第3話 花屋の店主『ランチ』

 「本当に売れたんですか?あの白い花は」

 甘くしたコーヒーで一息落ち着いた僕は、白い花について質問し直した。しつこいかもしれないが、それでもあの白い花がどうなったのか?それについて経緯や結果が詳しく知りたかった。

 「さっきも言った通りあの花は売れたよ」

 彼女は嫌な顔一つせず、しつこい僕の質問に答えてくれた。

 「…そうですか」

 同じ回答を耳にする。二回目だからかさっきよりは落ち着て聞いてられるけどやっぱりその答えを聞くのはつらい。

 再び揺れ始める自分の心に僕は甘いコーヒーを一口流し込む。温かいものを口にしたからかその口から白く濁った息が吹き抜ける。

 「…いつ売れましたか」

 コーヒーで整えた心を、また最初に戻すかのように僕は質問を続ける。

 僕に文句も言わず彼女は、カップに入っている苦いコーヒーを飲み続ける。

 「ほんの一時間くらい前だ」

 「…誰が買っていきましたか」

 確信している現実に心が揺らぐ。

 「スーツ姿の女だったよ」

 耳に入ってくる白い花を買った客の見た目に僕は覚えがあった。さっき店にくる一回目の通り道ですれ違った天使だ。やっぱりあいつだったんだ。

 「そうですか。やっぱりあの天使が…」

 「やっぱり…?」

 「はい。さっきすれ違ったんですそのスーツ?姿の天使と」

 自分の記憶と彼女からの情報を照らし合わせ納得していると、

 「すれ違ったって⁉」

 僕の言葉に彼女が驚きの声上げる。コーヒーを飲んでいる最中で思わずカップを口から離したからか、口の端からコーヒーの跡が顎先に伸びていた。

 彼女は口元に流れるコーヒーを拭いながらカップを机に置くと、

 「何もされなかったか」

 空いた両手で僕の肩を強く掴み、身体のあちこちを見始める女。

 「な、なんですか急に」

 「何もされなかったか!」

 怒りに近い感情を乗せた彼女の声が僕に迫る。彼女の表情にさっきまでの冷静さは無かったけれど焦りとは違うものを見せている。

 「いえ何も、すれ違ったって言っても僕走ってたんで、それこそ顔も見てないですし…」

 「…そうか。なら、よかった」

 僕の肩から手を離し、彼女はホッと安心したような息を零す。

 なんか変だ。僕があの天使とすれ違ったってだけで、彼女はどうしてこんなにうろたえているんだ。

 「きみ、今どこに住んでいる」

 「え?」

 なんでそんなことを聞くんだ?彼女からの質問に僕は思わず変な声を出す。

 「だから住所だよ。住所」

 「え~と、天界第一地区青天界二番地・絵札の庭です」

 催促してくる彼女に戸惑いながらも僕は住んでいる場所を喋れる。

 「…ガブ様のところか」

 女はボソッと何か愚痴を吐き、カウンターに置いておいたカップを再び手に取る。

 「きみ、名前は」

 「名前は無いです、けど先生や周りからはエースって呼ばれてます」

 そう僕には名前が無い。なんで無いのかは分からないけど先生たちからの呼び名があるから個人的に困っているわけでもない。

 「そうか、私はランチっていう、突然の自己紹介だがこの店の店主をしている者だ。よろしく」

 「よろしくです。…ランチさん」

 「エースくん。さっそくで悪いんだが君はこの世界のことについてどこまで知っている?」

 「死後の世界でここは天使たちが暮す世界だって先生からはそう聞いてます」

 「…そうか」

 ランチさんは空いてる手を額に当てつつ遅れながら返事をする。

 「え、違うんですか?って、アッチ!」

 ランチさんのその反応に僕も思わず身を上げる。しかしその時手に持っていたカップから僅かばかりのコーヒーが零れた。

 「おっと、大丈夫かい。まぁ間違いでは無いかな、けど足りないと言えば噓になるかな」

 そう言いながらランチさんはエプロンのポケットから取り出したハンカチで僕の手を拭いてくれた。

 

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