8

「柳陽翔、だな?」


光が喋った。

なんて事はなく顔を上げると路地の入口兼出口に一人の男が仁王立ちをしていた。

逆光で顔が見えないことによる情報量の少なさ、何より今朝の騒動やこの路地で過ごした時間が強めた他人への警戒心が俺を一歩後ろに引き下がらせた。

「あんたは?」

少し声を震わせながら質問に質問で返した。

「困ってるんだろ?」

首を傾げながらさらに質問で返された。

困っていることは事実だし、誰かに助けて欲しい気持ちは間違いなくあるが、それは信用できる人間に限る。

「まぁ...困ってるけど」

質問の連鎖を断ち切りたかったので認めてみた。

「正直でよろしい」

えらく上から目線で言葉のトーンだけで分かる嬉しそうな様子で返してきた。

男は一歩こちらへ近づき、逆光を断ち切り顔をあらわにした。

パシャッ

水溜りを踏む音がお昼時の路地に鳴り響く。

暗闇に入ってきたのは黒のスラックスに濃い灰色のシャツ、その上に黒のベストを着た、怪しさMAXだが清潔感のある中年の男だった。


「世界中を騒がしている有名人がまさかこんな辺鄙な場所にいるとはな」

両脇にそびえ立つ薄汚い壁を見ながら言った。

「有名...俺が?」

心当たりはあまりにもあり過ぎるが一応聞いたら、男は言葉を使わず首を縦に振って答えた。

男は答えた。

男は、

男...

いや誰だこの人。

「あんた誰だ?」

「敬語もロクに使えない奴に教える名前は無い」

ニヤけながら言ってきた、結構めんどくさい人だ。

「...あなたは誰ですか?」

棒読みで問うた。

「俺は保科照史、保科と呼べ、保科は俺以外にもいるが保科と呼べ」

「保科...さん、何しにここへ?」

「お前みたいな覚醒者を探してる」

初心者にも容赦なく専門用語を使ってくるタイプの奴だった。

そして聞いたことがある名前だ。

なんかの分野の研究者で、結構お金持ちの人。

あと慈善家らしい、毛ほども信じられないけど。

そして何より覚醒者。初めて聞く言葉ではあるが意味は何となく想像がつく。

「俺みたいな奴が他にもいるって事ですか?」

「ああ、多種多様な能力を突然獲得した奴らがかなり少数であるが世界中で発生している」

発生ってあまり生き物に使う言葉じゃないと思う。

「んで、お目当ての俺を見つけてどうするんですか?」

「こんな汚ない場所で長話する気はない、付いてこい」

そう言うと同時に保科は何かをこちらに投げてきた。

それは丸められた布であり、広げると黒いパーカーだった。

あまりにも黒かったので暗さと同化して気づかなかったがこんな物を持って来てたのか。

「それで顔を隠せ、さっき言った通りお前は有名人だ、悪い意味でな」

「...知らない人にはついて行くなって誰かしらが」

「あぁ!?」

既に背中をこちらに向けて歩き出そうとしていた保科は、いかにも面倒だといった感じの声色でこちらを振り返りながら言った。

「そうか、じゃあお前これからどうすんだ?行くあてでもあるのか?」

「ん...無い」

「じゃあ大人しく付いてこい、悪いようにはしないから」

正直不安の方が大きかったが今の俺には自己防衛の手段がある。

使い方は全く分からんが何かヤバいことをされそうになったらまた衝撃がバーンと出て吹っ飛ばしてくれるだろう。

それに保科に対しての感情は警戒や不安だけではない。

この人についていけば俺の身に起こった変化について何か分かる、今よりは多少マシな状況にしてくれる、そんなひどく楽観的な思いもあるのだ。

制服のシャツの上からパーカーを着て、フードを深く被った。

そして速足で歩き出した保科の少し後ろで付いていきながらいくつか質問した。


「どうやって俺の場所が分かったんですか?」


「ネットを見ればお前の映った写真やら動画が山ほどある、位置を割り出すのは超簡単。むしろ何で先客がいなかったのか驚いたくらいだ」


「なんで俺を探してたんですか?」


「危険だからだな。一瞬で廃車を生み出せるような奴を野晒しにしておく訳にはいかないし、最低でもその力を使いこなせるようにはなってもらいたい」


「出来るんですか?そんなこと」


「当たり前だろ、自分の体だぞ。」


理にかなった返答だった、理にかなっていない力に対して言ったことを除けば。

「お前こそどうしたい?不審者の極みたいな俺に付いてきて」

自覚あったのか...

「元の暮らしには戻れないと思います、まぁ正直、死にたくない理由も無いし...」

正直に答えた。

民家が立ち並ぶ住宅街を抜け、車通りも少ない森に挟まれた道を進む。

「勿体ないな、その力を何かしらに使う気は?例えばぁ...」

「人助け」

「分かってんじゃん」

「俺を探してたのはその為ですか?」

「お前はニワトリか?」

「さっきの話を忘れた訳じゃないですよ」

会って数分の人間をニワトリ扱いしてきやがった、失礼な奴だ。

「そりゃ良かった。能力は恵まれたものでも使い手がバカじゃ意味が無い」

「恵みなんて...よく言うよ」

それなりに不快だったので敬語が抜けてしまったが、そんな事は気にも止めず保科は言い放った。

「まぁ今のお前からしたらその力は恵みの対義語でしかないだろうな。これからお前が自分をどう捉えるようになるのかも、お前の人生がどうなるのかも、全部お前次第だ。」

心の底では分かりきっていたけど認めたくなかったこと、責任や重荷から逃れる為に考えなかったこと、それをあっさりと顔も見ずに言われた。

全ては自分次第。

「欲望のままに暴れ散らかして史上最悪の犯罪者になるも良し、片っ端から人助けをして教科書にデカデカと載る大偉人になるも良しだ」

未来永劫名が残るのは確定なのか。

「断ったら?」

「お前みたいな奴が増える」

「え?」

俺みたいな、覚醒者ってやつか、それとも...家族を失うのか。

「誰だって一人は嫌だろ」

その言葉で後者である事を確信した。

「俺でいいんですか?」

「お前の人生の境遇、それらから得た教訓、そこらの奴らよりかは遥かに人助け向きの性格になってるだろ、そして何よりその力、お前以上の適任を探す必要は無い」

冷淡に見えるが熱意は伝わった。

「まぁ...やってみるのもありかも」

半分ノリで言ったような、言わされたような言葉だが、今更撤回することは出来ない。

それにいくら生に執着していなくとも人間の本能が藁にも縋りたい様な、猫の手も借りたい様な、とにかく誰でもいいから助けてー的な感情を生み出しているのでそう簡単に断る気にはなれない。

「そりゃありがたい。」

そう言うと保科は歩みを止めず体ごとこちらを振り返り、後ろ向きに歩いたまま続けた。

「ある程度は安心してくれていい、お望み通り安定した生活を保証するし、あの手この手で俺"達"はお前を最大限サポートする」

「達?じゃあ俺意外にもその...覚醒者が?」

「そんなポンポン見つかるもんじゃない、お前以外はただの人間だ」

「まるで俺が人間じゃないみたいな言い方ですね」

「そう聞こえたならすまん。あとタメ口でいいぞ、堅苦しいのは嫌いなんだ」

え?と思った。

「じゃあ最初から使わせんなよ」

「素晴らしい適応速度だ」

その後も適当な話を雑に繰り広げながらしばらく歩き、ようやく目的地に着いた。

「着いた、ここだ。」

「え...まじ?」

目の前にあったのは洋風の豪邸。

大豪邸とまではいかないが民家と言うには少々大きいが過ぎる絶妙な大きさをしている。

何度かこの建物の近くを通っていて、何度か視界に入っていて、その度に「こんな広いとこに住んでどうすんだ、掃除ダルいだけだろ」とか思っていたくらいには大きい家だ。

「空き部屋が結構あるんでな、今日からここがお前の家になる、ようこそ陽翔くん」


衣食住の一角が変わるというのは生活、つまり人生を変えるなかなかに大きな変化だ。

しかしそれもこの後起こる事に比べれば些細が極まってしまうのだが...

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