第5話 自己紹介 実はメイドを主人公にする初期案だった。

「さっきはありがとう。おかげで助かったわ」

 あれから、助けられた私は歩いてすぐの中央公園セントラルパークと呼ばれる、代々木公園ほどの広さのある場所に来ていた。背の高い木々が等間隔に植えられ、中心部には数十組のテラス席が完備されたカフェが併設されている。そこで腰を落ち着け、喉を潤す為に運ばれてきた紅茶に口を付けてから、先ほどのお礼を述べ、本題に入ることにした。


「それでお嬢様ロールプレイの件なんだけれど」

「おっと、その前に俺らまだお互いに名前を知らないから自己紹介をしたいんだが」

「ああ、ごめんなさい。少し性急過ぎたわね」

 大学生の余裕を見せるために話の主導権を握ろうと話題を持ちかけたのだけれど失敗した。ちょっとはずい。


「それじゃ私から……RPした方がいい?」

「今回はいらないな」

「そう……。私のプレイヤーネームはおフィーリア。RP中はお嬢様とかお嬢って呼んでちょうだい。天恵は【令嬢】で、対価は【悪役】 ステータスは精神力とアイデアに多く振ってるわ。チュートリアルはまだね」

キャラメイク時、【令嬢】によって精神力と発想力の補正があると記載されていたため、その二つのステータスを中心に、余ったポイントは筋力以外にバランスよく振った。近接戦闘しないし。


「じゃあ次は俺だな。俺の名前はステュアート。気軽にアートとでも呼んでくれ。リアルの都合で、平民上がりの口悪執事RPをやってる。天恵は【執事】対価は【血気盛ん】ステータスは肉体と筋力、器用に振っている。メインクラスは【喧嘩士】で近接戦闘が得意だな」

 クラス【喧嘩士】はどうやら素手とかナイフで戦うタイプらしい。あとはデリンジャータイプっていう拳銃使用時にも補正が入るとか。


 ステュアートの自己紹介が終わると、シャーロットは椅子から立ち上がり綺麗なお辞儀をして自己紹介を始めた。

「最後は私ですね。私の名前はシャーロットです。気軽にシャーリーとお呼びください。このゲームでもメイドとして活動していく所存です」

 とても演技とは思えない、まるで本物のメイドがその場にいるような所作に息を飲む。

 こっそりとステュアートに耳打ちする。

「え、この娘マジもんのメイドさんなの?」

「あー、シャーリーはそのーメイドが好き過ぎて、その道のプロからいろいろ教わったらしくてな」

 それはもう本物のメイドと遜色ないのでは?わたしは訝しんだ。


「先輩方、よろしいですか?」

「え?ああ、すまんシャーリー続けてくれ」

「それでは改めまして、天恵は【メイド】 このクラスは給仕という回復スキルが使用できます。続いて対価ですが【弱いものイジメはダメっ!】というスキルです。こちらは私よりも低いステータスの相手に攻撃が通らなくなる代わりに、与回復量が上昇するというものです」

 回復に特化させる代わりに非戦闘要員になるスキル……。メイドが戦闘要員なんて漫画の中だけなのね。


「攻撃が通らないのって不便じゃないかしら?このゲーム確かRPGだったはずだし」

「そこまで不便ではないですね。基本は裏方でバフ用に調理したりお茶淹れたりするだけですし、それに先輩が守ってくれるので」

「幼なじみのよしみだよ。シャーリーの母親にも世話になったしな」

「なんだか妬けちゃう関係性ね」

「このゲームも先輩に一緒にやろうって誘われたんですよ」

 あらあらあらあら、なんだか青春って感じがするわね。


「シャーリーとの関係はとりあえず置いておいてだ。RPの件は俺もシャーリーもOKだ、リアル都合の話になるんで詳しくは言えないけどお嬢様役を探してたのは確かだな」

「そうなのね。それはちょうどよかったわ、でも私RPするって言っても、イベントとかクエストストーリーでNPCと話すときくらいよやるの」

「それでいいと思うぞ。四六時中役になりきるなんて、それこそこいつみたいな奴じゃなきゃ無理だ」

 そう言ってシャーリーを指差す。

「先輩、なんですか、私がおかしいって言いたいんですか?私はただメイドが好きなだけですよ」

「いや、好きすぎじゃん?」

 はっと口許を押さえるステュアート。口を滑らせたみたい。

 それから二人のいちゃつきみたいな口論は店員がおかわりの紅茶を淹れてくれるまで続いた。


◆◆◆


「チュートリアルはまだだったんだよな確か」

「ええそうね。ヘンタイに追われてたせいで場所も確認できてないわね」


 先ほどの男を思い出したのか深々としたため息を吐いたステュアートは、テーブルの上のスコーンにクロテッドクリームを塗りたくって一口で頬張って緩い笑みを浮かべる。どうやら甘いものが好きなようで、彼の前には様々なジャムが置いてあった。

その中のキャロットジャムを貰い、私もスコーンを楽しむ。人参特有の青臭さが消え、甘さとほんのりと感じるレモンピールの酸味が、小麦の香りの強いスコーンと調和し、紅茶の風味を引き立たせる。現実でもそうそう口にできない上品な味わいに満足する。


「場所だけ教えてくれれば、私だけで向かうわ。現実だともうそろそろお昼でしょうし」

「助かる。この後俺らも用事があったの忘れてたし。先にフレンド登録だけしとくか」

 メニューからフレンドコードを出してステュアートたちと交換する。

「ほい、完了。チュートリアルが受けられる場所は、この公園から見えるあそこのビルだ。ウィリアムズ女王御用達クイーン・オブ・ウィリアムズって名前のデパートだ」

 指差した方向には、周囲の建物と頭一つ抜けたビルがあった。丸味を帯びた屋根、アーチの架かった柱、窓にはいくつもの色鮮やかなステンドグラスが嵌められ、おそらく修道女だろうものを象った彫像が祈りを捧げるポーズでステンドグラスの前に設置され、バロック様式の建築物を思わせた。

「あそこにチュートリアルが受けられる場所がほんとにあるの?なんかお高いデパートなんだけど見た目」

「そうですね。あのデパートは国が運営していまして、一階と二階を百貨店。三階と四階を公営組合パブリック・ギルドの受付と組合に参加している各工房の事務所兼斡旋所になっていますね。チュートリアルは三階で受けられますよ」

 シャーリーが私の漏らした疑問に答えてくれた。役所とデパートが一緒になっているのは不思議な感覚だけど、大学にカフェやコンビニがあるのと似たようなものなんだろうか。

「んじゃお嬢、俺らは一旦落ちるわ。——お嬢様RPの件はOKだー」

「それではお嬢様、私も一度ログアウトさせていただきます。——大体は、先輩といるので先輩にフレンドチャットを送っていただければ私も付いてきますよ。あっ、ここのお題は払ってあるので心配しないでください」

「今日はありがとう。んんっ——今日は助かったわ!ステュアート、シャーリー!ゆっくりと休んでちょうだい!」


 二人と別れ、ギルドへ向かうことにはするが、その前にやっておかなきゃいけないことがあった。私はそれを果たす為に、ベルを鳴らし控えていた店員を呼ぶ。

「このスコーンと紅茶のセット一組ください」


 先に代金を払ってくれていたシャーリーには感謝した。余った金額と私の所持金で追加分はギリギリ払えたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る