9
慣れた手つきで門を開ける保科。
無言の時間が気まずかったのでそこまで興味は無いが質問してみた。
「使用人とかはいないの?」
いてもおかしくないくらいには大きい家なのだ。
「いても邪魔なだけだ」
随分冷たい奴だ。
「俺だっていても邪魔にしかならないと思うけど」
根拠は無いがこんなことを言ってもそうだなと言われ門前払いされる気は全くしない。
「何だよ今更、それはない、安心しろ」
「何で?」
「同意の上でお前を迎えに行ったからだ」
そこまで会話したところで門は開いた。
庭、そう言うにはあまりにも何も無い、ただ門と家の間にある空間がそこにはあった。
少々緊張と抵抗があったが恐らく家主な人に招かれている訳だし同意得てるらしいし問題なし。
敷地内に足を踏み入れ、そのまま真っ直ぐに歩いて進む。
「妻は2年前に他界した、今は娘2人とと3人暮らしだ」
不謹慎だが親近感を感じた。謎まみれの男に対する壁が1つ消えた気がする。
「あんたも"知ってる"んだね」
「だからお前を選んだ」
保科は少し口角を上げて答えた。
「よし、じゃあ第一声はただいまでいこう」
一足先に家のドアに手を掛けた保科は言った。
「せっかくなら驚かしたいんでな、自然な感じで頼む」
「...はい」
なんというか、親父って感じだ、無くてもいいサプライズをしようとする、懐かしい感じ。
正直乗り気ではないがこの男に対する親近感を得た今の俺に断るなんて事は出来ない。
やるからには全力で、始めてこの言葉にウザさを感じなかった瞬間である。
「よしじゃあ行くぞ、せーの!」
ガチャッとドアが開いた。
洒落た内装が少しずつ露わになるが気を使うべきはそこではない、今はただ叫ぶのだ。
「ただいまぁー!!」「ただいまぁー!!」
帰ってきたのは静寂だった。
「よし、いつも通りだな」
何事も無かったかのように保科は埃1つない家の中へと入って行った。
これが普通なのか、楽しそうな父親だしおかえりくらい言ってやってもいいんじゃないだろうか。
...ん?まさかこれが!?
「もしかしてそれ反抗期ってやつ!?」
なんだか嬉しくなってしまった。
俺は反抗的になる前に両親に死なれたので言葉としてしか知らないモノだが、多分おかえりを言って貰えないのは反抗期ってやつだろう。
「おい待て、何歳だと思ってる」
振り返り、驚いた顔を向けてきた保科が言った。
「え?」
大きな勘違いが2人の間にあったらしい。
確かに、年齢なんて聞いてなかったじゃないか、何故か勝手に自分と近い年だと思っていた。
「えっと...娘さん達、何歳?」
苦笑いで聞いてみた。
「今年で上が23、下が21だが...」
おいおいおいおいおい。
全然年上じゃないか。
危うく大失礼をかましてしまうところだった。
「危ねー」
吐息混じりの安堵をした。
「だな、生意気こくなよ若いの」
保科が笑顔で言った。
人生に絶望していた午前が嘘のようだ。
しかし嘘であるなら俺はここにはいない。
顔と名前と家族構成と居住地しか知らない人と随分打ち解けた。
疑いも警戒もほとんど無くなった。
1人になって以来、独りから抜け出そうとしていなかったのだが、この保科照史とかいう馴れ馴れしい中年の黒船は容易く2年間の心の鎖国を解消間近まで進めてしまったのだ。
「え!?」
「どうした?」
思わず漏れた声に保科が反応した。
「家に彫刻があるって...凄いなと」
真っ白な石が筋骨隆々な男の形に彫られている。
「毎日こいつの全裸見て過ごしてるってこと?」
「慣れるもんだよ、何事も」
保科はフッと鼻で笑った後にそう言った。
「...だと良いけど」
その後もシャンデリアや絵画についてあれこれ話しながら歩いた。
「まぁこの中だろうな、あいつらは」
マンションでもないのにエントランスと呼べてしまう広い空間を抜け、2階へ上がり廊下を進み、行き止まった扉の前でようやく保科の足を止まった。
ようやく部屋らしい部屋に入ることができるらしい。
「頼み事をしてあるんでな、ここ以外あり得ない」
「頼み事?」
「本人に聞け」
そう言って扉は開かれた。
そして出会いが起こる。
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