逃走×出会い
「へ~、田中君っていうんだぁ。下の名前なんて言うの?」
そう言って近づいてくる賢者の少女の背後には、配信用の魔道具があった。俺はすぐにフードを被る。
「あ、大丈夫だよ? 今は配信してないし。それよりも、私の話聞いてる~?」
猫なで声に、俺が嫌な顔を浮かべるのと同時に、池田が前に出てきた。
「た、田中氏~。今日もダンジョン攻略ですかな? あれから中々話す機会も無かったし、偶然会ったのも何かの縁! 一緒にこのダンジョンを攻略するというのは!」
そう言いつつ、池田の目は俺に断ることを要求していた。言いなりになるのも癪だが、俺にとってもそれ以外選択肢はないので首を横に振る。
「遠慮しておく」
「で、ですよね~! という訳で、ソラにゃん氏! 田中氏にも迷惑だし、ね!」
「え~、やだ~! もっと田中君と仲良くしたいな~。ねね、帰りなら着いていっていい? 外出て皆で駄弁ろうよ~」
「……今からダンジョン攻略なのでは?」
「でもほら、もうここ攻略されたっぽいし、一時間しかもぐれないならとっとと出た方がいいでしょ~?」
「悪いけど、無理です」
「待って待って!」
言い切って横を通ろうとすると、振り返ったソラに手を掴まれた。俺は思わず眉を痙攣させた。鳥肌がぞぞぞと全身で立つ気持ちの悪い感覚がする。
「離してくれ」
「あ、ご、ごめんね。でも、仲良くしたいのに冷たくされたから、つい」
「こっちは仲良くする理由がない。もう行かせてもらう」
「待ってってば!」
俺が歩き出すと、前に二つの人影が出てきた。佐藤と鈴木だ。それぞれ槍とナイフを構えている。
「気分は悪いが、ソラ殿のお望みでござる。ここは通さんぞ、田中殿……いや、田中何某!」
「田中君……悪いけど今はソラちゃんの望みを聞いてくれる? 今だけでいいからさあ……」
「わ~、ありがとう、二人とも!」
道を塞ぐ二人に、俺は短杖を構えた。
「足止めするなら攻撃するが」
「ちょ、二人とも! 武器を構えるのは冗談にしてもやりすぎだって~! それに田中氏も武器しまってしまって! 空気最悪ですぞ~?」
「池田殿、男には戦わなければならない時があるのでござる!」
「……た、田中氏~……」
矛を収めてほしそうに池田が見てくるが、こちらには収める理由がない。
「……ここのボスを倒したのは俺だ。お前らが俺に勝てると思うか?」
「はは、ナイスジョーク……田中君」
「はったりなのが見え見えですぞ、田中何某! 天才とちやほやされて調子に乗ってしまったでござるか?」
「5秒待つ。それまでにそこを退かなかったら決闘だ」
顔を青ざめさせた池田がソラを背にかばい、距離を取った。
そして、5秒後。佐藤と鈴木が二人、同時に動き出し―――それよりも早く、俺の仕込み杖の刃が二人の両腕を切り落としていた。
「う、うわああああ!」
「は……ぇ……?」
両腕を無くし、晒された断面からHPの光を流出させる鈴木と佐藤。俺はため息をついて、二人の横を通り過ぎた。
その時だった。
「やっぱりそうなんだ! ねえねえ、田中君って、最近噂になってるフード様なんでしょ~!?」
「は?」
珍妙な呼び方に、俺は思わず足を止めて振り返った。そこには目を輝かせるソラがいる。
「池田君達に写真見せてもらった時から、もしかして、って思ってたんだ~。動画見たよ~? 田中君超かっこよかった~! ねえねえ、私とパーティー組まない? 私、田中君の為なら沢山尽くすんだけどな~」
「寝言は寝てから言ってもらえますか?」
ソラも佐藤と鈴木の横を通ってこっちまで来るので、俺は距離を取った。
「あ、あの……ソラ殿、回復……」
「ねえねえ! いいでしょ~? 私なんだってするよ?」
「ちょ、ちょっと! ソラにゃん氏~? 4人パーティーじゃないと、バフが切れてしまうし、そもそも今更田中氏に入ってもらうとか、流石に無理かと思うのですが……?」
「え~、じゃあ私抜ける~。田中君と二人でパーティー組む!」
「……えっ?」
目を丸くする池田。
「ねえねえ、田中君、いいよね~?」
「……付き合ってられん」
俺はついに我慢の限界にきて、駆け出した。そしてジャンプして天井を切り刻む。
「あ、ちょっと! 田中君!」
耳障りな声が瓦礫に飲まれていく。俺はそれを無視して、全力でその場から逃走を図ったのだった。
さて、ダンジョンの外に出た俺は、さっさとダンジョンから離れて冒険者組合にやってきていた。
5等級ダンジョンへの挑戦の許可を得るためには、冒険者組合に試験の申請をしなければならないのだ。訓練校経由ではない。こういう手続きも、冒険者にとって必要な事なので、出来る限り訓練生にやらせるスタンスらしい。
もちろん事後報告は求められているが。
こういう手続きは早い方がいいだろう。
「……はい、条件のクリアを確認しました。試験内容は追って連絡いたします」
「ありがとうございます」
俺は諸々の手続きを終わらせて、更に連絡アプリで指導員の鬼頭先生にも報告する。するとすぐに鬼が親指を立てるスタンプが返ってきた。
「あれ? そこにいるのって…フードの人?」
スマフォを触っていた俺の後ろから、そんな声が聞こえてきた。
ついさっきの記憶がよみがえって、思わず俺はその声の方向を睨む。すると、そこには見覚えのある顔の少女……ふあれみチャンネルのメンバーの1人の姿があった。
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