流出×反響(クラス内)

「これ、見てみてよ! この近所で撮った動画が凄い反響なんだって!」


 あれから少し経って、訓練校の座学の時間がやってきた。


 元小学校の教室で学校用の椅子に座って、机に膝を付いてぼおっとしていた俺は明野に差し出された動画を見て思わず吹いてしまった。


『はっはっは! 女の子だけで戦わせるわけにはいかない! 俺達に任せろ!』


 それはダンジョン配信中の動画だった。コメントが右から左へ流れている。


 そして動画の主は見覚えのある女子たちだ。ふあれみチャンネルというパーティー名だったが、どうやら動画サイトのチャンネル名でもあるらしい。


 活動を始めたのは去年の4月……つまり、俺と同じ時期に冒険者を始めたらしい。しかしこのおよそ1年の活動で、チャンネル登録者数は2万人を超えている。


 星の数ほどのチャンネルが生まれては消えていく配信冒険者の中で、この数字はかなり大健闘している方だろう。


・なんだこいつら、空気読めよ

・萎えるわ。マジで〇ね

・いい流れだったのに無茶苦茶だよ

・折角の初ボス戦だったのに……

・ここまでどれだけふあれみのメンバーが努力してきたかぶん殴って教えてやりたい

・顔は覚えた。決闘しかけまくろう


 そんな剣呑としたコメントが流れる中、ころころと僧侶の装備を身に着けた男が一人ボス部屋の中に入ってくる。


 言わずもがな、それは俺だった。


『は? また男?』

『なんなの、もう!』


・は?

・追加入りました~

・顔隠してんじゃねえぞ〇すぞ

・あーもう滅茶苦茶だよ!

・ふあれみに土下座してほしい

・一生ネットのおもちゃにしてやる


 物凄いコメントの数に冷や汗が流れる。だが少しして、空気が変わった。


『余計な茶々だと? 本当に余計な存在はどちらなのか教えてやる。決闘だ!』


 フードを被った俺が、大声でそう言って一瞬で掻き消えた。そしてボスの前を陣取って動かなかった男パーティーの首を流れるように刈り取っていく。


 最後に着地し、そのままノンストップでボスから距離を取った。


『邪魔者は消したぞ! 悪いがこれ以上関わり合いになるのはごめんだ! 離脱するが良いな!?』

『えっ、は、はい! ありがとう…?』

『さっきの決闘、非があるのはあちらだと申告してくれると助かる。では!』


・えええええええ

・TUEEEEEEEE

・何者だよあの僧侶!

・一瞬で邪魔者が〇されて気持ちえ~!

・決闘助かる!

・胸がスカッとした! よくやったと褒めてやろう

・というかどうやって切った? 何も見えなかったぞ

・僧侶の癖になんだあの機動力と殺傷能力!

・職業の補正無しであの動き……ヤバくね?

・うそうそうそ惚れそう


 手のひら返しが凄いなこの人達。


 ―――という動画が、SNSを中心におおいに広がっているらしい。


 まさかの事態にさっと頭の血が引いていくのが分かった。


「なあ、これって!」

「いや、何の事だか……」


 満面の笑みで俺に迫ってきた明野を、俺は冷や汗を流しながら押し返した。その言葉の続きは嫌でも想像がつく。


 こんな経験今まで無かったので本当に困惑している。大丈夫なのか俺。もしかしてヤバいのか俺……!?


 いやでも、身に着けているローブは初期装備で、初心者の僧侶なら誰もが装備している普遍的なものだ。ちゃんとフードで顔を隠しているし、違うと言い張れるはずである。


「ごめんねえ、田中。ヤマト君が、この動画のフードの人が田中だって言い張っててさ。そんなわけないじゃんって何度言っても聞かないんだから」

「でも、この剣の振り方は田中君で間違いないよ! 何度も訓練の相手したから分かるんだ!」

「ほら、意味わかんない事言ってるでしょ? あのね、ヤマト君? 人間にそんなの分かる訳ないでしょ?」


 いやいやいや、合ってる。合ってるよソイツ!


「あ、ああ…そうだぞ。俺な訳ないだろ…はは…」


 俺は思わず嘘をついてしまった。別に隠すことでもないかもしれないが、事態が事態なだけに及び腰な方向へ流れてしまった。


「本人もこういってるじゃん!」

「え~…おかしいな。田中君だと思ったんだけど…」


 明野が四ノ原にフォローされながら戻っていく。


 だが、入れ替わるように、今度は紳士な中年男、佐野さんがやってきた。


「田中君。どうして嘘なんかつくんだい? この動画はどう見ても君じゃないか」

「…はは…どうしてそう思うのか聞いても?」

「重心の動かし方の癖が田中君のソレだもの。分かるよ」


 怖いよ、このクラスの天才たち。どうしてそんな事で個人を識別できるんだ。


「何か困ったことがあったら遠慮なく相談してね。君は私の大切な友人だから、微力ながら力になろう」


 俺は笑いながら去っていく佐野さんの背中を見送りながら、やはりあの二人はただものではないと改めて認識させられたのだった。


 だが、疑われたのはこれが最後で、すぐに平穏な日常が訪れた。学校ほど密接な関わり合いが必要とされない訓練校では、良くも悪くも他人に興味を持つ人は少ない。


 そういう訳で普通に授業をこなし、あっという間に休日が訪れる。


 俺は早速ダンジョンへと向かうのだった。

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