第9話 そっちの時間
「とりあえず、一旦座れ」
離すことの出来ないほど力強く掴まれた僕の腕。暫くは外そうと頑張ってみたもののそいつから腕を外すことが出来ないと理解した僕は、仕方なく先ほどのベンチに座り込んだ。
「急ぐ気持ちも分かるが、今戻ってもガブリエルは不在だぞ」
一刻も早く先を急ぐ僕に、まるで見て来たかのようにそいつは”先生”のことを口にする。
「なんであんたがそんなことを…まさか⁉」
見ず知らずのそいつの言葉に”もしかして”という事が頭に浮かび驚きから一転、僕は敵視するような眼差しとともにまたそいつへの警戒心を強める。
「違う違う俺はなんもしてない。ガブリエルは今、四大天使の会議に出席してるってだけだ」
僕からの敵意の視線に感づいたのか?そいつは手振りで否定する様子を見せる。そいつのその仕草に僅かな不安を感じつつも僕は向けていた警戒心を解く。
確かにそいつの言う通り、急いで帰った所で先生が居ないんじゃ話は聞けない。経緯はどうあれ、やっと伝が見つかったのに……
聞く相手はいるけど居ない。そんなもどかしい感情に苛まれ思わず頭を掻く。
「なぁ虚の少年…いや、エース君と呼べばいいかな?」
「なんで僕の名前を…」
そいつから呼ばれた自分の名前に僕の眼が見開く。
「あんたホント何者なんだ!天使じゃないとか虚でもないとか言って」
「俺がその堕天使の居場所を知ってるって言ったら……」
「!……なに」
そいつの言葉に僕は自分の耳を疑う。
「知ってるのか?」
「ああ、」
聞き返す僕の言葉をそいつは肯定する。
「じゃあ、教えてくれ!」
その勢いのまま僕は隣に座るそいつに詰め寄る。折角の情報源だ。逃がすわけにはいかない。教えない様ならこの力で……
そう考えながら僕は手で拳を作るもそいつの返答は望むまま。いや、望む以上のものだった。
「いいよ」
「え!?」
僕は思わず驚きを隠せないでいた。
そいつは僕が探す堕天使の居場所を教えてくれると言うのだ。
「いいのか?」
「言ったろ。こっちも急いでるんでな」
僕にそう言いながらそいつは帽子の奥で僅かに口角を上げていた。
そいつが何を急いでいて、何が狙いなのかは分からなかった。が、知りたいことを知れるならそんな些細なこと僕にはどうでも良かった。
「そんじゃ、とっとと説明するぞ」
そいつは空中に指を走らせ、一枚の絵を表示した。
なんだこれ……!?
表示されるそれに驚くもそいつはそんな僕を無視して操作を続ける。
「俺らが今いるのは天界東エリアにあたる青」
大きな絵は天界の全体図であり、そいつは青エリアを指差しながら説明を始めた。
「で、お前が探してる堕天使がいるがここ、天界西エリアにあたる赤だ」
絵の上で指をスーッと動かし、赤エリア部分をトントンと叩く。
「赤エリア近くの外れに古びた教会がある。ここからそこまで馬を使って、だいたい三◯分くらいか」
「分かった」
堕天使を居場所を知った僕は、その場所へ今すぐに向かうためベンチから立ち上がる。
そんな僕に「どこへ行く?」と当たり前のことをそいつは聞いてくる。
「決まってるだろ。今からその教会に行くんだよ!」
「ちょっと待てて、」
「僕は急いでるんだ!」
一刻も早くその教会に行きたいがためにそいつに対する僕の声が大きくなる。
「気持ちは分かるが、話はまだ終わってない。第一今教会に行ってもその堕天使はいないぞ」
止めるそいつの言葉に苛立つ気持ち顔に出すも僕は、少しずつ自分の感情を抑えベンチに座り直す。
「堕天使の奴らは日中は通常の天使に見えるよう偽装を施している。神や戦乙女たちでも見つけるのは困難なものだ」
「じゃあ、どうすればいい!」
話を再会するそいつに僕は怒りの矛先を向けるかの様に怒鳴る。
怒鳴った直後、僕は頭の中でふと我に帰る。
目の前に座る得体も知らないそいつが僕の求める情報を教えてくれてる。というのに、僕はそいつにどうしようも無い怒りをぶつけている。
こんなのただの八つ当たりだ。
頭では理解していても今の僕は誰に対しても牙を向けてしまう。
それでもそいつは、
「落ち着け。見つけるのは困難と言ったが、見つかられないとは言ってない」
反発することなく、冷静なまま僕に堕天使のことを教えてくれる。
「堕天使の活動時間は夜中から。お前が探している奴は夕暮れからで、街から天使たちがいなくなるころには例の教会に姿を現す」
「その時間に行けば確実に会えるのか?」
「その教会は奴の根城だ。ここのところ毎日そこにいる。話は以上だ」
「ありがとう」
お礼の言葉にそいつは「別に気にすんな」と言うかのように手を扇ぐ。
「じゃあ」と一言残し、僕はその場を後にすることにした。
最後まで謎のままだったけど悪いやつじゃなかった。むしろ良いやつだったな。
帰り際、頭の中にはそいつに対する印象の変化を感じていた。
*
求めていた情報を手に急いで帰る虚人・エースの後ろ姿を見守る。
ブー、ブー、ブー
ベンチに身体を預けるそんな俺の下に世界観を壊すような一本の発信音が鳴り響く。
スーツの内側。胸ポケットからスマホを取り出し、画面を一回タップしてからそれを耳に当てる。
『私だ。そっちの時間はどうだ?』
スマホから聞こえてくる男の低い声が俺に確認を取る。
「見てたんだろ。予定通りの時間に進むように促した。後はちゃんと進んでくれればってところだな」
『そうか。ご苦労様』
「で、どうする?もうちょっとこっちの世界にいて、観察してたほうがいいか?」
『いや、下手に居座ってまた行き止まりになったら面倒だ。帰還してくれ』
「了解。それじゃ、またあとで」
通話相手に言い残し、俺はスマホの画面を再度タップする。
通話を終え辺りに目を配るも公園内には天使の一羽も虚に影すらも無かった。
昼間の公園なのに寂しいものだな〜と感じながらも個人的に都合が良いと感じていた。
「帰って続きを
エースが走っていった方を見つめた後、俺はスッと眼を閉じその時間を離脱した。
*
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