ソロ×型

 休日、俺は早速ダンジョンに向かっていた。


 ダンジョンは突発的に現れる。特に初心者ダンジョンは本当にどこにでも現れるため、初心者ダンジョンに困る事はほぼない。


 スマフォの専用アプリを開けば、自転車で行ける距離の所に、極当たり前のように初心者ダンジョンのゲートが開いているのだ。


 自転車を駆ってアプリの情報通りの場所まで行く。


 住宅街の中にぽつんと残された空き地。その真ん中に、空間の割れ目のようなゲートが存在していた。


 既に複数のパーティーが攻略の為に侵入しているようで、アプリの情報でも侵入したパーティーの名前が載っている。


 どうやら攻略はそちらに任せてよさそうだ。これは僥倖。俺は今日は試運転のつもりなのである。


 どういう事かというと、ソロでどこまでやれるか、という事だ。最後のあがきだ。これでダメそうだったら大人しく俺を入れてくれそうなパーティーを探すことになる。


 ただ、既に訓練校内でのパーティーはほぼ固定化している為、外でパーティーを探す必要がある。考えるだけで怠い。


 俺は長く息を吐いて緊張をほぐし、ゲートの中に足を踏み入れたのだった。


 次の瞬間、俺の視界が閑静な住宅街から洞窟の光景へと変化する。


「地底型か…」


 周囲の光景にそう呟く。


 ダンジョンには種類があり、種類によって環境や現れるモンスターが変わる。


 ここはどうやら『地底』型のダンジョンらしい。現れる主なモンスターは蝙蝠や鼠にまつわるものだ。


 また、大体が闇に耐性を持つモンスターで構成されているのも特徴の一つだ。


 ダンジョンの種類は『地底』の他にも、『草原』、『墓場』、『森林』、『火山』、『聖域』など、様々ある。その上それぞれの上位互換である『深淵』、『楽園』、『遺跡』、『古代の森』、『地獄』、『神域』も存在する。後者はすべからく難易度が高い。


 何故ダンジョンにこれほど種類があるのかというと、ダンジョンを作り出す存在がその数分存在するのではないか、という説が今の所主流だ。


 つまりはこうだ。深淵を司る上位存在がいて、ソイツが深淵-地底系のダンジョンを生み出している。現れるモンスターはソイツの眷属で、ソイツと同じような存在がダンジョンの種類の数分だけいる。


 ダンジョンを何故生み出しているのかは分からないが、とにかくそうやって複数の上位存在が人類に同時に攻撃を仕掛けてきているのではないか…という考え方だ。


 まあ、ダンジョンは謎だらけなので、これらの説もぶっちゃけ合っているかどうかは分からない。中には特殊ダンジョンと呼ばれる、上記のタイプと一致しないものもあるのだし。


 さて、地底ダンジョンは洞窟だ。そこそこ広く暗い。視界は最悪だが、モンスターの強さは他のダンジョンと比べて若干低い為、初心者が潜るダンジョンとしては最適だ。


 ずんずんと奥へと進む。


 すると、小型犬程の鼠、ケイブラットが現れた。


 俺は短杖(メイス)を構える。


「キシャーッ!」


 殺意に塗れた瞳が俺を捉えたと同時に鳴き声を上げて駆け出してくるケイブラット。口を開けて噛みつこうとしてくるのを避けて、俺はメイスを振り上げる。


「『剛撃』」


 魔力を操作し、メイスを一気に振り下ろした。


「キシャッ…」


 その一撃は、ケイブラットの身体をくの字に曲げる程の威力を発揮した。口から血を吐き出して倒れるケイブラットを見下ろして、俺は息を吐いた。


 魔力操作による身体強化を土台にした、戦闘用の基本の型のうちの一つ、『剛撃』。


 その名の通り、火力重視の一撃を敵に見舞う技である。


 基本の型は『剛撃』だけではない。流れるように動いて追い打ちを仕掛ける『流撃』、瞬時に動いて素早く攻撃を当てる『瞬撃』。これら攻撃に関する三つの型。


 そして防御に関する型、『金剛』と、回避に関する型の『浮葉』。


 これら合計五つの型は、冒険者なら誰もが習得する。これらの型を基本に、スキル構成を考慮しつつ自分だけの戦い方を模索していくのが今の冒険者の常識だ。


 俺はこれらの型の扱いが人よりも上手だった。『剛撃』だって、初心者ダンジョンの一階層に出てくるモンスターが相手だったとしても、僧侶でありながらそこら辺の戦闘職と同じぐらいの威力を出せるのは、憚らずに言うなら俺だけの才能だ。


 だが、この才能は僧侶という職業にとっては態々使う程のものではない。


 戦闘職の冒険者は俺の半分以下の魔力操作でも当たり前のように俺をはるかにしのぐ威力の攻撃をぽんぽんと出せるようになる。


 池田なんかも、戦闘訓練では一度も負けた事が無かったが、職業を得てからはレベル1時点で互角。レベルが上がっていって差は開きつつあるくらいだ。


 当然、魔力操作の才能は、戦闘職だけでなく、魔法職の場合もそれなりの恩恵を俺に齎してくれている。だからこそ冒険者は一律で型の訓練をするのだ。当然、どんな職業でも近接がある程度できておいた方がいいという判断もあるが。


 俺の場合、魔法の効果や威力が通常の倍以上も発揮されるのは魔力操作が得意なお陰だ。


 とは言え、俺は魔法よりも近接の方が得意だったので、歯がゆさは抜けない。指導員も俺が戦闘職になる事を期待していたので、僧侶と分かった時は一瞬だけだががっかりされた。


 諸行無常である。


「この辺は余裕で行けるな」


 俺は度々襲い掛かってくるラットを倒しながら、そう呟いた。


 とすれば、もっと奥に行こう。俺は全身に魔力を流して走り出した。50m先の光景に一瞬で辿り着き、更に俺は加速する。


 やっていることは簡単。『瞬撃』の応用で足を素早く動かし、『流撃』の応用で流れるように移動を操作して超高速移動を実現しているだけだ。


 戦闘職だったら魔力消費を考えなければならなかっただろうが、俺は魔力が潤沢な『僧侶』だ。移動で魔力を消費してもまだ余裕がある。


 それに、魔力操作を極めればほとんどの魔力を消費せず、流用し続けることができる。魔力消費は本当に最低限だ。


 道行くラット達を辻斬りして頭をかち割りながら、奥へ奥へと進む。


 だが、そんな俺を、頭上から降ってきた影が邪魔をした。


「キィー!」


 甲高い声で鳴く蝙蝠型のモンスター、ケイブバッドだ。ラットよりも耐久力があり、空を高速で飛んで体当たりしてくる為油断するとやられる。


 その上奴らは群れを作る。4,5匹で俺の頭上を飛ぶバッドに俺は立ち止まり、メイスを構えた。


「『剛撃』」


 飛んできたバッドに、迎え撃つ形で攻撃を放つ。奴の頭にガンと当たったが、くるくると飛んで行って壁に当たった後、ふらふらとしながらもまた飛行を開始した。


「ちっ…『浮葉』」


 この辺りからは一撃じゃ無理か。俺は舌打ちをして飛んできた複数のバッドによる同時攻撃を、ひらりと小の葉のように避ける。周囲に魔力を展開し、放たれた攻撃に反応して身体を浮かせる回避の型だ。


「はあっ!」


 俺はくるくると回転しながら、もう一体に『剛撃』の強烈なスタンプを放つ。バッドは地面にバウンドするも、すぐに空へとはばたく。こちらも一撃で仕留めることはできなかった。


 パーティーを組んでいたら、こんな奴ら簡単に倒せた。やっぱりソロは簡単じゃない。


「キー!」


 また一斉に体当たりを仕掛けてきたので、俺はメイスを振りかぶって脳天にヒットさせた。


「『浮葉-流撃』」


 そして、『浮葉』で攻撃を避けながら、流れる動作で全てのバッドの頭にメイスの先端をめり込ませていった。


 次の瞬間には、俺の周りに頭を打ち抜かれて吹っ飛ぶバッド達の姿があった。


 俺の密かな得意技、型の組み合わせだ。魔力操作が段違いで難しくなるが、戦闘では頼りになる。


「キイィーー!?」


 地面に落ちて体勢を崩した蝙蝠に、剛撃を放って地面に縫い付ける。周囲ではさらに動かなくなったバッドが二体いた。


 最後の一体は、ふらふらしながらも俺に攻撃を仕掛けてきた。それを迎え撃って戦闘は終了だ。


「…時間かかるなあ」


 ケイブバッドはラットよりも耐久力はあるが、恐らくここからさらに進めばバッドなんか目じゃない程の高耐久のモンスターが当たり前になってくる。


 先へ進めば、バッドなんてすぐに倒せる柔らかい標的でしかないのである。


 そのバッド相手にここまで時間がかかるということは、高耐久のモンスター相手にはもっと時間がかかるという事だ。


 小手先の技術も、戦う時間が増えればそれだけミスが増えるものだ。


 …いや、まだネガティブになるには早すぎる。俺は頭を振って、先へと進むことに決めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る