第10話 腹いっぱい
「あ、帰ってきた!」「おーい!エース兄ちゃーん」
施設を囲う柵に手を掛ける僕の耳に、広場から元気な声が聞こえてくる。
帰ってきた僕の下に小天使たちが駆け寄ってくる。
「ただいま」
「待ってたんだよ!」
「早く遊ぼうよ。エース兄ちゃん!」
小天使たちは僕の両手をそれぞれ引っ張り、広場へ連れて行こうとする。
「あ、帰ってきたか」
広場に着くと他の小天使たちと遊んでいたスペクエルが僕に気づいた。
「用事は済んだのか?」
「あ、ああ、うん。一応……ね」
用事の内容を伝えられないことに負い目を感じているのか?僕は彼が投げる当たり前の言葉に思わず歯切れの悪い返しをしてしまった。
僕の返事にスペクエルは違和感を持つ視線を向けるも「そっか」と、ただ一言だけ口にするだけだった。そんな彼の反応に僕は少しばかり驚く。正直、何があったのか?用事の内容は?と問い詰められるのかと思い内心ドキドキしていたから……。
「ねぇ、早く遊ぼう!」
「遊ぶ時間無くなっちゃうよ〜」
僕とスペクエルが話をする横で小天使たちは、掴んでいる僕の手を振りながら「遊んで、遊んで」と急かす。それから夕飯までの僅かな時間、僕は約束通り広場で小天使たちと遊び尽くした。
夜中には例の堕天使の下へ行く。彼らと遊び過ごすのはこの時間が最後かもしれない。それが頭の片隅でちらつく中、僕はスペクエルや小天使たちと楽しい時間を過ごした。
かくれんぼをした。鬼ごっこをした。だるまさんがころんだをした。ごっこ遊びをした。
どの遊びも楽しく時間を忘れるほどだった。けど、
「皆さん。ご飯ですよー!」
僕らを呼ぶユルエルの声が広場に響く。ユルエルの呼びかけに小天使たちは「ご飯の時間だ!」「待ってましたー」「お腹ぺこぺこだぜ!」と、みんな彼女の下へと駆け寄る。広場は、あっという間に僕とスペクエルの二人だけになった。
「俺らも行こうぜ!」
スペクエルもそう言いユルエルの待つ施設の扉へ歩きだす。三、四歩ほどを歩いたところでスペクエルは広場で一人立ち尽くす僕に気づく。
「どうかしたか?」
何かあったのか?と、僕へ首を傾げるスペクエル。
彼の呼びかけに気づき、僕は「なんでもない」と返す。
「そっか」
僕の反応にスペクエルはそう溢すと、止めた足を再度動かす。
先行するスペクエルの後ろ姿を目に、僕も施設の入口で待っているユルエルの下へ歩きだす。
施設内、食堂へ続く廊下、傍を歩くユルエルが僕に声をかける。
「体調はもう大丈夫ですか?」
「えっ!?」
ユルエルのその言葉に僕は何のことかと反応してしまう。
「今朝は朝食を口にしていなかったので、体調が悪いのかと。それなのに外出したと聞き、心配で……」
「あ、……」
ユルエルの言葉で思い出した。今日、朝食を抜いたことを。というか、昼も食べてないから僕は起きてから何も食べてないことを思い出す。
先生に顔を見せに行った時、あとでユルエルにも伝えないとと思っていたのにすっかり忘れていた。
「……ごめんなさい」
思い出すまま僕はそのことについてユルエルに謝った。けれどその言葉に彼女は……
「大丈夫なのですね」
隣で歩幅を合わせ、優しく聞くだけだった。
顔を向けるユルエルに僕は、
「大丈夫です」
と答えた。すると彼女は、
「良かった」
一言、優しく微笑んでくれた。
「晩御飯は沢山作ってあります。お腹いっぱい食べてくださいね」
「はい!」
怒ること無く。ただ優しく接してくれるユルエルに僕は心の中で感謝し、その笑顔に元気よく返事をする。
その日の夕食はいつも通りのメニューだったけど、僕はいつも以上に喰い。何度もおかわりをした。
おかわりの言葉を口にする度にユルエルは僕へ笑顔を浮かべてくれた。
今日という日はもう終わる。けれど僕は必要な分いやそれ以上のエネルギーを身体に蓄えた。
みんなが寝静まった夜中にもう一度外に出るのだから。
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