5
心の底から死んだと思った。
走馬灯を見る暇もなく現世とさよならするんだと思った。
別に死にたくない理由はなかったし、何ならこの後どうなるのだろうという興味すらあった。
しかしその"死んだ"という前提から間違っていたのだ。
車は俺と爆速...この辺で止めておこう、車は俺と彼女を確かに轢いた。
いや、"轢いた"という表現は多分当てはまらない。
車が2人に触れそうになった時には、既に車に近い側の手である左手が車と俺の胴体の間に割って入ってきていた。
これは至って自然な事だ。
目の前に物理的な危機が迫ると、人間は腕を盾にして内臓やら何やらで大事な物まみれの胴体を守ろうとする。
そしてここから異常が始まる。
車は俺に触れて"轢き"を始め、ブレーキを掛けているとはいえ法律を無視して走ってきたその勢いは収まらず、そのまま二人を吹っ飛ばすはずだったのだがそれは起こらなかった。
車はピッタリと俺の左手にくっついて停止している。
車が止まったからだと思うかもだがここは高速道路かと思うほどのスピードで突っ込んできた車が俺ら二人を吹っ飛ばす前に止まるなんてのはいくらブレーキ性能が良くても不可能だろう。
それに止まったというより止めたって感じだ。
なぜ生きているどころか一歩も動いていないのか、理屈は全く分からないが理由は分かった。
いつからあったのかは知らないが左手にもソレが浮かび上がっていたのだ。
"赤黒く光る規則性のない波紋"
こんな意味不明な言葉でしか表現出来ないほどに謎なもの。
こいつが俺達二人を救ってくれたのだろう。
現実味が皆無な考えではあるがそう考えるのが妥当だと思ってしまう。
そうでないならここはあの世という事になる。
ファンタジーに膝まで浸かった俺を引き揚げるように、車の中から驚きと安堵を兼ね備えた表情のそれなりに歳月を喰らった男が出てきた。
「おい君、何だその顔!?」
初対面で殺しかけといて顔をディスってきやがった。
酒臭い。
公道を爆走し、高校生二人を轢き殺しかけ、挙句顔面を侮辱した理由はこれだろう。
元より酒と煙草は死ぬまで未経験でも構わないと思っていたがその意志がより一層強くなった。
酒の匂いが強めたのは意志だけでなく、怒りもセットである。
お前のせいで俺は死んでいたかもしれない、俺の体の異変もお前のせいなんだろ、全てお前が悪いんだろ...
無責任で無根拠な感情が込み上げてくる。
間違いなく間違っている感情なのだろう。
この男がこんなに酔っ払うまで飲んだ理由は何十年も大事に飼ってきたペットが死んだからとかいう悲しい理由かもしれないし、
体の異変は謎だらけで未知に満ちているがこの異常を見つけられたのは車が突っ込んでくるという異常なイベントのおかげだし、
もしいつも通りの時間に学校へ行って普通に授業を受けていたら突然腕にアレが浮かんできて
「おい、なんかあいつの腕光ってんぞ」
とか言われて最終的にいじめに発展していた可能性だってある。
まぁそれでも飲酒運転はダメなことなのでどんな理由があっても、この轢殺未遂が未来で起こっていたかもしれない悲劇を防いだのだとしても、この男は後で法律によって裁かれるのだろう。
知らんけど。
既に何人かの通行人が慌てた様子で電話をしている。
警察やら救急車を呼んでくれているのだろうか、だとしたら野次馬が必要な理由として成立する。
しかしそれでも野次馬は嫌いだ。
何故なら奴らはあの感情を思い出させてくるからだ。
二年前に悲劇の少年となった時、どこへ行っても向けられる視線は同じだった。
慈悲と同情、しかしどこか気持ち悪さがある、弱者に向けられる視線。
彼らと目を合わせる度に両親の死体が脳裏に浮かんだ。
ちょっとした地獄は時間が解決してくれたが今再び、名も知れぬ彼ら彼女らは気味の悪い視線を向けてくる。
その苦しみを少しでも和らげる方法は仲間を見つける事。
二年前とは違い、仲間がいれば辛くないだろう。
そして仲間とは爆速疾走体幹化物女に他ならない。
元はといえば彼女を助ける事が目的だったのだし、同じ学校だし、助けてもらう他ないだろう。
そう思って、少しだけ安心した。
それは紛れもない失敗だった。
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