2

嫌な夢を見た。

2年前まで続いた先代の日常、その最後の日の事を夢の中で再び体験した。

なんとも悲しく、不快な気分で起き上がり、静まり返った部屋で次に感じたのは騒音だった。

「うるさ...」

スマホから鳴る目覚ましの音、この世で1番嫌いな音だ。

目を開けるのも気が引けるので目を閉じたまま、触覚と聴覚を頼りにスマホを探す。

枕の横に探し物はあった。

手に取り音を止めるために顔の前まで運ぶ、ここで視覚の出番だ、さぁこの忌々しい音を滅するのだ。

「ん?」

目的は画面下部でそれなりに目立つ停止のボタンをタップする事だが、目的よりも目立ってしまい、目的を過程に降格させたのは画面上部をデカデカと使い表示される現在時刻である。

「やばい!!」


寝坊した。


全身に溜まっていた眠気を放出して速攻で起き上がった。

朝にやらなければいけない事はいくつかある。

着替え、洗顔、朝ごはん、歯磨き...

しかし今はとにかく急がないといけないので、端折れるところは端折りたい。

そんな訳で大急ぎの朝が始まった。


感覚的にはソニックブームが起きるくらい爆速で制服に着替え、洗面所へと走る。

肌の事を全く考えずただ水の塊を顔に数発ぶつけた。

拭いきれていない顔でキッチンへと走り、シンクに放置されたしゃもじで炊飯器から米をひとすくい、口に突っ込む。

以上、朝ごはんだ。

正直心もとないが、炭水化物の王(個人の意見)であるお米様の力を信じるしかない。

次に床に錯乱した教科書達を拾い上げ同じく床に放置された鞄に突っ込む。

やはり時間割は丸暗記しておくに限る。

しかしそれでもけっこう時間が掛かった。

何故なら今日は「ハズレの日」であるからだ。

学校にいくつかの教科書やノートを置き勉しているにも関わらずかなりの量を持って行かないとならない日のことだ。

だがよりによって寝坊した日が「ハズレの日」とは...日頃の行いはそれなりに良いと自負していたが改める必要がある。

教科書等を詰め込みなかなかの重さとなったであろう鞄を背負い上げ、いざ出発!

としようとした瞬間、なかなかどころがクソ重い鞄に腕の筋肉が拒否反応を示し、鞄を落としてしまった。

それも足の上に、それもつい最近タンスの角にぶつけたばかりの左足の爪先の方に。

「うあっ」

と思わず声が出た。

だがここで驚きと疑問が湧いた。

全く痛くないのだ。

クソほど重い鞄であることは腕が証明してくれていたので痛みを感じないことに驚き、なんで?と思ったが思っただけで言葉として放出はされなかった。

いやどうだろう。

靴下で見えないだけで中では爪がバッキバキに粉砕されて血だらけになっているかもしれないし、神経ごと潰されたから痛みを感じないのかもしれない。

しかしそれを確認出来るほどの時間は無い。

いち早く学校に行かねばならないからだ。

俺の通っている高校はたった一回遅刻するだけで反省文を書かされ、内申点に傷がつく。

そんなの足が壊死するよりも嫌だ。

今度こそ鞄を拾い上げて重さに呆れながらも背負う。

一応怪我の確認ぽいことをする為に鞄を落とした左足から歩き出してみた。

めっちゃ普通に動かせた。

人体は偉大だなぁと感動したが、もちろん思っただけで声は出なかった。

そんなわけで一波乱というには小規模過ぎる出来事があったが出発だ。

ちなみにこの間、約5分。

これまた感動だ。

人間やれば大抵のことは出来るのかもしれない。

まあ大抵の事は面倒くさくてやらないんだけど。

それといってきますは言わない主義だ。

別に「そんなこと言っても特に意味ないだろ?だからさ。」

なんていうダサい尖り方をしているからではない。

俺だって両親を亡くしてすぐの頃は、玄関のすっからかんの靴箱の上に両親と俺が写ったいわゆる家族写真を置いて、それに向かって毎朝行ってきますを行ってから外に出るという活動をしていたのだが、

よくよく考えなくてもヤバい奴だし、無駄だし、呼んでもいない孤独感がやって来るだけだった。

悲しく、辛い、絶対に忘れてはいけない出来事だが、思い出したくない出来事でもあるので、毎朝昇る朝日と引き換えに気持ちを沈ませて始まる日常は気持ちの良いものではない。

そんなわけで毎朝行ってきますキャンペーンは1週間かそこらで活動終了した。

まぁ行ってきますとただいまとおやすみを言わないおかげで俺は他の人達よりも酸素を節約できているからむしろ偉いと思う。

みんなも本当にこの母なる地球を大切にしたいのならまずは日々の挨拶を減らしてみる事だ、

さすれば道は開かれよう、すぐ行き止まりの道だけど。


そんなわけでいざ出発だ。

大した楽しみも幸せもない、つい最近二歳になったばかりの日常、その最後の日へ。



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