第12話 ベリスの屋敷へ

 アスティリアは父クロヴィスに頼み込んで、義理の兄が住まう屋敷へ向かう。

 ……もちろん、車でだ。


「どうしたの? アスティ」

「い、いえ。こんなに長くて広くて、素敵だな、と、思いまして」


 ティアレーゼは知的好奇心が掻き立てられる状況に歓喜を禁じ得なかった。

 アスティリアの知識がなくてはマインベルに怪しまれていただろう。馬車で乗る感覚と似ているが、安定感は黒塗りの高級車としては最高峰物なのだろう。


『……魔女様は車は初めてですか?』


 馬車なら経験があるわ。それが何?


『いえ、とても楽しそうでしたので』


 ……知らないことを知る喜びにどこまでも貪欲なだけよ。悪い?


『……いいえ、魔女様って可愛らしいところなのですね』


 ふざけてる?


『い、いえっ、そういう意味ではっ』


 声だけとはいえ、彼女が身振り手振り振っているのが容易に想像できる。

 アスティリアが貴族だとよくわかる側面を突きつけられた気分だ。

 アスティリアから情報をもらい、違和感なく車に乗れたティアレーゼ。

 ……最初は緊張してしまったが、今後も慣れていかないとな。


「さぁ、ここがベリスの屋敷だよ」

「……大きいんですね」


 まるで闇そのものを屋敷として新たに構築された建物、という雰囲気すら覚える建築物に思わず感嘆が漏れた。

 黒を全体的に使用された暗く陰鬱な雰囲気を纏った屋敷に対してアンデット種族の屋敷という連想をするティアレーゼ。彼らの種族は光を嫌う者が何種族かある。

 力が強い吸血鬼なら太陽なんて克服しているが、にんにくなどといった強い臭いのする者は苦手なのは、こちらの世界も同じなのか確認を取ってみたくなる。

 それほどまでに黒以外の色を使っていないのだ。

 流石、マフィアの家系の人間の家……と言ったところなのだろうか。

 少なくとも下手な行動をとってしまえば、自分はあっという間に殺されるだろう。

 もちろん、アスティリアの両親も。


『……魔女様? どうしたのですか?』


 ――なんでもないわ、気にしないで。

 

 扉が開いた先には、執事らしい老人が立っていた。


「お待ち申し上げておりました、クロヴィス様。アスティリア様」

「いや、こちらこそ失礼したな。トーマス」

「いえ……では、ご案内いたします。離れないようになさってくださいね」

「ああ、もちろんだとも。さぁ、アスティ、来なさい」

「は、はい。お父様っ」


 アスティリアはクロヴィスの後ろを歩きながら目的地へと向かう。

 兄であるベリス兄様がいないかどうか、確認しなくてはいけない。執務室に案内され、洒落たデザインの黒テーブルに皮椅子に優雅に座っている男が一人いる。


「……来たのか、ティア」


 アスティリアは目の前の男に思わず見惚れる。


「……貴方が、ベリスお兄様、なのですか?」


 全身を黒服でコーディネイトしている点は彼の趣味趣向だと察するティアレーゼは彼の彫刻のような端正の顔。服越しからでもわかる肉体美に、首筋に青薔薇の入れ墨をしている……恋愛経験がない自分ですら彼の美貌に見惚れてしまう。

 髪をかき上げてスマートな衣服に身を整わせれば、恋愛思考の女共は黄色い声をあげること間違いないほどの美青年と見た。ティアレーゼはくっ、と唇を噛む。

 どうなっているのアスティリアの家系は……美男美女しかいないの? 性格の悪い醜男ぶおとこかもしれないと想像ばかりしていたわけではないけれど、だとしても、だとしても、この美少女に美青年はどうなの?

 ……いいや、はなからわかっていたじゃない。

 アスティリアの家系を甘く見ていたのも事実よね。私がいたロゴスティアードの方がもっと多様性が富んでいたけれど、こんな物語の恋愛小説に度々出る美男美女しか存在しない世界なの?

 ……もしそうだったら、怖いわね。逆にこの世界に飽きそうだわ。


『魔女、それは既に襲撃時に何名か現存確認済み』


 魔女は脳内ではっとし、冷静さを取り戻す。

 ……ああ、そうだったわね。私ったらうっかりしていたわ。

 あくまでアスティリアの家系が美男美女なだけ、よかったわ。ありがとねアウェス。


『……恐悦至極の感謝』


 ふふ、素直なことは貴方のいいところねっ。


「……俺のことも忘れてしまったのだな」


 義兄ベリスは無表情のまま言い放つ。

 ま、まずいわ。自分の並列思考の中に捕らわれすげていたわね。

 私はアスティリアらしく、ベリスに振舞う。


「……ごめんなさい。わたくし知らない殿方に倉庫に連れていかれて以降、お兄様のこともみんなのことも、色々な常識においても忘れてしまって……これから、お兄様たちのことを知って行ければと思いますわ」


 最果ての図書館司書の蓄積された恋愛観において、ここはしおらしくしたとしても父親であるクロヴィスの後ろに下がるのはよくない。

 少なくとも闇が深そうなこのベリスという男に、下手に身の回りにいた性欲の権化の女共にもみくちゃにされた口なのは想定できる。

 図書館の館長だった私が思うのだ、間違いない。少なくともアスティの口調から親し気な間柄なのは間違いないと踏んだのだ。

 ここは、堂々と真に迫ろう。

 

「あぁ、ベリス。あまりアスティを責めないでやってくれ。誘拐された件に関しては事実なんだ」

「……そうか、気にするなよティア」

「……っ、はい」

 

 アスティリアは嬉しそうに笑う。

 ティアレーゼの判断として最善な態度は取れたはず、と内心安堵した。

 ……だが、まだ暫定ではあるがこの男が今のところ序列一位の美男子だ。この男に見惚れない女がいるのならば、それは女を捨てている。

 彼に注目すべきなのは、そんな見た目の外装の良さだけではない。

 闇を取り込んだとさえ錯覚する艶のある短い黒髪から覗く、睫毛から垣間見える底深く佇む深海を映した瞳に、目を奪われてしまうのだ。

 深い深海色のディープブルーは屋敷の中にいる点も相まって、深海の人魚のようにも映って来るではないか。

 ……ただ、綺麗、という意味でなら聞こえはいい。


 ――その瞳の奥の闇を、見逃すほど私は知識魔と呼ばれていないからだ。


 彼の感情の外殻である肉体的外面をなぞるのならばだ。だが、私にはわかる。

 彼の瞳は、まるで人食いの人魚マーメイドたちが住まう大海原の深海のように恐怖心を煽られる色をしている。

 ……人が持っていい色をしていない。それほどまでに彼の目は孤高に満ちていた。ただの人間として、100年程度で終る人間としての目にしては、闇が深すぎるような色を放っていると、ティアレーゼの魔眼は感じ取っていた。

 ティアレーゼは並列思考で数秒も経たずに相棒と会話劇を始める。


 ――アウェス、彼の情報は探れる?


『……不能、魔女の回路が全快にならない限り、全ての情報の閲覧は不可能』


 ……そう。は閲覧できる?


『不能、隠蔽工作スキルが高すぎる模様』


 ……残念ね。っていうか、待って? 隠蔽スキルが高い?


『肯定』


 ただの人間が!? 隠蔽スキルが高い!?

 魔女は戸惑いを隠せない。なんせ人間に偽装している神の真名看破も、どのような悪人も善人の内面を常時閲覧できていたチート魔女だったからこその驚愕である。


 ――トモナリとはまた違うということ!?


『おそらく、尋ねても情報の閲覧が現段階では不可能』


 じゃあ、後でベリスに好物をあげるとかできないじゃないっ!! そういう恋愛小説でも相手の高感度を上げる行為が初めからチートを使わないでやれってこと!? なんてことなの!? こんな展開がある!?

 プルプルと精神面での彼女は体を震わせる。


『……魔女?』


 ――……面白いじゃない!! 


 ティアレーゼは気分が高揚し顔を赤らめる。

 流石異世界だわ、予想外のオンパレードよ! 次々と展開が来るじゃない!! 作品において自分が予想だにしないどんでん返しほど楽しみなことはないのだから!!


『魔女、テンションゲージマックス。鎮静化を要求』


 我に返った並列思考のティアレーゼはこほんと咳払いをする。

 ん、っ、んん……なんのことかしら? 勘違いしないでくれる? 

 別に好奇心に負けてるわけじゃないんだからね! 勘違いしないでくれる!?


『魔女、ツンデレモード移行は解釈違いなため拒否』


 あぁ、どこぞの異世界人の勇者たちの趣味趣向のカテゴリーワードの一つよね。

 確か、好きな相手に素直になれない性格の女性を差してのワードだったはず。

 って、ちょっと待って……素直になれない女って言いたいわけ?

 アウェス、貴方そんな目で私を見てたの?


『拒否。回答を拒否。質疑応答の拒否を要求。直ちに脳内のリソースの鎮静化を要求』


 珍しく動揺している相棒に呆れた声を漏らす。

 ……うるさいわね、ちょっと動揺しただけよ。

 なら、アスティに後で聞くとしましょうか。


『至極肯定』


 相棒が珍しく動揺してるのを感じ、魔女は軽くスルーするしてあげることにした。


「……そうか、義父とおさんは下がっていてくれるか?」

「……わかったよ、またなアスティ」

「え? あ、は、はい」


 クロヴィスは退室を見計らってベリスは指を組む。


「……それじゃあ、話を始めよう。君の今後にもかかわる話だ」


 重々しい口調で執務机に手を置きながらベリスはアスティリアを見据えた。

 まるで、死刑を決定する裁判官にも似た鋭い目で見るベリスに対し、ティアレーゼはどう義兄を攻略するか思考を回すのだった。

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