強敵×欲望

 洞窟を進んでいくと、徐々に場が開けてくる。小川が流れ始め、光る苔やシダ植物がぽつぽつと現れ始めた。


「…ん」


 襲撃してくるバッドやラットを倒しつつ歩いていると、ふと固いものを踏んだ感触がした。


 蝙蝠の牙…ドロップアイテムだ。


 ダンジョン内のモンスターを討伐すると、神の祝福によってそのモンスターにちなんだアイテムがドロップするようになっている。


 アイテムにはいくつか種類があり、この牙は素材アイテム…ダンジョンの中でのみ不思議な効果を発揮する特殊素材の一つだ。


 他にも武器や防具がそのまま落ちたり、消費アイテムと呼ばれる消費することで即時的に魔法に匹敵する力を発揮するものもある。


 で、俺はここをまだ通っていない。つまりこれは、俺よりも早くこのダンジョンに入ったパーティーのドロップアイテム…拾い忘れだ。


「道…変えるか」


 ソロでやってるところをパーティーに見られるのはまあ気まずい。引き返そうとして、俺はふと前から誰かがこちらに歩いてきていることに気が付いた。

 

「…キシ…」


 それは、薄暗い洞窟の、少し離れた闇からぬるっと現れた。


 鼠の身体が二足歩行で歩いている。身体に灰色のボロ布を身にまとい、手にはこん棒。


「ラットマン…!?」


 亜人種、と呼ばれるモンスターは、初心者殺しとして有名だ。


 闇の眷属であるラットマンは、頭こそ良くないが上位者に対して忠実で、数が多い。


 初心者ダンジョンには絶対に現れない、一つ格上の存在。


 それがダンジョンを自由に徘徊しているというのであれば、このラットマンは間違いなく『徘徊種』と呼ばれる特殊個体だ。


 『徘徊種』とは、ダンジョン内を自由に徘徊する特殊行動を行うモンスターの事を指す。大体がそのダンジョンのボスクラスの強さのモンスターで、迷惑この上ない存在だ。


 俺は周囲をさっと見渡した。


 壁にいくつかの切り傷が刻まれているのを見つけた。そこでやっとここで何があったかを知る事になった。


(先に行ったんじゃない。こいつに殺されて、外に送還されたんだ…)


 冒険者はそれぞれの職業の神の加護によって守られている。HPがゼロになれば、強制的にダンジョンの外へと送還されるようにできている。


 つまり冒険者はダンジョンで死ぬことはあまり無い。国の上層部によって神の信託がまだ信じられておらず、職業に誰も手を出していなかった初期の頃は人死にが多く、冒険者という職業は敬遠されていたのだが…。


 職業が上層部に受け入れられた途端、気軽にダンジョンに潜ることができるようになり、冒険者数が露骨に増加したり、制限年齢が20歳から18歳まで引き下げられたりした。当然だ。死の危険が無くなったのである。


 ただ、何事も何のデメリット無しという訳にはいかない。


 まず強制送還されると、ステータスが一定時間使えなくなる。つまりダンジョンに入れなくなるのだ。


 この時間はレベルの高さによって増減する。初心者の頃は大体1,2日程度。レベルが上がればどんどん長くなっていき、プロの冒険者ともなると一カ月以上かかる。


 その上、HPが減るという感覚は痛みによってもたらされる。猛烈な攻撃で一気にHPが減らされたり、残虐な方法で殺されたりすると、冒険者活動どころか、今後の生活にも影響が出る。


 更に言えば、強制送還された冒険者は、一週間程『魂が摩耗する』ような苦しさ、無気力さに襲われる。この苦しさもまた、HPがどれだけの勢いで減らされたか、どれだけの残虐な攻撃で殺されたかで増減する。


 こう言った痛みと苦しみによって、PTSDになった者も少なくないと聞く。


 どうする?ここは退くか?


 …俺は片方の口角を吊り上げた。


(こいつを倒せれば、ソロでもやっていける証明になる…)


 そんな思考が俺の頭を支配した。欲が出たとも言う。


 どうせ死なないんだから、挑戦するだけしてやろう。


 パーティーを追い出されたことに対する八つ当たり、自暴自棄になったとも言うのかもしれない。


「キシャアア!」

「来い!」


 メイスを構えて、こん棒で攻撃してくるラットマンを迎撃する。


 スピードは…速いが、魔力操作による高速移動は生憎俺も得意だ。攻撃を見切って、フルスイングされたこん棒にメイスの打撃を合わせる。


 速度は同じ。恐らく込められた力加減も同程度だっただろう。


 だが、こん棒は容易くメイスの打撃を跳ねのけ、メイスごと俺を通路の奥へと吹き飛ばした。地面に強かに背中を撃つ。


「かはっ…」


 攻撃力の差だ。同じ威力、同じ動作、同じ速度での攻撃でも、ステータスの攻撃力の値が変わればこうも結果が変わる。


 辛うじて手に持ったままだったメイスを杖代わりに立ち上がる。


「キー!」


 ラットが追い打ちを仕掛けようと駆け出した。それに対し、俺はほぼ反射的に動いていた。


「―――『流撃』」

「グゲッ!?」


 上段からの振りかぶりを避けて、流れるような動作でメイスの先端を醜い顔にめり込ませていた。


 吹っ飛ぶラットマンだが、頭を振ってすぐに立ち上がった。


「キシシッ…」


 ダメージはそれほど入っていなさそうだ。そりゃ防御力も高いよな。


 でも、近くで見て気づいたことがある。


 コイツ、既に手負いだ。前のパーティーがかなり善戦してくれたのだろう。


 よくやった。お礼に仇を取ってやる。


「いつまでも付き合ってやるよ、鼠野郎」


 俺はメイスを構えて、神経を集中させた。

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