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身を挺して俺を守ろうとしてくれた左腕は未だ車に触れたままだった。
この手を離せば何か起こる。
当たった試しのない直感がそう言っていたので、日の光と内部からの熱で熱くなったボンネットから手を離さずにいたのだ。
しかし直感は発言を撤回し危機共有者との交流を優先しろと言った。
車から手を離せ。
脳がそんな命令を送ろうとした時だった。
車に触れたままの左腕に知っている感覚がやって来た。
血圧を測る時のような腕を締め付けられる感覚。
できれば感じたくない感覚だ。
そんな締め付けに帰ってもらう方法は不思議と分かった。
過ぎ去ったとはいえ命の危機という極度の緊張により全身に入った力を抜き楽になる事。
脳の命令が変更された。
少し手こずりながら力を抜くと同時に腕から消えたのは、いや放出されたのは、
締め付けと"衝撃"だった。
腕に浮かんでいた模様が一気に空中に解き放たれた。
ドカン!!!!!
辺りが吹き飛んだ。
吹き飛んだといっても建物が全部破壊されて更地になったとかではない。
俺の周りにいた人や物、正確には二人の人間と一台の車を数mほど後ろに吹っ飛ばしただけだ。
腕が直接触れていたからか1番被害が大きかったのは車だった。
エンジンルームがこれでもかというほど凹んでいる。
これは絶対に良くない。
真っ黒な煙が車から上がっている。
間違いなくこのあと爆発すr...
ボカーン!!!!!
言わんこっちゃないし言うまでもないし言い切る暇さえなく車は爆発した。
幸い人通りはある程度あるが車通りはほとんどなかったので二次被害がでることはなかったが騒ぎになるには十分すぎた。
先程の警察や救急車に加え、消防署に電話する者、衝撃的な光景をカメラに収める者、一目散にその場から逃げる者、色んな人がいた。
車の持ち主である酔っ払いの男も驚きの連続で流石に酔いが覚めたらしく、元気に走り去って行った。
爆速疾走体幹化物危機共有女の方を見てみると吹っ飛ばされ、地面に座り込んだままこっちを見ていた。
目が合ってしまった。
友達になる気満々でいたのだがどうもそんな空気ではないし、俺自身その気は消え失せている。
今は一刻も早くこの場から逃げ出したい。
大勢に見られるというのはそれだけで大きなストレスになる。
しかし逃げるといっても一体何処へ?
本来の目的は学校に行く事だがこんな経験をした後に普通の日常を過ごすなんて無理な話だ。
この際行き先はどうでもいい。
とにかくこの場から離れられればいいのだ。
誰にも見られない場所へ、そう思い適当な方向に足を踏み出した。
次の瞬間、人間二人を軽く吹き飛ばし、車を爆発させるに至らせたアレが今度は足から出た。
「どわぁ!!」
一瞬で真上に打ち上げられた。
4階はあるであろうビルの屋上を軽く見下ろすことができてしまう高さまで一瞬で上がってしまった。
幸い高い所が苦手というわけではないのでそこは安心だが、人の目から逃れるはずがさらに目立つ行動をしてしまったことは嘆くべきだろう。
ていうかなんだこの高さは。このまま落下したら今度こそ死んじゃうぞ。
車を吹っ飛ばして爆破させたかと思いきや、天高く跳躍して落下死した男として歴史に名を刻むことになってしまうのか、
それとも死ぬなんてことはなく、先程轢かれかけた時の様にアレが現れて守ってくれるのだろうか。
短時間で二度も訪れた命の危機に一周回って冷静な気分になっていると、いつととは違う角度から見たいつも見る風景の中に、建物と建物の間に小さく細い路地を見つけた。
出入り口が1つしかない、正に路地裏。
割としょっちゅう通っていた道であるはずなのだが、上から見たからこその発見だ。
そしてそこは人目を避けるにはピッタリの場所だ。
今更何処へ行ったところで手遅れであるとは思うがあそこへ行けたらいいなぁ。
そう思ったらまた出た、アレが。
「うわぁ!!」
垂直落下以外の選択肢など全く考えていなかったのでそれはそれは驚いた。
背中から出たアレは俺を一直線に路地へと吹っ飛ばし、幅2mほどの隙間しかない細い道にも関わらず綺麗にすっぽりと収めてしまった。
しかし角度的な問題で壁に激突してしまった。
勢いが強過ぎて神経ごと逝ったのかと疑ってしまうほど痛みは皆無だったが、ゲームで攻撃されたら例えお布団でぬくぬくしていたとしても
「いてっ」
なんて言葉が出てしまう様に反射的な
「いたぁあっ!」
が出てしまった。
即SNSで路上で叫ぶ変な奴がいたと拡散されてしまいそうなくらいには大絶叫だったが、幸いここは人通りなど皆無の路地裏なので安心だ。
...早かった。
激突する場所がまだある。
地面。
地球の重力に従い落下した。
「うっ」
声は出たがやはり痛くなかった。
ゆっくりと起き上がり、またもや不規則な模様が浮かんだ手から目を逸らし辺りを見渡す。
朝の8時過ぎにも関わらず薄暗い。
日が当たらない為、昨日の雨による水溜りがまだ残っている。
次に後回しにした確認作業。
一気に、思いっきり袖を捲ってみた。
腕中に模様は広がっている。
ズボンに隠れた脚も、お腹も同様だった。
もう一箇所確かめる為、水溜りの真上から見下ろしてみた。
薄らと反射した顔にも、やはり模様はあった。
先程の飲酒運転野郎の発言も、許せはしないが納得は出来た。
最後に背負っていた鞄が無いことに気づく。
模様は次第に薄くなり数秒で見慣れた肌に戻ってくれたが...
絶望に必要な材料は十分に揃っていた。
薄汚い壁に真っ白な制服を押し付け、そのまま座り込む。
「はぁ...」
ため息なんて不幸アピールだろキメェと今までは思っていたが、人間本当に辛い時は自然とため息が漏れるのだと気づいた。
2年前の悲しみに続き絶望を学ぶ。
そもそも今の俺は人間なのか?
身体中に模様を出したり引っ込めたりする人間がいるのか、
凄い速さで突撃してくる車を腕一本で止め、爆破させる人間がいるのか、
屋上を見下ろせる程跳躍し、かなりの速度で落下しても無傷の人間がいるのか、
「いねぇだろぉな...」
俯きながら、意味のこもったため息が漏れた。
今頃車を吹っ飛ばして爆発させる奴がいたとかいって動画やら写真がネットの海にばら撒かれているところだろう。
場所も人生も袋小路なこの状況。
普通の生活には絶対戻れない。
閑散とした場所で、建物を挟んだ向こうから聞こえてくる野次馬達の声を聞きながら絶望する。
五感のどれを使っても感知出来ない、それでもはっきりと感じる日常の崩壊。
固まり切ったアスファルトに沈み込みながら、絶望した。
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