第8話

 昼時の公園。吹き抜ける風が草木をなびかせ穏やかな外見を見せている一方、園内に設置されているベンチの一つでは不穏な空気が漂う。

 ベンチに座り直した僕は、同じように隣で腰を掛けているそいつに警戒意識を向け続ける。

 「はぁ~いつまでその仏教面でいるんだ?…言っただろ、俺は君の敵じゃない」

 深く被っている帽子に手を付けぬままのそいつは、呆れたようなため息を零す。

 「敵じゃないなら…僕に何の用?」

 そいつから呆れた様子を見せられた僕は、僅かばかりの申し訳なさからそいつへ向けている警戒心を少し緩めた。それにより周囲を漂っていた不穏な気配が薄れていった。

 「次の目的が分かんなくなってるみたいだったから、ちょっと手助けしようと思ってね」

 帽子越しからでも分かっていたそいつの視線が外れる。外れたそいつの視線が次に向いたのは、公園の中央にある小さな噴水だった。絶えず水を動かす噴水を見つめながらそいつは、僕に話しかけた理由を語る。

 「分かんなくなってない!例の堕天使を見つけて、あの白い花を返して貰う。今この瞬間も頭にある!」

 淡々と口にするそいつの言葉に苛立ちを感じる。目的を分かってないって、昨日からずっとそのことしか考えてないよ!何も知らないヤツに勝手な事を言われたのが、僕には余程腹が立った。

 「分かってねぇよ。君の言うそれはあくまで最終目的で、俺が言ってるのは現状打破の目的だ」

 「現状…打破…」

 「RPGゲームとかでよくあるだろ、まずは隣町に行こうとか、スライムを倒そうとかだよ」

 「ア、アールピージー…って?」

 そいつのする説明の中に出て来た聞き覚えの無い単語に僕の思考はついて行かなかった。ゲームって何?スライムって…

 耳にしたばかりの慣れない単語を口にしてすると、それを聞いたそいつの表情が少し強張っていた。

 「あー忘れてた。この世界、ゲームねぇんだった」

 口元に手を当て、何かブツブツ言いだすそいつ。

 「とにかくだ!最終目的を果たしたいなら何で話を聞きに行かない?」

 「っ⁉聞き込みならしたさ!街の天使たちや戦乙女の方々に」

 現状打破の目的って言うから何を言うかと思えば、話を聞きに行けだ?そんなこととっくに済んでるよ。こっちの気も知らないで…

 「何言ってんだ、その辺の素人天使に聞いて答えが手に入る訳ないだろ」

 「じゃあ、誰に聞けって言うんだよ!」

 全く、こいつは。と言わんばかりにやれやれと手を振るそいつ。そんな淡々と説明を続けるそいつに僕は声を荒げる。

 「誰って君、聞く相手なんて一羽しかいないだろ。素人や若人ワルキューレなんかよりこの世界に詳しい大御所大天使様が」

 その言葉を耳に、僕はハッとあることに気づく。

 そいつの言う一羽が誰なのか、一瞬にして僕の頭の中にその誰かのシルエットが浮かび上がってくる。

 「…先生」

 施設に住む僕らの先生・大天使ガブリエル。けど何で先生が知っているってことになるんだ。幾ら先生でも知らないことはあるだろうし…

 「大天使ガブリエル…この世界においては、神の次に上位となる存在の一羽」

 「けど何で先生なんだ?」

 真っ先に先生に聞きに行くという考えの結論に理解出来ないず、そいつに理由を聞く。

 「あ、何でって、そんなこと昨夜のランチとの会話で分かるだろ。ガブリエルは、あの会話の中で彼女が唯一『様』付けした存在だぜ」

 当然のことのように言うそいつの説明に僕は、流れ落ちようとしている昨夜の記憶を必死に救い上げようとする。

 思い返してみれば、確かにランチさんが様を付けたのは先生だけだった。

 そうと決まれば、こうしちゃ居られない!警戒心から浅く腰を落としていたベンチから離れ、僕は施設のほうへ向け走り出した。

 「あ、おい!ちょっと待て」

 しかし走り出す瞬間、僕の左腕がそいつのに掴まれた。

 「なんだよ⁉もういいだろ、急いでるんだ」

 僕は、掴まれた左腕を必死に抵抗させながらそいつへ叫ぶ!

 「わかってる。まぁ待て、こっちも急ぎなんだ」

 そう言って帽子の奥から瞳を覗かせるそいつは、僕の左腕を掴む力をより強固にするのだ。

 

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少年と高嶺の花 春羽 羊馬 @Haruakuma

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