第10話 情報収集
朝食を食べ終わって、まず私がすべきことを練ることにした。
ドイツ語の勉強はアスティの脳の経験や知識などの記憶中枢から摘出し、日常的なやり取りはアスティリアになった時から問題はない。
日常会話も問題なくできている。ただ、流石に他国の言語は聞いたことのない言葉は現地で直接入手していくしか方法はない。
「……ああ、楽しみだわっ」
『魔女様が楽しそうで私もニコニコしてしまいます』
アスティリアが脳内で楽し気に笑っている声が聞こえてくる。
何よ、その言い方は……っ、そんなわけないでしょう?
そう思うなら勝手になさい。
『もしかして、照れていますか?』
……あんまり年上をからかうのは淑女のマナーに反するんじゃないの?
『魔女様は私のお友達じゃなかったのですか?』
頭の中でウルウルとこっちを見てくるアスティの幻像が見える。
……この子、直接私の脳内にっ。少なくとも、この子は私の知り得る中で自分の可愛さを自覚しているタイプの少女だ。
『……なんのことでしょう? 魔女様』
目の前でしたり顔で覗いてくる。
……やっぱりそういう子なのね、貴方。
『ふふふっ、困った魔女様も素敵ですね』
「……ああ、もういいわ。後は、ベリタスティーク兄様に会う準備をしなくては、でしょう」
私は自室の扉を閉め、勉強を開始することにした。
『え? ベリス兄様に、ですか?』
「……ベリス兄様、ね。覚えておくわ」
『え? ……あれ、なんだか、眠く……』
私は指をパチン、と弾くとアスティが眠りについたのを確認した。
続けて、もう一度指を鳴らし部屋に無音にさせる魔法を無詠唱で施す。
実は隠れて母親なりメイドなりが盗み聞ぎ防止のためだ。
彼女の代わりの体を用意しなくてはいけないから、何がいいか。
「……そうだ」
私は彼女の精神を守るための殻を用意するために、彼女の化粧棚を調べた。
「……これは微妙ね、……こっちは、うん、あったわ」
細やかな銀装飾が施されたアレティと同じ瞳の色のサファイアのブローチを手に取る。私は化粧棚にあるリボンを首に結んで、ブローチをリボンの中央に取り付けて宝石にそっと触れる。
「微かの光、大海の影から攫って、数多の祈りを奇跡に込めて咲き誇れ――――ムーブフロース」
青白い光が宝石に宿る。アスティリアの精神が綺麗だから、澄んだスカイブルー色の煌きを放ったのだろう。
この魔法はモノを移動する魔法としても使われるが、魂を別の場所に移動させる魔法でもある。こうすれば、少なくともアスティに私の精神を覗かれる機会が減る……至れり尽くせりだ。さて、問題は。
アスティの喉に指先で触れる。今後のためにも、この世界で使いやすくするためにもアウェスに再登録をしておかないと。
「アウェス、起動しなさい」
『魔女ティアレーゼの命令執行するための誓言を』
「……はぁ、貴方って本当はマゾなんじゃないの? ……喘ぎなさい、アウェス。涙痕の痕跡を辿る者は私以外に認めない」
『……誓言省略のため、拒否を、』
「い・い・か・ら! 起動しなさい!」
しばらくの沈黙の後、相棒は渋々認証した。
『――誓言を確認、ようこそ言海の楽園へ』
「それでいいのよ……アスティの声でも反応するように再設定を要求するわ」
『……拒否』
「いいから、元の世界に戻ったら再設定するんだから何も問題ないじゃない」
『…………承認』
「画面を映して」
アウェスがきちんと起動したのを確認していくつもの映像が浮かび上がる。
もちろん、これは私の目を通して起動しているので、他の人間からは何も見えることなんてない。私専用の情報端末でもある。
アスティの記憶中枢を探りたくても、精神的なパスは契約で繋がったばかりだ。
彼女を廃人化させれば全ての情報を探れるが、そういうわけにもいかない。
一度死んだ体と言えど、この世界にいる限りの間は自分の体でもある。ならば丁寧に扱ってあげるべきといえるだろう。
一時的に彼女に転生できたのも何かの縁、いいや、運命に違いないのだから。
「……集められた情報はこれだけなの?」
『肯定。パスがいくつか塞がった状態なため開示できる情報サンプルを全て出力済み』
「……そう」
ふむ、と顎に手を当てて私は考え込む。
私は情報データを解析して、今回のアスティの誘拐事件の関係者の項目で調べる。アスティを襲った犯人の一人であるトモナリが
アスティの記憶にも日本という国の存在認知がある。
他にも、料理が美味しい、サブカルチャーが凄い、服が色々ある……だとか。
後、ファーストネームとファミリーネームの順番が逆、か。
確か、ロゴスティアードの一部の間人族と鬼人族に一部、和服や和名と言った考え方もあったはずだ。なら、その時に得た情報を再拡大した物をあるいは……?
『魔女、異世界での常識が異世界で通じる例は可能性的に低いと判断』
「……まぁ、そうよね」
まぁ、参考程度、というだけだったけれど必要以上に取り入れれば明らかに不味い所も出てくるだろう。私が調べようとしているのは全く知らない異世界の他国なのだから。アレティの情報でもドイツという国の範囲は中々に広いようだし。
歴史なんてものもを調べるべきだろうけれど……そういう状況でもないわね。
それは必要最低限のアウトプットをするとして……アウェスにトモナリの情報媒体を表示させることにした。
「アウェス、トモナリの情報を細かく検出して」
『承認』
再度出力されたトモナリの情報が目の前に映る。
私は彼の名前にそっと指でなぞった。
「流鴬朋成……ね」
流れる鴬の朋成り……と書くのね。
ロゴスティアードでは多くの国でヤーウェ文字が使われることが基本だったけど、随分と字の感じが違う気がする。なんかこう妙に期待感を抱かせられるというか、なんというかこう……言葉では表現にしがたい高揚感が込み上げてくる。
「……異文化交流はいい物ねっ」
『魔女、冷静さを要求』
「わ、わかってるわっ」
すぅーっと息を吸って、湯だった頭の思考に冷気を取り入れる。
落ち着け、落ち着け私。
確かにロゴスティアードとは違う知識を得ることに快感を覚えているけれど、そういう自分の性癖を他の人間の前では晒さないよう、アスティリアとして生活しなくてはいけないのだから何事も冷静でいないと。
私が朋成のことでわかるのはこの程度で、出身や家族構成、彼の趣味嗜好に関しての情報は開示できていない。具体的な物の名称が出力されないのは、まだ彼と交流を深めていないからとも言えようか……面倒だわ。
引きこもりで相手の所作をすぐ見抜くことができていた前世の自分よりも面倒なことをしなくてはいけないと思うと、疲れが襲って来る。
「……はぁ」
彼の情報源は有益なのは間違いないわ。聞き出すならば、彼との接触が再度必要になるわね。少なくとも、アウェスが今回の事件で絡んでいる存在の痕跡は辿っている最中なわけだし……ああ、ロゴスティアードなら指を示しただけですぐに犯人を突き止められたのに。
「……まぁ、すぐにわからないからいいのだけれど」
ここでわかったら、推理小説のネタバラシをされた時と似た気分になってしまうもの。それは避けたいわ。
『魔女、その微笑はアスティリアの微笑み方と類似点が皆無』
「うるさいわよ……楽しんで何が悪いと言うの?」
アスティリアを殺した人間が少なくともいるのなら、ドイツにいるのも危険なのはわかっている。逆に私が理由であの二人に迷惑をかけるのは避けたい。
ならば、いっそのこと他国に移動してしまうのが筋ではないだろうか。
ローゼンベルグ家の現当主であるベリス兄様に聞くのも、一興か。
なら、もっともらしい理由を用意しないとね。
だからこそ、ベリス兄様に他国に行くような許可をもらう方法は……?
「見つけたわ! これなら問題がないはずよっ」
『……ろくでもないと判定』
「あら、何を言っているの? 私は、純粋に自分の眷属の心配をするだけよ?」
『魔女の悪辣な思考には溜息』
「なんですって?」
『……回答を拒否』
「失礼な相棒ね、後で八つ裂きの刑にしてやってもいいのよ」
『回答を拒否』
「頑固ね、まったく……」
コンコン、とノックの音が響く。
外側の音や声は聞こえるようにしてあるから、問題はないだろう。
私はぱちんと二回指を鳴らして、映像を閉じて、無音の魔法を解く。
「はい! どなたですか?」
「……アスティ、いいかな」
……お父様の声、ね。
パチン、と私は指を鳴らす。
『……魔女、様?』
アスティ、起きて。
貴方のお父様が来たわよ。
『え!? あれ、でも視界が少し低いような……』
今の貴方は精神をブローチに留めたの。
困った時、貴方に力を借りるけどいいわね?
『は、はい!』
「アスティ? どうしたんだい?」
「あ、は、はい! 少々お待ちをっ」
私はアスティと確認しながら、扉を開けた。
「どうぞ、お父様」
「……ああ」
私は自室に招き、お父様の質問に答えることにした。
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