第4話 出会い メイド少女と執事とお嬢さま

 ステータスの振り分けも終わり、ゲームの世界へと降り立つ。視界が鮮明になっていくにつれて見えてくる世界観。

 規則的に並べられた石畳。レンガ造りと鉄筋コンクリート造りの混ざった家屋。少し遠くを見れば、走っている馬車が見える。


「うわあ!すごい!これが夢にまで見た王都の街並みなのね」

 お嬢様っぽいRPを少し交えながらお上りさん的なセリフを吐く。

 今から街中を歩くのが楽しみ過ぎる。


「さて、じゃあチュートリアルやりましょ——」

「うっわーキミそれレア天恵でしょ。いいねえしかもその絶妙に生意気な子供感がそそる」

 うん、なんか変なの来た。無視しとこ。


「レア天恵は初期装備が変更されるらしいね。キミのはドレスみたいだね、なんの天恵なんだい?」


 無視しながら、チュートリアルを行う為の場所に向かう。脳波でセクハラ判定を男が下されているおかげか一メートルよりこっちは近づいてこないけど、後ろをぴったりとストーキングする姿がとにかく気持ち悪い。アバターはイケメンに作ってあるはずなのに、言動のせいなのか動き方なのか、嫌気がさすほどに気持ち悪い。サービス開始から二週間経ったからなのか、最初期位置周辺に他のプレイヤーはおらず、低い敏捷値をフルに活用して逃げ回る。


「ねえねえなんで無視するんですか?僕はあなたの天恵が知りたいだけなんですよ?できればフレンドとかになっちゃったりなんかしちゃったりしてあわよくば親密な関係にはなりたいですけど」

 ねっとりした絡みつくような視線と喋り方に、仮想現実の世界なのに背中から腕にかけて鳥肌が立ったような感覚。リアルを追求したVRの弊害がまさかこんなところで味わえるとは思わなかった。


「ああでもキミダメだよそっちは。行き止まり……ああ!実は逃げるふりして誘ってたのかなんだなんだいやあモテる男はつらいね」


 完全に鼻の下を伸ばした男が言う通り、マップも見ずに逃げ回った先は行き止まりだった。だが相手も路地の入口よりこちらには来られない。走っている最中には見つけられなかった運営呼び出しをメニューから探していく。

 ふと、視界にいた男が何かしているのが見えた。腕をピンと伸ばし、運動が苦手な人がボールを投げる時の投石器を彷彿とさせるポーズで手に持っていた何かを投げてきた。


「あっぶなっ」

 顔すれすれを通り過ぎ、後方の壁に当たるとこつんと音を立てて白い何かが足元に転がってくる。見た目からすると何かの骨にみえる。

「ああ惜しい。ほら彼女、それをこっち投げ返して愛のキャッチボールをしようぜ

(星)」


 正直イラっと来た。相手の言葉に乗ってやる筋合いはないけれど一発かましてやろうと、足元の骨を拾い上げ、野球選手の真似をして腕を振りかぶり、肘がピンと伸びてしまっているのは気にせず投げつけた。気合を入れ過ぎて目も瞑ってしまう。

「は?」


 間抜けな声が聞こえ、閉じていた目を開ければ、目の前には骨が落ちていた。今の私の身長での歩幅でも小股で一歩行かない位置に。

 路地の入り口に立つ男も心なしか呆れているようにも見えてしまう。

しかし仕方がない。なにせ私の体育の成績は小中高とアヒルの散歩。大学に入ってからはスタイル維持のためのストレッチ以外してこなかったのだからっ……!


「へ、へへへ。そのお嬢ちゃん……ぐぷぷ!!」

 唖然としていた男の顔が見る見るうちに赤くなり、耐えきれないとばかりに腹を抱えながら大声で笑いをこぼした。

 ものすごくぶん殴ってやりたいけど我慢。運営呼び出しでセクハラ対応申請も終わった。あとは待つだけだ。


「あー笑った笑った。もういいか。キルしてリス地でまた待てば」

 そう言って男はインベントリから弓矢を取り出して構えた。さすがに一メートルの距離から射られたら避けるのは絶対に無理。諦めて目を瞑る。


「そこのヘンタイさん!なにをしているのですか」

 凛としたけれどもまだ幼さの残る少女の声が裏路地に響き渡る。

「うおらッ!!」

 次に勢いのある青年の声と共に何かが吹っ飛ぶ音。恐る恐る目を開ければ、ファイティングポーズの執事服の青年と、こちらに微笑みながら手を振るメイド服の少女が立っていた。

「大丈夫か?お嬢ちゃん」

 執事服の青年が訊ねてくる。

「え?あ、大丈夫です」

「そうか、よかった。シャーロット、GMコールしたか?」

「しましたよ先輩。あの人どうやら常習犯みたいですね。もしかして当たりでしょうか」

「かも知れねえな」

 ウィンドウを操作しながら会話をする二人。余裕な態度でダル絡み男への対処を行っている。

「な、なんだオマエラ!ボクの恋路を邪魔するのかあ!」

「うるせえっ、てめえただのストーカーだろうがよ」

 執事の青年が呆れたようにヘンタイ男へ言い返す。逆上した男が拳を振り下ろそうとした直後に運営への申請が通ったのか、男はそのまま消えた。ざまあないわね。


「助けていただきありがとうございます」

 助けてくれたことにとてつもない感謝を込めてお礼を口にする。駆け出しじゃなければご飯でもおごっていたかもしれない。

「良いっていいって、あのヘンタイのせいで新規さんが怯えてこのゲーム来なくなったら俺らも困るし」

 照れくさそうに頬を掻く執事君。その隣では、こちらをじっと見つめるメイドの少女。


「先輩、先輩。この子、私のお仕えしたいセンサーがビンビンに反応するんですが?この子を私たちのご主人様役にするのは……」

 視線はこちらに向けたままこそこそと執事の青年に話しかけている。内容は丸聞こえだった。

「シャーロット、セクハラされてた女の子にいきなりご主人様になってくださいなんて言うなよ?こっちも出会い目的みたいに思われるだろ」

「えーでもー。先輩だって演劇の練習どうしようって言ってたじゃないですかー」

「だってもでももない。ほら行くぞ」

 そのまま手を引かれ名残惜しそうにこちらに手を振ろうとしてくるメイドに、私は人前で令嬢のロールプレイをすることの羞恥心に耐えながら告げることにした。


「いいわよ。ちょうどよかった。私のことを助けてくれたお礼に、私の従者になることを許可してあげるわ!メイドさんたち——」


 急なロールプレイに目を見開いた二人。本当にちょうどよかった。令嬢だけでいるよりも、従者がいた方がよりお嬢様感出るものね。ここでこの出会いがなにもないまま終わったら私は一人寂しいただのぼっち令嬢になってしまうもの。だから、

「——ていう感じの、わがまま令嬢ロールプレイをしていく予定なんだけれど、私と一緒にならない?お二人さん?」

 だから私は、打算的に動くことに決めた。

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