10

よく分からない機械で溢れた部屋にいた2人の先客(客は俺なのだが)。

「あ〜おかえり!」 「おかえり」

1人は笑顔で、1人は真顔で言った。

声色の異なる、しかし同意義な2つの言葉。

2年前のあの日からずっと忘れていた言葉。

勿論、言った相手は俺ではなく保科であることは分かっているがそれでもなんとも懐かしく、そして苦しい気持ちになった。

疎外感ってやつだ。

俺は客人であり、居候になるかもしれない、ただそれだけの他人。

「連れてきたぞー」

保科家の2人のご息女は父の背中から現れた他人に気づいた。

「初めまして、陽翔くん」

意外にも先に声を掛けたのは真顔の方、冷たい第一印象を抱いた方の人だった。

しかし初対面から下の名前で呼んできた。

この一家は人との距離感が少し変だと思うが、俺的にはそっちの方が楽で助かる。

「初めまして、柳陽翔です」

頭を下げて言った。

「タメ口でいいよ!」

笑顔の方、暖かい第一印象を抱いた方の人がきさくに、甲高い声で答えてくれた。

しかしまぁ、こんな事は思うだけでも恥ずかしいのだが、2人とも美人さんだ。

系統の違う美人、可愛い系とカッコいい系。

ゆるふわロングとウルフカット。

わざとなんじゃないかというくらい正反対だ。

しかし顔はそっくりで、髪型の重要さを思い知らされる。

服装は二人とも父親に似て黒と灰色だが、父親と違い華やかさが溢れ出ている。

多分服としての分類はワンピースなのだろうがドレスだと言われても余裕で納得する。

横を向いて父親の顔を見てみると、中年がイケおじに見えてしまった。

この親にしてこの子ありだ。

「可愛いのが姉の詩帆、かっこいいのが妹の志乃だ」

「...あんたもその認識なんだね」

「まぁな、それよりこいつらに聞くことあるだろ」

諭された。

「聞くことって?」

それまでずっと笑顔だった詩帆さんが腰を曲げ、疑問の顔で言った。

襟元に付いた大きな灰色のリボンが少し揺れた。

「や...えっと、ここで何してたのかなって」

手助け無しではろくに会話も出来ない自分が恥ずかしい。

「陽翔くんの為に色々してただけだよ」

再び再び上がった口角で答えてくれた。

「色々?」

「詩帆は機械関係が得意だからさ、君の場所を特定して父さんに伝えたり、ネット上から君に関する画像や動画を消してくれてたんだよ」

横にいた志乃さんが少し低めの落ち着いた声で説明してくれたのだが、想像の何倍も凄い事をしていた。

一度ネットの海に流れた情報は二度と消せない、と習ったのだが...間違いだったのだろうか。

「...ありがとうございます」

「どういたしまして」

頭を下げて感謝すると詩帆さんも同じ様に応えてくれた。

「私は覚醒者について調べてた」

志乃さんから時間的にはそんな事はないのだが、久々に聞く言葉を受けた。

「僕みたいな人についてですか」

「そう、3日前に突如世界各地に現れて以来世界中の人達が色々調べて仮説は立ったんだけど...聞く?てかもう知ってる?」

「いえ知らない...けど結構です」

聞いても理解できる気がしないからだ。

「ミスったな陽翔」

ニヤけた父が言った。

「うん、2択を間違えたね」

ニヤけた姉が言った。

「そうだよ、聞きなよ」

不服そうな妹が言った。

「...はい」

「ごめんね、でも入郷従郷だから」

どうやら今のが保科家の洗礼らしい。

色んな意味で一人っ子なので詳しくは知らんが、末っ子を甘やかし過ぎるのはいけないと思う。


とにかく、志乃さんの講義が始まった。



「仮説って言っても他人の考えを2つ当てはめただけなんだけど、

1つは進化論、2つは人間の脳は10%しか使われていないっていう説」

「...分かる?」

分かってそうな顔をした詩帆さんが聞いてきた。

「進化論は何となく聞いた事あって、2個目のやつは志乃さんの言葉でどんなものかは分かったので...」

視線を床に向け、頭を掻きながら答えた。

「頭良いんだなぁ」

いまいち喜べない中年の野次が聞こえた。

「君は他の人類より何段階か進んだ存在かもしれない、もしくは他より多く脳を使ってるだけの人間かもしれない」

「多分他の人より身体能力も知力も大分上がってると思うよ」

とのことだ。

「まぁそれでも知力は俺達の方が上だけどな、余裕で」

戯言だ。

とりあえず分かった事はこの姉妹は2人ともとんでもなく頭が良いという事と、覚醒者ってのはなんか色々凄いという事だ。

「本当は君を解剖して調べたいくらいだけど、もっと有意義で良心的な活かし方、君にとっては生き方、があるからね」

生き方...心当たりがある。

「...人助け」

「お!結構乗り気だったり?」

「みたいだぞ、言質も取ったしな」

「ありがたいね」

何故この一家はこんなにも人助け激推しなんだ。

「乗り気...ではないです。

俺みたいな思いをする人を減らしたい気持ちはあるけど、助けるつもりが逆に傷つける可能性だってあるし」


しばし沈黙が続いた。


破ったのは...

「陽翔」

保科照史、お前はそんな優しい声色で話せたのか。

「お前はニワトリか?」

嘲笑の笑みではない。

暖かく、2年ぶりに感じた父としての微笑み。

会って初日の、赤ではないとしても橙の他人くらいの者に父性を、多少のムカつきと同時に感じてしまった。

俺の脳内の"父"のフォルダの一部を塗り替えやがった。

声色にそぐわず、失礼な人だ。

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