第一章 硝子越しの初恋

第1話 硝子越しの初恋

 散りばめられた石ころが舞う青黒交じりの宇宙そら模様の下には、僕が暮す白く彩られた街並が広がっている。

 街の外れにある一軒の店・『一本道いっぽんみち』 店の外からでも分かるくらい沢山の花を置いてる花屋だ。

 僕はある花を見る為に、ほぼ毎日この花屋に足を運んでいる。ただ…僕は、その花を店の外の窓からしか見ることが出来なかった。これには理由があった。

 僕の住む街やそこにある店や施設には、その場所特有の様々な約束ルールが存在するのだ。この店にも約束があり、それが入店する天使の歳が結婚できる年齢であるということだった。

 この約束をクリアしていなかったため僕は花屋に入ることができず、いつもその花を店の外の窓から覗き見るしかなかった。それでも僕には十分だった。


 僕がこの店を訪れるようになったのは、数週間前のことだ。

 その日いつもと違う道を通って帰ろうと思った僕は、この道で店の前を通った。その時、店内に置かれていた白い花が窓の硝子越しに僕の視界に映った。目に映った瞬間、僕の心に新しい気持ちが生まれた。その気持ちは…恋というものだった。

 恋。僕はそれについて、本で読んだことがあった。地上に住む生物が持つ気持ちだと。主に人という生物には、一目で相手を好きになるという現象が存在し、それをというらしい。

 僕の中に生まれたこの気持ちは、まさにその初恋というモノだった。初めて感じたこの気持ちは、悪いモノではなくむしろとても良いモノだった。

 それからというもの僕は、毎日ようにその花屋に行くようになった。

 宇宙模様が青い日も、黒い日も、太陽が暑い日も、廃棄物デブリが降る日でも、白が荒れた日でも、僕はあの白い花に会いに行った。

 いつしか僕は花に対して、話しかけるようになっていた。

 今日あった出来事、楽しかったこと、嫌なこと、明日楽しみにしていること。そんな他愛もないこと、些細なこと、色んなことを硝子越しに話した。

 僕は花とのその日々が楽しくて、嬉しくてしょうがなかった。でもそれが永遠近くいつまでも続くことは、無かった。


 それがあったのは、あの白い花と出会って、宇宙模様が一周まわったころだった。

 その日は急にちょっとした用事が入り、いつもより花屋に向かうのが遅くなってしまった。

 宇宙模様がオレンジから黒に変わるころだった。

 僕はあの花に一分一秒でも早く会いたくて、いつも以上の速さで花屋へと向かった。お店に着くころには僕の息は上がっていて、まともに喋れるような状態ではなかったけど、いつものように白い花へ硝子越しに話しかけた。

 「ぜぇーはぁー…ごめんね。今日はちょっと遅くなっちゃっ……て、」

 息が切れていることなんて忘れるくらいの光景が、硝子に僕の目に映っていた。

 植木鉢が沢山並ぶ棚に鉢1つ分の空白があった。空白の位置は、あの白い花の鉢が置いてあった所だった。

 頭が真っ白になった。ただ空っぽになった棚のその位置を目に映しながら真っ白になった頭には、徐々に幾つもの思考が駆け巡った。

 (なんで、なんで、)

 (昨日まではあった)

 (いつなくなった)

 (何時に)

 (誰が)

 (白い花は)

 思考が駆け巡っている内に、呼吸はゆっくりと落ち着いていったところだ。が僕はまた走り始めた。もし誰かがあの白い花を買ったのだとしたらそいつに会えるかもしれないと、僕の思考は一時的な極論を出したからだ。

 僕は自分の考えに従い自分の来た道から街まで。と反対側とその周辺の捜索を始めた。


 まずは、反対側とその周辺へ走った。

 あたりを捜索すること数十分。特に気になるモノやこの世界に住む天使たちの姿も無かった。

 それもそのはずだ。ここは町の外れで本来、生物が出歩くような場所じゃない。僕自身も寄り道で見つけた場所だ。

 ハズレと判断して、一旦花屋に戻ろうと思った時だ。僕はあることを思い出した。

 今日花屋へ向かって走っていた時に、店のある方向から来た背の高い天使とすれ違ったのを。片手だけ白い手袋をしていた妙な天使、手に紙袋を持っていたのを。

 「あいつか!」

 踵を返し、街のほうへ全速力で走った。可能性と呼ぶにはほど遠いその記憶に賭けて。


 走ること数分、街に戻ってきた僕は例の天使を探し始めた。街に居る何羽かの天使に聞いたが、そんな天使は見ていないし、波長も感じてもいないとのことだ。

 気づくのが遅かったとそう僕は思った。空っぽの棚を見たときに冷静な思考をしていればどうにかなっただろうか?と。でもあの空っぽの棚を目にした時点で冷静な思考なんて出来やしない。過程はどうあれ僕自身が確信していた。確信した理由は、冷静な思考が出来なくなるくらい僕は、あの白い花が大好きなのだと。

 僕は走り疲れた足にもう一度気合を入れ直し、花屋【一本道】に向かって動かした。


 店の前まで戻ってきた。

 店先に出ていた数種類の花はもう無く扉も閉まっており、CLOSEの札が掛けられていた。

 僕は、もう一度あの空っぽの棚のところへ向かった。

 窓の向こう側に置かれている白い花が置かれていた棚は、空っぽのままだった。

 目を逸らしても、瞬きをしても、そこにはもうあの白い花は無かった。空いた棚からは真っ暗な店内しか映らない。

 諦められない気持ちを残しながらも僕は家に帰ることにした。けど最後にもう一度空っぽの棚を目にしようと振り返った時だ。

 真っ暗な店内、その硝子越しから誰かが僕のことを見つめていた。小さな光から見えるその誰かの目に僕は驚いた。

 「うわっ⁉」

 ビックリして、尻もちをついてしまい棚から目を逸らしてしまう。

 僕はゆっくりと立ち上がり、恐る恐る棚をもう一度見た。が、誰もいなく光もくなっていた。

 見間違いか?と思ったその時だった。「ガチャッ!」と店の扉が開く音が、耳に入ってきた。

 扉のほうに目を向けると、そこには女性が一人立っていた。

 長い髪を後ろで一つに纏め、眼鏡(本で読んだ)というモノをしており、白い服の上から藍色のエプロンをしてるその女。

 彼女は、扉からまっすぐ僕に近づいてきた。

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