少年と高嶺の花

春羽 羊馬

プロローグ

第0話 遠い遠い未来

 落ち着いた雰囲気の店内。その空間に合うBGM。

 俺は今、店内のカウンター内に置かれたキッチンでコーヒーを入れている。

 カップに注がれるコーヒーが心地の良い音を奏でる。同時にカウンターから見えるテーブル席から賑やかな声が聞こえてくる。

 コーヒーが注がれたカップを三つ。それら銀色のトレーに乗せ、俺はそれを賑やかなテーブル席へ持っていく。


 「お待たせ致しました。ブレンドコーヒーになります」

 「ありがとうございます!」

 椅子に座っている三人のお客さん。彼女たちからお礼の言葉が送られる。

 テーブルに置かれたカップを手にする一人の女の子。肩までかかる長い茶髪が特徴的な彼女の名前は、百一ももいち紫織しおり。百一さんは、手にしたカップを同じ席の子に渡していく。

 「ありがとう」

 「ありがと…」

 百一さんに礼を言い、二人は彼女からカップを受け取る。一人は、水色の髪が垂れ下がったうさ耳のように特徴的で大人しい感じの女の子・霧雨きりさめわかな。もう一人は、トレードマークのように首からヘッドフォンをかけたクールな女の子・橋渡はしわたし叶託かなた。彼女たち三人は、よくうちに来てくれる常連さんだ。

 今日もいつもの四人席で楽しく談笑している。


 目に映るこの光景だけを切り取れば女子高生たちの午後の日常なのだが、

 「…え!あたしの分は⁉」

 四人席に仲良し三人組。本来なら一席分余るはずなんだが、今時いまその席には一人の女性が座っている。

 俺・白花しろばなまもると同じように店のエプロンを身に着けた黒髪ショートの女性が、若い子たちの輪に交じっている。

 俺は手に持っているトレーを軽くポンっと、黒髪女性の頭の上に乗せた。

 「あるわけないでしょ。というかサボってないで仕事してくださいよ

 「えー!い~じゃん別に。今時はお客さんこの子たちしか居ないし、それに女の子が集まったら女子会したいじゃん!交ざりたいじゃん!」

 「じゃん!っじゃないですよ」

 俺の言葉に頬をぷくっと膨らませる黒髪の女性・黒崎くろさきはな。彼女は、俺が住み込みで働いているこの店『喫茶店きっさてん守花もりばな』の店長だ。

 現在の時刻は十四時を過ぎたところ。

 実際、華さんの言う通り今いるお客さんはこの子たちだけだし、そこまで忙しくもない。けど他にやる事はあるし、やっておきたい事もある。

 「いいんじゃないですか?守さん」

 華さんに仕事をしてもらう理由を考えている俺に百一さんが提案する。

 「私も少しくらいならいいと思います」

 百一さんに続き形で霧雨さんも小さく手を上げる。

 百一さん、霧雨さん、華さんの三人は、キラキラと輝かせるその潤んだ瞳で上目遣いに俺を見つめてくる。その瞳に俺は…

 「はぁ~、分かりました。少しだけですよ」

 悩んだ末、俺は首を縦に振った。

 俺は、彼女たち女性陣に負けてしまった。そうなのだ。彼女たちの上目遣いに弱いのか?それともただ単に俺が甘いだけなのか?どちらにしろ結局俺は、彼女たちの要望を許してしまうのだ。

 頭を悩ませる傍ら俺の耳には、「やったー!」と喜ぶ四人の声とともにハイタッチする音が聞こえてくる。(あれ、喜んでる子が一人増えてる?)

 俺はふと、橋渡さんのほうに目をやる。彼女も丁度、俺のことを見ていたのか?お互いにすぐ目が合った。

 橋渡さんは首を傾げて、頭にクエスチョンマークを浮かべた様な表情を見せてきた。

 彼女は、いったい何を考えているのだろうか?今日に限った話ではないが、橋渡さんのことがたまに分からなくなる。

 はぁ~、考えてもしょうがない。俺はため息を一つ零しつつカウンター内のキッチンへと戻ることにした。零したため息は、既に話しに夢中の彼女たちが気づくことは無かった。


 キッチン周辺の片づけを初めに珈琲豆の補充、調味料や消耗品の在庫確認など色々なことに取り掛かった。

 「それじゃあ気を取り直して、次は誰の話にする?」

 話しを切り出す百一さんの声が聞こえてきたのを最後に俺の耳は、作業音以外の音を通さないようになっていた。



 「それじゃあ気を取り直して、次は誰の話にする?」

 対面右斜め前の席に座る紫織しおりが話しを戻す。それと同時にまもるさんがカウンター内へ戻ってしまう。てっきり聞いて行くものだと思ったから。

 守さんの話聞きたかったな~。「やったー」って言ったのもその気持ちがあたし・橋渡はしわたし叶託かなたの心の中にあったからだ。


 「ねぇ、紫織。最近どうなの彼とは」

 話しに戻ったあたしは、最初に話しを戻した紫織自身にふる事にした。

 不意を突かれ「え、⁉」と声を出す紫織。あたしの質問に紫織の顔が少し赤くなっていく。

 「え⁉なになに紫織ちゃん好きな子いるの?お姉さん気になるな~」

 あたしが口にしたその一言に喰いついたはなさんが、興味津々に紫織のことを見つめる。

 「紫織ちゃん。月ノ和くんのこと好きなの?」

 わかなも彼の名前を口にする。

 「誰なのその月ノ和くんって」

 話題に上がった”月ノ和”という名前について華さんが、あたしとわかなに聞いてくる。

 「クラスの男子で、月ノ和つきのわ凜甘りんかくんっていう子がいるんです」

 月ノ和くんについてわかなが華さんに説明する。すると月ノ和くんの名前に聞き覚えがあったのか?彼の名前を復唱し考え始める華さん。

 「凜甘くん…凜甘くん…月ノ和凜甘くん…どこかで聞いたような?……は!思い出した弟の友達だ!」

 華さんが出した答えにあたしとわかなが「え!」「弟さん?」同時に反応する。

 「そうそうこの間、弟が通話してる時に聞こえてきたんだよ。凜甘って」

 あたし、わかな、そして恥ずかしさから冷静さを取り戻した紫織の目が華さんのほうに向く。それもそうだなんで華さんが月ノ和くんの名前を?ていうか弟いたの⁉そもそもそこからが初耳なんだけど。

 「え~と、弟さんの名前って?」

華さんの弟について気になったあたしたちは、華さんに聞くことにした。弟さんが何で月ノ和くんと友達なのか?どういう繋がりがあるのか?しかし次の瞬間、あたしたちは華さんの口から出たその名前を耳にした時、ビックリしたと同時によくよく考えれば簡単な答えだったということに気づくのだった。

 「あたしの弟、桜夜っていうの黒崎くろさき桜夜おうや赤石あかいし高校の二年生だよ」

 「あー!!!」

 「え⁉なになにどうしたの?」

 あたしたち三人の反応に驚く華さん。

 黒崎桜夜。あたしたちはその人のことを知っているのだから。

 「あー、言ってなかったけ華さん。あたしたちの高校も赤石なんだ」

 「聞いてないよー!」

 あたしたちが通う学校を華さんに言ったのは、初めてだったようだ。店にはよく足を運ぶのにあたしたちは、まだお互いに知らないことが多いようだ。

 あたしの隣の席で華さんがうんうんと頷いていた。

 「なるほどね~。で、紫織ちゃんはその凜甘くんって子のことが好きだと?」

 先ほどの恋バナの流れで華さんが紫織に質問する。

 「え、いや別に、好き…とかじゃないけど」

 「じゃあ、嫌いなの?」

 「嫌いじゃないよ!ただ…先生からの頼み事を手伝ってくれたり、休んだ日のノートデータとってくれたり、この間なんか自分の傘を貸してくれたりして、私は優しい人だと思っているよ…」

 「「「へー」」」(((めっちゃ好きじゃん)))

 あたし、わかな、華さんから送られる視線に紫織の顔がさっきよりも赤くなっていった。

 「はい。この話はおしまい!次行こう。次」

 強引に話を終わらせようとする紫織から華さんが更に話を聞きだそうとする。そんな華さんを無視してカップに入ったコーヒーを口にする紫織。目の前の光景を楽しみながらも次の人に話題を移そうとあたしは、華さんにある質問を投げた。

 「華さん。守さんって恋バナとか。その~女性関係の話って無いんですか?」

 「守?う~んそういう話しないからな~。あたしもよく分かんないかな」

 「ちょっと気になりませんか?」

 あたしは、話のターゲットを守さんへ向ける様に華さんに持ち掛けた。

 「…いいね」

 そう言い不敵な笑みを浮かべた華さんは、「守。ちょっと来て―!」と店内に響き渡る声量でカウンター内で作業する守さんに呼びかける。

 客観的に見れば、紫織への興味を逸らすようにしたけど実際のところは、守さんのことを知りたいっていうあたしの気持ちが一番だった。やがて華さんに呼ばれた守さんがあたしたちのテーブルに戻って来た。



 カウンター内の清掃や消耗品の補充・確認を終え、一息着いたところだった。

 「守。ちょっと来て―!」

 百一さんたちがいるテーブル席から俺のことを呼ぶ華さんの声が聞こえてくる。俺はその呼び声に返事をしつつ彼女たちがいる席へ足を進める。

 「は~い。なんですか」


 カウンターから出て彼女たちのいるテーブル席へ向かう。向かう途中、俺の姿を目に映した華さんが「早く来い!」と言うように手招きをしている。そして席の傍に立った俺は、彼女と目が合った。華さんの隣に座る橋渡さんだ。

 「守さん」

 「はい?」

 「あの~守さんは恋愛経験ってありますか?その…初恋の話とか…」

 …恋愛経験?初恋の話?俺の?なんでそんなこと聞くんだ?…考えても彼女たちの会話が見えてこなかった俺は、近くに座っている霧雨さんに聞くことにした。

 「初恋…?え~と何の話?」

 「恋バナです。さっきまで紫織ちゃんの話を聞いてて、それが終わったら次は白花さんに矛先が…」

 矛先が向いてしまったからか?「すいません」と言うように霧雨さんが俺に伝えてくれた。

 霧雨さん以外の三人を見ると百一さんと華さんはワクワクした目で俺のことを見ており、一方で橋渡さんは目が合うとすぐ逸らされてしまった。

 「初恋か~」

 初恋。思えばそれについて考えるのは初めてだった。少しばかり初恋のことを考えた時だ。ふと席に着く彼女たちに視線を戻すと俺を見る彼女たちの目の色が変わっていた。

 そこには期待に満ちたワクワクした目は無く。彼女たちからのただ不安なモノを見ている目があった。

 俺は「どうしましたか?」と皆さんに尋ねると、少しの間が空いた後に華さんが答えた。

 「守…くん。…君が泣いてるからだよ」

 華さんにそう言われ、俺は片手で自分の目元を拭った。拭った手の甲には少しの水滴が乗っていた。

 涙を見て分かった。俺…いや、僕は初恋それを思い出した。遠い遠い初恋の記憶を…

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