ふあれみ×装備の新調

「どうも、アコでーす」

「レイナだよー」

「ミリア」

「四人合わせてふあれみです!」


 最後に綾瀬さんがそう言って、全員が決め顔をした。


 ふあれみチャンネルはどうやらメンバーの下の名前の頭文字を繋げた名前らしい。俺はざっと店内を見渡して、俺と彼女たち以外誰もいないことを確認して小さく頭を下げた。


「あー……その節はどうも……」

「あれ、反応微妙」

「やっぱこの挨拶ダメなのでは?」

「え? そんな事ないよ? ないですよね?」

「俺に聞かれても」


 ギャルっぽいツインテのアコと眼鏡のレイナが目をぱちくりさせて言い合っているが、俺の反応が微妙なのは内容ではなく突然目の前でやられたからだ。


「あの、あの時はありがとうございました!」

「ほんとほんと、めっちゃ助けられた」


 綾瀬さん以外の三人が頭を下げてくる。


「どういたしまして。でも、お礼ならもう綾瀬さんから言ってもらってるので」

「それでも言わせてください! あと、あの時『は? また男?』とか生意気言ってすみませんでした!」

「私も、『なんなの、もう』とか言ってごめん」

「いや、まあ状況が状況だったし、俺は気にしてないですから」


 これじゃ綾瀬さんとのやり取りの焼き直しだ。


「ありがと」


 ずっと黙っていた無表情のミリアも小さく頭を下げてそう言った。むず痒くなる。


「これ以上はむず痒いから、勘弁してくれ……」


 俺の一言に、四人は首をかしげたのだった。


 さて、その後はちょっとした雑談に話が流れて、ついでに俺がここに来た理由を話した。


「そうなんですか!? ここ、私のパパのお店なんですよ。絶対ここで買っていってください!」


 と、アコが言い出した。どうやらこの店は彼女の父親が切り盛りしている家らしい。


 パンフレットに丸が付けてあった場所がそうだというのは、中々の巡り合わせを感じなくもない。……年下にこの言い方は犯罪か。


「私達の装備も、アコの繋がりでお店のPRをするために支援してもらったんです。いわゆるスポンサー的な?」

「ああ、そういう冒険者も今は多いらしいですね」


 要は契約で店のロゴが入った服を身に着ける代わりに、スポーツ用品を無料で貰うスポーツ選手のようなものだ。


「というか、どうして敬語? 年下だし別にタメで良くない?」

「社会人としての礼儀ですし」

「えー、かたっ苦しい~……ですね?」


 と、話していると、店のカウンターに行っていたアコが店主を連れて戻ってきた。小悪魔ぽい見た目のアコの父親は、スキンヘッドの男だった。


「これはこれは、初めまして。当店の店主の杉田と言います。この度は娘とそのゆかいな仲間たちがお世話になったそうで」

「田中です。こちらこそ、ふあれみの皆さんに決闘に一言報告入れていただいたおかげで大事にならずに済みました」

「いやいや、もとはと言えばとっとと斬り倒さなかったコイツラが悪いんです。青いケツを拭いてもらったのに、その程度で恩なんて返せませんよ」

「えっと」


 女子に対してケツって。愛想笑いのまま言葉に詰まった俺の代わりに、「「「セクハラー!」」」、と悲鳴染みた非難が囂々に寄せられた。


「何がセクハラだ、後10年してから出直してこいガキども」

「アラサーじゃん!」

「そんくらいがちょうどいいの。それよりも、田中さん。お礼と言っちゃなんですが今回は割引しますよ。どういったご用件でのご来店でしょうか?」


 さっきのノリを見せられた後では、既に言い出しにくい。が、純粋な目で善意で語り掛けてくる杉田さんに、俺は若干迷った後口を開いた。見るだけ見てみようという精神だ。


「防具を一式を見たいなと」

「ほう。ちなみにご予算は?」

「……300万位でしょうか。近接ができるものだとなおいいです」

「えっ」

「あいよ。ちなみに職業は僧侶でお間違いありませんね?」

「はい」


 杉田さんは頷いて、奥の方へと戻っていった。


 そして、驚いた顔でこちらを見る女子たちに顔を向ける。


「……なにか?」

「ええええ! なんで!? なんでもうそんなに稼いでるの!?」

「初心者装備なのに、300万ぽんって! もしかしてお兄さん、お金持ち!?」


 あー、そういう事か。まあ、高校卒業した直後は目が飛び出るほどの額だよな、300万は。


「この間、運がよく臨時収入が入ったんですよ。ダンジョンの情報共有の報奨金で」

「えー、良いなぁ! レアドロップ狙うのと同じくらい、一獲千金できる奴じゃん!」

「ちなみに、ソロなんだよね、お兄さん。月収おいくら?」


 そう言われて、俺は下世話な話だなと思いつつも隠すことでもなく答えた。


「今のところは、手取りで12万くらいですね」


 月12万。それが俺の今の月収だった。1年でこのレベルは中々頑張っている方だと思う。


 プロだと何百万は余裕で稼ぐって言うし、ピンキリで上限が見えない職業だ。


「うそ、負けた……」

「うちら、4人で分けて8万円」

「あ、でも動画広告でプラス十数万は出て―――」

「文香、そう言う話じゃないの! 冒険者のプライドの問題だよ!」


 姦しさが凄い。クラスの女子でさえここまで元気なグループはない。


 そもそも32万も利益を出せているのなら、上等な部類だと思う。俺は一人で総取りできるのだからそもそも舞台が違う。


 って言うか、広告エグイな。そんなに稼げるのかよ。


「よっと。田中さん、色々持って来たぜ」

「ああ、どうも」


 奥の方から杉田さんが出てきて、がちゃっと物が入った箱をカウンターに置いた。カウンターまで行き、杉田さんが取り出してカウンターに並べていくものを観察する。


「300万でそろえるなら、この辺が丁度いいと思いますよ。頭装備に『聖なるモノクル 星1』、身体装備の『重鎧の法衣 星1』、手の『ヘヴィガントレット 星1』、足装備の『黒鉄のブーツ』」


 それぞれ造りがしっかりしたもので、一目見て上等な装備だと分かる。


「星1とは言え全部粒ぞろいだ。ちなみにモノクルは、頭部にダメージ軽減の加護を付与してくれるから、そこらへんの兜よりもずっと安全ですぜ」


 言われて、俺は思わず口を出した。


「これは……足が出るのでは?」

「なぁに、その分割引しますよって話でしたでしょう?」


 屈託なく笑う杉田さんに、俺は毒気を抜かれた。


 事前にネットで調べて、最低限に決めていたラインを大きく飛び越えてきてくれた。他の店を巡るのもまた惜しいが、それ以上にここで逃す方が惜しい。


「買います」

「毎度! そうだ、ついでにこれも付けておきましょうか」


 もう一つ、小さな箱を取り出して、それを開いた。そこにはクリスタルで出来た首飾りがある。


「うわー、綺麗!」

「こら、お客様が見てんだぞ、アコ!」

「えっと、これは?」

「コイツは『背信のタリスマン 星1』ってアイテムでね。暗器状態に切り替えた時、暗器状態の間だけ続く、一回だけダメージを軽減する結界を張ってくれるんです」


 俺はその言葉を聞いて、思わず目を見張った。


「なんで俺が、暗器使いだと?」

「え? そりゃ、動画に出てたでしょう。……あ、もしかして、ご不快でしたかね?」

「い、いえ、別に気にしてはないんですけど……動画か。そりゃそうか」


 言われてみれば、俺が動画のフードの男だと分かった時点で暗器使いであることがバレるんだった。知ってて当然か。


 まあ、別にバレて死ぬわけではない。気にするほどではないが……やっぱり動画の影響ってデカいのでは?


「良いんですか? こんな高そうなもの」

「だと思うでしょ? はは、これが全く売れないんですわ! こいつはずっとここで死蔵しておくよりも、田中さんに託した方がよさそうなんです。貰ってください」

「……そういうことなら」


 暗器を強化する補助装備品か。売れないのも道理だった。暗器コレクターの中でも一部のマニアしか買うまい。


 俺はありがたくそれをいただき、そしてサイズがちゃんと適合するかどうか試着してみた。ドロップ品は装備した者のサイズに大体自動で調整してくれる謎機能がついているのだが、たまに適合しないものもある。


 今回はちゃんと装備できた。


「おー」

「かっこいい」

「辞めてください」


 女子たちにぱちぱちと拍手されて、恥ずかしい。


 着心地も悪くないし、動きも制限されない。身体装備の鎧部分が若干重く感じるが、それも誤差の範囲だ。慣れれば問題ないだろう。


 うん、良い調子だ。細部を動かして可動域を確認していると、不意にレイナが前に出てきた。


「あの、田中さん。一回だけ、うちと戦ってくれない……ませんか?」


 眼鏡の奥に決意をみなぎらせてそう言うレイナに、俺は頷いた。


「本当ですか? じゃあ試運転がてら、一試合やりますか」


 俺は特に断る理由も無く、軽くうなずいたのだった。

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