12
慣れたものだった。
2週間、336時間、1,209,600秒。
数字が大きくなる程短く感じる...いや感じないな。
一日が86400秒と知った時は短いと思ったが、二週間では流石に無理があった。
とにかく、それなりに時間をかけて訓練をした。
草木に囲まれた山の中で、無駄に広い家の敷地内で、静まり返った夜の街で行った訓練。
衝撃という、不幸を招いて日常を奪って行った能力だが意外と便利なのだ。
決して楽ではなく、先日まで苦行の頂に立っていた勉強を引きずり下ろしたくらいには大変な訓練ではあった。
しかし全てこなせた。
ほんの少し前までなら無理だったろう。
覚醒者、それは人間を超えた人間。
身体能力も知能も二週間前より飛躍的に上昇している、努力ではなく覚醒者であるが故で。
そしてそこに努力で得た成果が加わって、今は飛ぶとまではいかずとも、間違いなく自分の意思で跳ぶ事が出来ているのだ。
立ち並ぶビル達の屋上を次々に跳び移りながら最短ルートで目的地へと向かっている。
跳ぶという行いには着地が伴い、その度に衝撃を吸収する。
吸収した衝撃は移動やこの後起こるであろう戦いに使う。
今となっては単調に思える、しかし常識からは遥かに逸脱した移動を数分続け現場に着いた。
マジで巨漢が暴れている、背丈も筋肉も全てがデカい。
2mは余裕で超えている、全身に浮き出た血管はが脂肪の少なさを表している。
「覚醒者は君みたいに人智を超えた、超能力としか言えない力も有している人もいるけど身体と知力の上昇だけの人もいる」
「覚醒の仕方は十人十色、お前は衝撃、そいつは...見た目通りだろう、ギリッギリだが人智の範疇だ」
防犯カメラ越しに見ていた保科と詩帆さんとがイヤホン越しで言った。
しかしまぁ...
暴れている。
言葉の通りに、理性など全く感じない暴れっぷりである。
ビルに挟まれた大通りで民衆が逃げる為に置き去りにした車を殴り、べこりと凹ませては投げ、並木や街灯をへし折って回っている巨漢がそこにはいる。
「やばいなこれ...」
惨状でしかない状況で漏れた言葉は聞こえるはずのない小さな声だったはずなのだが、フィジカルの強化は肉体だけでなく五感も含まれているのだろうか。
とにかくバレたという事だ。
「んぁああ!!」
とんでもない速さで首をこちらに回し、知性のかけらも無い叫びを浴びせられた。
「バレちった」
構えて言う。
「その人が本当に肉体的な強化だけなら相性最高だから、やる気さえあれば余裕で勝てると思うよ」
目の前の大声でかき消されかねないイヤホン越しの志乃さんの言葉をいまいち信じられないが、頭の良い人が言っているのだ、正しいのだろう。
...と、そこまで思ったところで敵は俺を殴っていた。
それなりに距離はあったはずなのだが、圧倒的な筋肉からくる跳躍力がそれを一瞬で縮めた。
速すぎる、やばい、話し合いで解決とか絶対無理、そう思う頃には彼の拳は殴りを終えていた。
だが何ともない。
殴りとは拳に筋力や遠心力を乗せて生み出した衝撃で相手を傷つける事。
しかし俺にとって衝撃は糧である。
「!?」
殴られた頬を中心に広がる赤黒い模様は理性の無さそうな敵に理性から出る驚嘆を引き出した。
目的は目の前の人間の無力化。
その為には攻撃をする必要がある。
2週間の訓練で鍛えた衝撃の操作、ここに来るまでの移動と先程殴られて得た衝撃を右腕に集める。
拳を握り締め、手の甲から衝撃を放出、加速し続ける勢いのまま反撃の殴りを打つ。
拳が敵に触れた瞬間に設置面から更に衝撃を放出。
同時に反動で自分が吹っ飛ばないよう背中からも衝撃を放つ。
そうして敵のみが吹っ飛んだ。
重々しく吹き飛んだ彼の巨体は数m背後にあった車のボンネットにべこりと着地、フロントガラスを粉砕した。
始めて人を殴ったのだが中々の罪悪感だ。
2週間を共にしたサンドバッグが恋しくなる。
車の上でゆっくりと起き上がる敵の眼は俺を捉えて離さず、尻に敷いた車はすぐに飛び道具へ、3tを超える鉄の塊が飛んで来た。
蹴り返せと脳が言う。
足で触れて勢いを吸収し、足から衝撃を放ち文字通り蹴り返す。
3t超えの鉄塊は前傾姿勢だったお陰で敵の頭に直撃した。
決定打とまでは行かずとも文字通り重い一撃にはなったろう。
そして分かった事がある。
「言う通りかも、相性は良い」
「君とは違ってかなり人間の範疇にとどまった覚醒度合いだからね、攻撃手段は殴る蹴るが主だろうし、その調子でいけるよ!」
そんな元気な声を出せるのか志乃さん、そして何より順調らしい。
俯き、よろめく巨体を隙と捉えた。
自分の体なのだから自分で分かる、体内に蓄えた衝撃が残り少ない。
しかし出し惜しみはしていられない。
足から衝撃を放ち、接近した勢いのまま殴ろうとした時だった。
俯いた顔は、理性の無い眼は知らぬ間に俺を見つめていた。
「おかげで目が覚めたよ」
理性に溢れた声。
そして次の瞬間、しばらく忘れていた痛みというものを彼は思い出させた。
Impact 氏氏 @taue_
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