隠しダンジョン×謎のモンスター

 分かってはいたが、そう簡単に見つかるものではなかった。


 隠しダンジョンという言葉を知り探し始めてから数日が経過した。


 探すと言っても行きがけにちょっと見渡してみるとか、山を見るとちょっと覗き込んでみるとかその程度だが、それでも影も形も見当たらない。


 もしかしたら存在すらしないのかもしれないな、と思い始めた今日この頃だ。


 さて、その間に職業訓練の方で進級試験が行われた。といっても、これは冒険者としてのノルマを稼いでいると受ける必要はない。受ける人は、冒険者として才能が無く、冒険者業界への就職を目指す方向にシフトした人達だ。受けたのは数人程度だった。


 俺に関係のあるイベントといえば、ソロでボスを倒したことがちょっとした話題になっていた。鬼頭先生からも無理はするなよと前置きされたうえで褒められた。


 後、どこかで耳にしたのか明野や佐野さんが話しかけてきたが、それくらいのものだ。


 そして、やっと来たダンジョン探索日。俺は早速準備して外を歩いていた。


 一応森とか影になっている、目立ちにくい場所を見つけては軽くのぞき込むが、もはやほぼ諦め状態だ。そう簡単に見つかれば世話はない。


 と、思っていたのだが――――突如として、それは俺の視界の中に飛び込んできた。


 家と家の間にある、古い地蔵の入ったお堂。周囲を木の柵で囲まれたその敷地内の隅の方に、ひっそりとゲートが存在していた。


「……マジ?」


 俺は咄嗟にスマートフォンを取り出して検索する。しかし表示されていない。


 表示されていないということは、つまりはそういう事だ。


「隠しダンジョン……!」


 俺は周囲を見渡して誰もいない事を確認し、こそこそとその敷地内に入っていく。とりあえずお地蔵様に手を合わせて、その後ゲートの方へ向かった。


「……等級検査機、持ってきておいてよかった」


 冒険者を始める際の初期装備として支給されていた道具の数々の中に、難易度を検査できる装置があったのを思い出して取り出す。体温計に似た形のソレの先端部分を、ゲートにちょっとだけ入れた。


「……『6等級』か。俺でも入れそうだな」


 俺は意を決して中に足を踏み入れる。すると、例によって視界が一気に変わった。


 ここは……洞窟か? どこにもつながっていない閉じた空間が、円状に広がっている。


 まず間違いなく特殊型のダンジョンだ。何があるか分からないし、俺は入口を把握しつつ周囲を確認する。


「……っ」


 中央の地面が盛り上がり、モンスターが沸いた。


 おっさんだ。頭が異様に肥大化しており長い。手には身長よりもずっと長い木の杖を持っている。


 モンスター、だよな……? 何だあれは。図鑑や教科書でも見たことが無い種だ。


 俺は警戒して杖を構える。


「――――ふむ。これはこれは、人間なぞ久しく見る」


 喋った? 俺は小さくない衝撃を受けて言葉を失う。


 モンスターが言語を介すなど、聞いたことが無い。


「我が名はぬらりひょんと申すもの。そこな小僧、悪いが教えてくれんかな。今は明治何年だ?」


 そのおっさんはにやにやと笑いながら、杖をかんと鳴らした。


「……今は令和だが」


 少し間を開けて、俺は口を開いた。するとおっさん……ぬらりひょんは目をぱちくりと開閉した。


「なんと、年号が変わってしまったか……あ~! 分かるぞ、小僧の身なりを見れば……もはやいくつも変わってしまっておるのだろう。何ともはや……人の世の移り変わりだけが楽しみだというに、悲しい限りよな」


 ぬらりひょんが頭をゆるく横に振ってため息を吐く。


「小僧、名は?」

「……」

「そう警戒するな。何も取って食いはせん――――」


 一歩足を前に出した、その瞬間、俺の放った斬撃がいくつもぬらりひょんのすぐそばを通り過ぎた。


 足元にばしっ、と傷跡が残る。


「動くな」

「ほほっ、全く警戒心が高いのう」

「よく分からないけど……お前はモンスターだ。人を殺すんだろ?」


 ピリピリと肌に感じる殺意。ひょうひょうとしているが、コイツからはボスクラスの威圧感を感じる。


 ソロの俺じゃフォロー無しで下手なことはできない。警戒しつつ俺がそう尋ねると、ぬらりひょんは笑顔のまま頷いた。


「うむ、そのように作られたらしいからの。お前のことも、話を聞けば後は殺すつもりだった。名前を聞いたのもその為だ。名前さえ知っておけば呪い殺せるからの」


 その言葉を聞いて、俺はもはや動かない理由も無くなった。


「ぬ、待て待て。まだ戦の前口上さえ……」


 俺は一瞬で移動し、奴のすぐ傍から居合を放った。


「ぬほほっ……小僧、貴様本当に人間か!? 天狗かよ!」


 ぬらりひょんはするするとそれを避けて、杖を地面に叩きつけた。


「こりゃいかん、人の子と思い油断したわ! 出でよ貴様ら! 久しく見る人の血肉ぞ!」


 すると、杖を中心に墨を垂らしたような黒が広がり、そこからさまざまな化け物が現れ始める。


「シッ――――」


 速攻即決。俺はすぐさまそれら怪物たちが形を成す前に切り刻んだ。だが、すぐさま、ガンッ!、と硬いものに当たり、刃が止められてしまう。


「グガアアア!」


 現れたのは青い顔をした鬼だった。角の生えた筋骨隆々のそいつが、腕を振り上げてぶん殴ってくる。


「―――『浮葉』!」


 俺はその一撃をするりと避けて、胸元に飛び込んだ。


 『浮葉』は回避のための基本の型だ。敵の攻撃に込められた魔力を利用し、反発させて空中に浮かぶ小葉のようにするりと避けて移動することができる。


 当然直撃を受けると当たってしまうが、熟練者であれば打点をずらして浮葉を使用することで、逆に敵の懐に入り込むことができるようになる。


 当然俺も練習で出来るようにした。これこそ魔力操作が最も力を発揮する型だ。


「『剛撃』!」


 ありったけの魔力を込めて鬼の身体を居合切りで切り刻めば、ぬらりひょんが目を見開いていた。


「かかかっ、鬼すら切るか! 次は速さ勝負でもしてみるか!? 天狗よ来い!」


 長い杖で壁を叩けば、また墨が広がりそこから天狗が現れる。


 また妖怪だ。どうなってる!? なんで創作物上の存在がこんなに当たり前に現れるんだ!?


 アニメや漫画のダンジョンだと、ゴブリンや鬼と言った存在が当たり前に出てくるだろうが、現実のダンジョンはそうではない。


 現れるのは未知の存在ばかりだ。そりゃどこか見覚えのある形をした存在もいるにはいるが、創作上の存在そのものが出てきたことは無いはずだ。


 少なくとも妖怪が出てくるなんて聞いたことが無い。


「そりゃ、逃げてみせい!」


 天狗が手に持った扇を振るうと、風の刃がいくつも現れて射出された。俺はそれを魔力障壁で打ち消す。


 次は日本刀を抜いて凄まじい速度で迫ってくる。放たれた刀を居合切りで弾き飛ばし、首をも刈り取った。


「ふう……」


 息を整え、俺は戦況を分析する。


 大量に出てくる妖怪だが、戦闘力はそこまでではない。やはり6等級レベル、いくら出てきても今の俺なら問題ない。


「うーむ、仰天だのう。今の人間はかように強くなっておったのか……これまで通りの我らではもはや通用せんのう」


 顎に手を添えて感嘆したようにそう言うぬらりひょんに、俺は杖を構えたまま歩きよった。


「もう打ち止めか?」

「うむ……どうやらそうらしい。妖力……いやさ、魔力というのか? それがもうすっからかんよ。このような幕切れはまこと残念無念。もっと人間と遊んでいたかったのだが……この調子だと、名前を聞いていたとしても、呪いなぞ届かなかったであろうな」

「そりゃ残念だったな……で、死ぬ前に聞いておきたいことがあるんだが」

「ほう? 我らに勝利した人間なぞ久しぶりに見えた。聞きたいことがあれば聞くがよい」


 俺は杖から刃を抜いて、そして尋ねた。


「お前は……一体何なんだ?」

「妖怪じゃが」

「どこから来た?」

「最初からおったよ。日本のそこら中に……まあ、最近は希薄すぎていないようなものだったが……」

「訳が分からない……」


 俺は頭が痛くなった。そんな俺に、ぬらりひょんは思い出したかのように口を開いた。


「それがよ、聞いてくれ。急に、このだんじょん? とか言うのに取り込まれちまったのよ。それで分かった。このだんじょんとかいうのは、我らみたいなものを取り込んでは世界を渡ってきたのだと。だんじょんの中はそりゃもう混沌よ。闇に蠢く何かに創造神に異界の化け物にでてんやわんやだ」


 ぬらりひょんは、そこまで言って俺を見上げてニヤッと笑った。


「我ら妖怪もいい迷惑と思っておったが……こうしてまた人間と遊べるのであれば悪い話でもない。また相まみえようぞ、名も知らぬ小僧よ」


 そう言うと、ぬらりひょんは懐から小刀を取り出し、俺に向かって振りかざしてきた。俺は反射的に動き、その攻撃を避けて、ぬらりひょんの首を落とす。


「試用期間はこれで終わりだ。次はふらふらっと他のダンジョンに顔を出すからよ、その時はワシの眷属どもとも遊んでやってくれよ」


 ぬらりひょんはそう言うと、地面にぐずぐずと溶けて消えていってしまったのだった。

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