第4話 白い羽舞う世界

 「ありがとうございます。それで足りないっていうのは…」

 手に落ちたコーヒーの熱で冷静になった僕は、コーヒーが零れないよう両手でカップをしっかり握り直し座っていた椅子に腰を下ろす。

 足りない。ランチさんが口にするその単語に僕の中でこの世界・天界に対する疑問が生まれる。

 気にし始める疑問に悩みだす思考を落ち着かせようと僕はまたカップに口をつける。

 

 「それじゃあ足りない部分について説明しようか」

 片手でハンカチを折り畳みポケットへ仕舞うとその手を持ち直したカップを握るほうの腕に乗せる。そんな何気ない動作をするランチさんの姿が僕の眼にかっこよく映った。

 「エースくんの言う通りここは死後の世界でそしてここは天使たちが暮す世界だ」

 「世界は白・赤・青・黒の四つのエリアに分けられており、それぞれ四大天使と呼ばれる天使長が管理している。またそれらの中央には神がいるエリアが存在する。ちなみにエースくんのいる青エリアはガブリエルさんの管轄だね」

 「ガブリエル…あ!先生のことですね」

 「先生…」

 天使長ガブリエル。ランチさんの説明に出て来たその名前を僕は知っている。というかそのガブリエルが僕の先生で、僕のことをエースと呼び始めた張本人だ。

 「はい。僕が暮す施設の先生がそのガブリエルっていう天使なんです」

 「はぁ~やっぱりか」

 何気なく口にした僕の言葉にランチさんの表情が曇っていく。

 「まぁ…あの天使様に関しては今は置いておこう」

 額に手を当てため息を零すランチさん。

 「話を戻すね。先に挙げたこれら四つのエリアは基本、エースくんのように死後、仮の肉体を得た者・うつろと呼ばれる者。そしてガブリエル様などを始めた天使たちやこの世界を守る戦乙女ワルキューレが生活している」

 額に置いていた手を下げ、冷静にこの世界について説明してくれるランチさん。

 ランチさんの言う通り僕は元々天界の住人じゃない。僕はランチさんの言う通りの虚だ。その証明として、僕の首には赤く光るシンプルな首輪が付けられている。

 ランチさんも僕の首輪を見て気づいたのだろう。

 「ランチさんは天使じゃないんですか」

 説明の中、ふと頭に過った疑問を僕は提示する。けどその後すぐ「ハッ⁉」とランチさんの説明を遮ってしまったことに気づき僕は口もとを手で隠した。

 「ん?そうだね…私は戦乙女なんだ。と言っても引退した身なんだけどね」

 説明を遮った僕に問題ないと手で示すと、ランチさんは喉の渇きを潤すためにカップに口を付け、軽く喉を鳴らす。

 

 「問題はこれ以外の存在だ。といっても目立つ存在は一つだけだがな」

 人差し指を立たせるランチさん。

 「堕天使という存在を知っているか?」

 「…いえ」

 堕天使?聞いたこともないその単語に僕は首を傾げる。僕の反応を見たランチさんの口からは「だよね」と分かっていたかのような感想が出た。

 「私のような存在や天使たちは基本、”誰かのために”を念頭に活動を行っている。君たち死者のためにとか、この世界のためにとか、けどアイツらは違う」

 「堕天使と呼ばれるアイツらはその反対で”自分のために”を念頭に行動している」

 堕天使について説明するランチさんの表情は、どこから寂しそうな感じだった。

 「僕がすれ違ったあいつも堕天使…」

 「…うん」

 唇に指を当て僕はあの時のことを思い返す。呟く言葉に同意するランチさんの声が聞こえてくる。

 うん?でも待てよ。それだとランチさんはそいつが堕天使だと分かった上で、あの白い花を売ったってことになるよな…。

 頭の中でランチさんの行動が矛盾しているのではという考えが浮かびだす。


 「じゃあ、なんでランチさんは…あの白い花をそいつに売ったんですか?」

 僕が思わず口にしたその言葉には、怒りに近い感情が乗っていた。

 そりゃそうだ。売る相手が悪いヤツだって分かった上でランチさんは、そいつに花を売っている。

 入店する資格すら無い僕がこんなことを言うのはお門違いかも知れないが、それでもランチさんの行動には少なからず矛盾があると感じた。

 「確かにそうだね…けど今の私に堕天使を止める権利は無いんだ。それにこの世界は堕天使に対して、天使たちは四大天使様や神様から極力関わらないようにと。お達しがある」

 ランチさんを責めるような僕の言葉に彼女は反論することなく。ただ自分が悪いと認めるような口ぶりをする。

 コーヒーに顔を映すようにカップの中を覗き込むランチさん。そしてコーヒーを飲み干すように口につけたカップを傾ける。

 「あの花は諦めな」

 飲み干したことで空になったカップとともに腕を下ろすランチさんが告げる。

 「新しい肉体を得て次の生命体として生きたいのであれば、アイツらとは関わるな」

 寂しそうな表情から一転して、怒りとはまた違う強い感情に満ちたランチさんの目が、僕のことを捉える。

 

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