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呑気に歩く時間など無かった。

全速力ともいかないので、学校の門を通ると同時に体力が尽きるくらいのペースで走った。

背中の上でぼんぼんと揺れる鞄のせいで超走りにくい。

どのくらい走りにくいかというと、最近再舗装されたばかりで何もない綺麗な道で転びかけたくらいだ。

それもたった一瞬ふらついたようなものでもなく、ふらつき過ぎて車道に飛び出てしまいそうになったくらいだ。

鞄よ、君は俺のことが嫌いなのか?

朝から嫌がらせばかりじゃないか、今度六法全書を入れて散歩してやるから許してくれ。

するとどうやら思いが通じたらしく、上下に揺れなくなり、さらには後ろから抱きしめられているかのように鞄はピッタリと離れなくなり体の一部であるかのように感じた。

...なんて事は起こるはずがないので、両手で鞄を押さえながら走ることにした。

もし今転べば頭から直撃だが柳陽翔の運動神経はそんなに悪くないはずだ、と自分を奮い立たせる。

ここまでは大凶続きの日だったが信号運は大吉で赤い光を全く見ることがなく、走り続けることができた。

このまま行けば遅刻することなく、いつも通りの普通の1日を過ごすことが出来る。

そう思いニヤけると同時にとんでもない奴が横を通り過ぎた。

両手を後ろにまわして背負った鞄を支え、半笑いで疾走する女の人だった。

こいつも寝坊したのだろうか。

制服も同じ高校のもので、生き別れの家族なのではと思うほどに親近感が湧いたが、同じ柳家の人間にしては足が速過ぎる。

"爆速疾走女"なんていう二つ名が世界で一番当てはまる人間だと確信できるほど速く、一瞬で追い抜かれてしまった。

いやまて、同じ高校ということは目的地が同じと言う事だ。

運動部はこぞって朝練があるはずなので、この爆速疾走女は文化系の部活に入っているか帰宅部かだ。

朝練に遅刻している運動部という可能性はないだろう。

あのニヤケ顔は叱られることが確定し、全てがどうでもよくなり逆に笑顔な奴の顔などではなく、遅刻しないという自信に満ち溢れた余裕の笑顔だ。

偏見で申し訳ないが文化部や帰宅部なら大した体力は無いと思うのだが、それにも関わらず爆速疾走女というたった今名付けたあだ名の通り彼女は速過ぎた。

さてはこいつ何も考えずに全力疾走しているのではないか?

バカめ、そんなペースでは学校までもたないぞ、柳家の人間にしては後の事を考えてなさ過ぎる。

やはり生き別れの家族ではないようだ。

なんて思いながらもどんどん差を開けられるので、なんともやるせない気持ちになっていたら

「ハハっ↑」

と文字だけ見ると夢の国にいるのではと錯覚するような喜びの声が前方から聞こえた。

20mくらいは離れていたと思うので結構大きな声で言ったことになるがそれも納得だ。

というのも爆速疾走女は交差点に差し掛かっていたのだが、交差点ということは横断歩道があり、交差点なんていう車がよく通る道の横断歩道には信号がある。

そしてここでの信号の色で遅刻するか否かが分かると言っても過言ではなかった。

「あお...青だ...」

疲労からくる吐息が意味を持った。

嬉しさのあまり俺まで声が出してしまったがとりあえず当たりを引いたらしい。

点滅もしていない緑色の光を拝むことができた。

そして同時にどう見ても緑色の光を青と呼ぶ理由も理解できた。

「あお」は二文字とも母音なのだ。

つまり今みたいに走りながら、息を切らしながらでも言いやすく、息を吐くついでに発音することが出来るのだ。

なるほど、昔の人はそんな後の事まで考えていたのか、全力ダッシュをキメながら甲高い声を上げる誰かさんとは大違いだな。

とはいえ、その誰かさんは余裕で横断歩道を渡れるだろうが俺は点滅する光にせかされながら渡らなければならないかもしれないなぁ。

なんてことを思っていた。

なにせここの交差点は無駄にデカく、走っても渡るのに結構時間が掛かる。

だが構わない、遅刻さえしなければよくて、過程なんてどうでもいいのだ。

遅刻しなかったという結果さえ得られればそれでいいのだから。


この瞬間が最後...そう言い切っていいと思う。こんなにも平和で、日常的な思考をしたのはこの時が最後だろう。

次の瞬間には、アレが視界の中に入ってきたのだ。

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