!」


 腐った小麦粉? 分からん、とにかく吸わない方がいいだろう。距離を取ろうとして、ゴブリンが変な石を両手で持っているのに気が付いた。


 火打石か? 奴はそれを打ち合わせようとしているように見えた。俺はそれを確認して、咄嗟に魔力障壁を展開。白い粉と魔力の霧が混ざり合う。


 次の瞬間、オレンジ色の瞬きが霧を貫いて、俺を後方へと吹き飛ばした。

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