裏切り×ソロ

「実は、この間『賢者』の人と知り合ってしまったので…ほら、賢者って回復魔法と攻撃魔法をどっちも使える、いわば僧侶の完全上位互換じゃないですか…だから、パーティーの構成を考えて、田中氏と交代という形にしたいと言いますか…」


 しどろもどろになりながらそう説明を受け、俺はただひたすらに沈黙していた。


 池田の言うことはよく分かる。


 『賢者』。それは回復と攻撃の両方を扱える、適性者が極端に少ない職業…いわば、レア職業というものだ。


 もし本当に『賢者』が入ってくるのであれば、確かに下位互換である俺を抜けさせるのは合理的だろう。


 だが、俺はその判断が何よりも信じられなかった。そろそろ1年にも経つほどの付き合いの長さで、初心者ダンジョンとは言えチームワークを培ってきたのに…上位互換が見つかったから即切り捨てって、どういうことだ。


 俺の脳裏に、元カノの顔が一瞬よぎった。


 沸騰しかけた頭の血が、すぐに冷えていくのを感じた。こいつらも同じか、とそんな言葉が無意識に俺の心の中で浮かび上がった。


「言いたいことはよく分かった。お前ら二人も同じ意見ってことでいいか?」

「い、いやぁ…ははは…」

「…」


 ガリガリの佐藤は分かりやすくしどろもどろになり、根暗の鈴木は顔を伏せて反応しなかった。


 まあ、反対が無いってことは、そういう事なんだろう。


「そうか。分かった、俺も俺を追い出したい奴らとパーティーを組み続けることはできない。ここで手を切ろう」

「そ、そう?いやぁ、良かった良かった。円満に終わりそうで本当安心した…」

「ところで」


 俺は池田の言葉を遮って声を上げた。


「その賢者ってのは、この間お前とデートしてたあの可愛い女の子の事だったりするのか?」

「…な、ナンノコトヤラ!?」


 池田が分かりやすく目を泳がせた。やっぱりか、と俺はため息を飲み込んだ。


「なんだと!?そ、ソラ殿とデートなど、そ、そ、そんなっ…うらやま…もとい不敬な!」

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる…」

「ち、ちがわい!その、あの日のはただ、ダンジョンに一緒に潜ろうとしてただけで、デートって訳じゃ…」


 やっぱりそうか、と俺は呆れかえった。


 というのも、数週間前の事だ。休日に一人でダンジョンに自己鍛錬をしに来ていたら、池田が見慣れない女冒険者とダンジョンに入っていく姿が見えたのである。


 つまり、賢者であることとプラスして、女子を1人パーティーに入れたいからこそ話を切り出してきたのだろう。


 ただ、どうやら他二人もその女冒険者とは顔見知りらしい。俺だけ話した事すらないってどういう事だろうと疑問に思う。


「た、確かに?田中氏がその時見た彼女は、その件の賢者であるが!別に女だからどうしたという話でも…ほら、田中氏がいると5人パーティーになって、ソラ氏が困惑することになるかもしれないし?パーティーリーダーとしての合理的な判断であることは確定的に明らかな訳でして!」


 池田は俺を睨みつけた。


「そもそも田中氏が文句を言うのはおかしい!教室ではよく女子と話をしているくせに!こういう時は潔く身を引いてほしいと僕は思うんですけどね!」


 池田が言っているのは、訓練校での普段の俺の人間関係についてだった。


 一応元社会人である俺は、オタク気質ではあるとはいえ、当たり障りのないコミュニケーションくらいは取る事ができる。故に教室では男女関係なく、誰とでも話をすることくらいはできた。


 ただ、女子と話していると、池田あたりから『ちっ、爆発しろ』みたいな冗談が飛んでくることが頻繁にあったが…冗談ではなく本気だったとは。オタク同士の嫉妬心、恐ろしき哉。


 俺は馬鹿馬鹿しくなって立ち上がった。「た、田中…氏…?」と、怯えた表情で俺を見上げた。


「脱退金はしっかり払ってもらう。後、前一カ月の共有倉庫に送った俺のドロップ品は全部持っていくが、それは良いな?」

「も、ももも、もちのろん…」

「了解。今まで世話になった。じゃあな」


 ドライに見えるかもしれないが、あのままパーティーの一員としてしがみ付いていく気にはなれなかった。


 元カノと池田の顔がダブって見える。二人に共通点はないはずだが、何故だろうか?


 俺は悶々とした気持ちを抱えたまま、踵を返してテーブルを後にしたのだった。


 次の日、俺は訓練校の教室で一人座っていた。


 これまでは池田が率先して話しかけてきたのだが、流石に昨日の今日でそんな事ができる程池田も太い神経の持ち主ではなかったようだ。


「アンタら、喧嘩でもしたの?」


 ふと四ノ原に話しかけられて、俺は首を横に振った。


「喧嘩した訳じゃないけど、パーティーから抜けることにはなった」

「マジ?ねえ、オタクって仲間意識強いと思ってたけど、そうでもないんだ」

「偏見だぞそれ」

「でもそれくらいしか強みなかったじゃん、池田パーティー」

「いや、それは知らんが」


 どうやら四ノ原の中での池田パーティーはそのような評価だったらしい。


「ま、事情はどうあれソロはヤバいよ。ほら、この1年でもう3人も辞めていったけどさ、そいつら全員ソロだったし。どこでもいいから入った方がいいんじゃない?」


 この教室は40人スタートだったが、今では既に3人減って37人クラスとなっていた。


 その3人は、中々周囲と溶け込むことができず、パーティーを組めずに脱落していったのだ。


「…あー、まあ、うん。努力はする」

「それ、絶対しないでしょ。頑張りなさいよねー。アンタは何故か大和君に気に入られてるから、いなくなられるとこっちも困るのよ」


 机の上に飴玉を置いて四ノ原は離れていった。


 パーティーねえ。頭では分かっている。僧侶の俺がパーティーに入らないでどうするのかという話だ。


 でも、どうしてもパーティーを探そうという気が起きない。会社勤めをしたくない、しようとしてもピクリもやる気が出ないあの感覚に似ている。


 とはいえ、僧侶の俺がソロでやっていけるとは思えないし。どうしたもんかと頭を悩ませるのだった。

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