第19話 告白

 泣き叫ぶ声を吐き終えると堕天使はゆらゆらと不安定に立ち上がる。再び立つ堕天使を前に僕は剣を構える。


 「……す。……してやる」


 俯く堕天使が何かぶつぶつと零す。やつの雰囲気に僕は剣を強く握り直す。


 「ぶっ殺してやるよ!魂も残さん!」


 損傷した右腕を左手で抑える堕天使はその顔に怒りや憎しみのような表情を向けている。涙や自身の体液でぐちゃぐちゃになったその顔色には、もう余裕の文字は無い。


 「殺れるもんならやってみろ!」


 「弱いくせに吠えるんじゃないよ!ガキが」


 互いに怒りの感情をぶつける。

 堕天使がその怒号を発すると、損傷した右腕を構えさっきと同じように巨大な植物の枝を伸ばしてきた。

 さきほどよりも早く向かってくる枝を僕は剣で両断していく。しかし伸びてくる枝は一向に終わること無く、僕は剣を構えたまま下手に動くことが出来ない状況に落ちていた。

 そしてその状況に気づいた時にはもう遅かった。

 両断している枝と共に堕天使本体が僕の下へ近づいていた。

 堕天使は左手で僕の首を掴むと力を入れ一気に締め上げてきた。 抵抗しようと手を出すも枝がそれらを払い除ける。


 呼吸が、……苦しい


 首にかかる力に僕は剣を手放してしまう。やつ手から逃れようにも力が入らない。

 やばい。このままじゃカウントAも切れちまう。そうしたら一瞬だ。


 「おや、顔色が優れないみたいだね?虚風情があたしに喧嘩を売るからこうなるんだよ」


 苦しむ僕の前で堕天使は不敵な笑みを浮かべる。けれど僕の目にはやつの顔が霞んで見える。何か言っているようだけどよく聞こえない。

 だめだ。もう意識が……


 「ちっ、もうここまで昇ってきたのかい。……そうだ!こうしよう」


 堕天使は何か思いついたのか?僕の首を掴んだまま階段のあるほうへと翼を羽ばたかせる。

 朧気に見える視線の先には僅かに外の光が差し込んでいる窓が……。その背景に堕天使が今、一階から階段を上ったすぐのところにいることがわかる。

 堕天使の右半身が赤く照らされている。


 「貴方のおかげであたしの住処はこの有様だ。最後に責任を取ってもらうか」


 堕天使が何かを言ったのか?直後、僕の身体は謎の浮遊感に襲われた。徐々に広がっていく視界の中にやつの空になった左手が映る。


 ドサッ


 雑な音が耳に聞こえると背中に強い衝撃が打ち付けられる。

 首が解放され段々と視界が良くなる頃、堕天使は動けそうにない僕を見ては窓を破り飛び去った。


 ……勝てなかった。


 頭の中で呟く。


 ……殺せなかった。


 燃え上がる火の中で割れた窓を見つめる。

 油断した。見誤った。そんな単語が繰り返す。


 首が痛い。

 ゆっくりと身体をお越しつつ顔から伝っている体液を拭う。


 せめてあの白い花だけでも……


 ボロボロな身体に鞭を打ち、壁伝いに食堂奥の部屋へと歩く。

 火の手が食堂にある椅子やテーブルクロスを燃やしている。視界にそれらが映るも僕はただ奥の部屋へ急ぐ。


 頼む。切れていないでくれ、


 そう願いながら奥の部屋に着くと、部屋は手の周り切った火の海の状態だった。しかし作業台の一箇所とその周囲には火の影が無かった。

 その光景を目にした僕はすぐにその場へ駆け込んだ。床に散らばる食器の残骸に転けながらも僕は走った。

 目に映るその光景に安堵する。

 作業台に置かれた白い花は炎の包まれて無く。さらにここで再会した時のよりも僅かに回復した状態にあった。


 よかった。切れてない


 僕が持つ力の一つ「カウント6」

 生物や物をその場に固定する代わりにあらゆる外敵からその存在を守る。というもの。時間経過で僅かに外傷を治す力も備わっている。

 

 僕は白い花を抱えると糸が切れたように腰落とし背後に寄りかかった。

 力が解除され、止まっていた火の手が再び迫りだす。


 「……ごめんね」


 炎が周囲を包んでいく中、僕は手の中にある白い花へ謝る。


 「君が買われたのはさ、僕のせいみたいなんだ」


 白い花からの言葉を待たず僕は続ける。


 「綺麗だから好きだからっていう理由だけで毎日毎日君の下に来てさ」


 振り返る自分の行いに思わず苦笑する。


 「君にも運命の相手がいただろうに……。ほんと、全部僕のせいだよ」


 左手に炎が触れる。が感覚が鈍くなってるのか?熱くも痛くもない。


 「本当にごめんね。最後に傍にいるのが僕で……、それでも最後にいい?」


 手の中にある白い花へ、ただ言いたいことを。伝えたいことを口にした。


 「はじめて見た時から僕は君のことが、……大好きです!」


 ゆっくりと瞼を降ろし、僕は白い花へ告白する。

 直後、僕の耳に爆発音のようなモノが響いてきた。

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